第4話 ありがとう


あの後は部屋へと戻った。 見慣れたいつもの部屋なのだが、違いを1つ挙げるとすれば、傷ひとつない・・・・・・少女が敷かれた布団の上で眠っているという点だろうか。


あの時、俺の言葉に反応するように少女の周りを燐光りんこうが覆い尽くし、それが無くなると無傷の少女が目を閉じて横になっていた。 奇跡が起きた。……いや。奇跡を起こせたのだ、俺が。


世界はどうしてしまったのか。なぜこんな事が出来たのか。どうして少女はあんな状態になっていたのか。……気になる事は沢山あるが、少女を救えて良かったと…心からそう思えた。



「ひとまず考えるべき事は、俺がどうなっているのかという確認…か」



これ以上少女について気を揉んでいても、目覚めない事にはどうする事も出来ない。 それまでは現状の把握に努めるべきだろう。



俺に起こっている異常は2つ。身体能力が格段に上がっているということと、人を癒せるようになっているということだ。 恐らく原因は昨日聴いた謎の声にある筈だ。


あの時は幻聴だと思ってまともに聞いていなかったので、内容についてはほとんど覚えていない。 かろうじて覚えているのは聖者というワードのみ。……今ほどしっかりと聞いておけばと思った事はないぞチクショウ…!


ふーむ、なんとか確認する方法は無いものか。 ……あ。ファンタジーならあれが出来る…のか?


中学生時代のほこりかぶった記憶をほじくり返して、出てきた単語を口から発する。



「ステータスオープン」



すると、目の前に淡い蒼色でほのかに発光する半透明なボードが出現した。




天津あまつ 誠哉せいや  種族 : 聖人 Lv5 職業 :


スキル

聖域 威光


魔法

神聖魔法 光魔法 結界魔法


称号

◎ 聖者

○ 列強

・ 称号の先駆者

・ 魔導の先駆者

・ 技術の先駆者




なん、これ……えぇ…?


色々言いたい事はあるけれども、これだけは言わせてほしい。 俺、いつ人間辞めたの…?それに無職じゃねぇか。





取り敢えず混乱は収まってきた。 それにしても種族に職業、スキルに魔法に称号ねぇ…。まんまあの頃に見てたファンタジーものじゃん。


うーむ、まずは何から確かめたものか。…………無職なのが気に食わないし職業からにしよう。


えーっと? 職業の横にある空白にタッチすればいいのか…?




職業 :


聖者 村人 市民 会社員 交渉者 料理人 剣士 守護者 復讐者




うん…何これ? 聖者は称号のせいだろう。村人と市民、会社員と交渉者については一般家庭生まれでサラリーマンとして働いてたから分かる。 それ以降はさっぱり分からん。


料理人は…自炊じすいしてたからか? 剣士は中学の頃は剣道部だったからそれなのかもしれない。 守護者と復讐者は……分っかんね。


まあ入れるとしたら聖者か。わざわざ謎の声が与えてきたものなんだし、他のやつに比べたら強くはあるだろ。はいポチー。



『職業に聖者を選択しました。 基礎能力に職業ボーナスを加算。職業に付随ふずいしたスキルや魔法を付与します』



『スキル : 真実の魔眼、スキル : 苦痛耐性、スキル : 清廉せいれんな肉体、スキル : 言祝ことほぎ聖言せいげん、魔法 : 神聖魔法、魔法 : 光魔法 を付与』



『対象 : 天津 誠哉 は既に 魔法 : 神聖魔法、魔法 : 光魔法 を所持しています。 以前から所持していた魔法 : 神聖魔法 と 魔法 : 光魔法 に結合。両魔法のスペックと上限を開放しました』



…………これまた色々と言われたな。情報を整理する為に一旦ステータスを見よう。




天津 誠哉  種族 : 聖人 Lv5 職業 : 聖者 Lv1


スキル

聖域 威光 真実の魔眼 苦痛耐性 清廉な肉体 言祝の聖言


魔法

☆ 神聖魔法 ☆ 光魔法 結界魔法


称号

◎ 聖者

○ 列強

・ 称号の先駆者

・ 魔導の先駆者

・ 技術の先駆者




増えたし増えたわね、スキルとか表示とか。 もう訳が分からないよ。



うーむ…、…………お? 何となく俺が出来る事が分かったぞ?



ふむふむ…簡単に纏めると、聖域は安地生成あんちせいせいができる。 威光は常時発動していて、他者に対する威圧効果と精神安定効果があって割合とか出力をいじることができる。で、全力で使うと俺は発光する。 真実の魔眼も常時発動で、虚偽きょぎ看破かんぱと魂の輝きの視認ができて、隠蔽いんぺい隠密おんみつも見破れる。 苦痛耐性もこれまた常時発動で、読んで字の如く肉体的な苦痛や精神的な苦痛に耐性ができる。 清廉な肉体も案の定常時発動で、状態異常全般に耐性がありセラピー的な効果を周囲に与える。 言祝の聖言もやっぱり常時発動で、呪いやアンデットなどの邪悪な対象に特攻が入って、俺の声を聴いている者の精神を癒やす効果がある…と。


魔法に関しては、神聖魔法が治癒とか浄化とかの回復全般。光魔法が防御とか攻撃とかの戦闘全般。結界魔法は……なんか色々できる。


称号については何も分からん。以上。 …だって称号をタッチしても声に出して読んでも、うんともすんとも言わないだからしょうがないだろ。



……なんか現時点でも割と強くね? レベル以外で言えば物語の終盤とはいかなくても中盤でも通用しそうなステータスだと思うんだ。 つーかスキルは聖域以外の全部がパッシブじゃん。戦闘時は魔法メインで戦えと?


なんて考えていたら、布団がもぞもぞと動き出した。



「ぅ………んぅ……………。………?」



ゆっくりと起き上がった少女は寝惚ねぼけているのか、ぽやぽやとしながらぼけーっとしている。


出来ることなら、もう少しだけ夢見心地ゆめみごこちな気分でいさせてあげたいがそうはいかない。今のこの状況について、この少女から話を聞かなければならないのだ。……例え、少女のトラウマに触れる事になろうとも…だ。



「おはよう。気分はどうかな?」



が、それを今すぐに聞く訳ではない。 ひとまずはウィットの効いた小粋こいきなトークをはさんでからでも遅くはない…と思う。それを俺が出来るとはこれっぽっちも思ってないけど。


……あ、そうだ。あんな目に会っていたのだから、表面上がどうであれ心はボロボロだろう。 だから威光を精神安定に全振りしてから発光しないギリギリの出力にしておこうか。それと清廉な肉体のセラピー効果と言祝の聖言の精神を癒やす効果に期待して、優しい言動を心掛けてみよう。



「……あな…た……は…」

「あぁ、俺は――」

「あなた…が……、たすけ…て……くれ…たん………ですよね…?」



…………これは予想外だな。覚えている…のか?



「…なんでそう思ったんだい?」

「そ…の、こえ……と…。…やさ…し…い……ふん…いき………が……、わ…たし……に…ふれて……く…れた……ひと…に…。…そっく…り……で…した……か…ら」

「…………」



覚えている…という事は。自身が経験してしまった悪夢すら……覚えているという事に他ならない。 それは…なんて…、残酷な事なのだろうか。


俺が何を考えているのか分かったのか、少女はぎこちなくもはかない笑みを見せ、俺を気遣きづかう言葉を発する。



「だ…いじょ…うぶ……で…す…。もう…すぎ…た……こと……ですし……、…な…によ…り……あな…た…に……た…すけ…て……もら…い……ま…した……から…」



…………………………。


どれほど強い子なのだろうか。どれほど優しい子なのだろうか。 言葉にするのもはばかられる経験をしたであろうにも関わらず、人としての、女としての尊厳そんげんすらも汚されおとしめられたのにも関わらず。 見ず知らずの他人に対して、遅すぎる救出を非難するでもなく、散らされた純潔を嘆くでもなく。気遣い、あまつさえ感謝する…?


あぁ……なんて強いのだろう。あぁ…………なんて、優しいのだろう。



「………………?」

「……ねぇ、君の名前はなんて言うのかな? 」

「……? …ひめ…の…姫野……ひ…じり……です」



唐突とうとつな質問に、少女…姫野ちゃんはきょとんとした表情を浮かべるが、それでも名乗ってくれた。



「……姫野 聖ちゃん」

「…なん…で…しょう……か…?」



教えた名前を早速口にする俺に不思議そうな顔をしながら目線を合わせてきた姫野ちゃんのその瞳を見つめ、想いのたけをぶつける。



「君を救わせてくれて、ありがとう。 生きていてくれて……ありがとう」



姫野ちゃんは俺の紛れもない本心からの言葉を聞き、何を言われたのか理解出来ていないのか、ぽかんとした顔をしていた。


しかし一拍遅れて理解したのか、顔を歪ませて両手で顔を覆って背中を丸め、布団へ顔を押し付けた。 その姿を見た俺は背を向けながら、俺が出せる出来る限りの優しい声で彼女に告げる。



「…俺はタバコを吸ってくるからさ、この部屋でゆっくりしててよ」



吸えもしない、吸った事もないタバコを吸う為に、押し殺した声で泣いている少女を置いて玄関から外へ出る。





やりきれない思いと、矛先の無い激情を抱えたまま。



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