第7話 お出かけ

「今何時だー?」


 床で寝ている割には寝心地が良く案外熟睡出来てしまった。


「おはようございますご主人様。今は十二時ですよ?」


「お、おはよう」


 目を開けると上にはレイの顔がある。もしやこの頭の後ろに感じる感触は太ももでは無いのか?


「私が起きた時はお腹を枕にしていましたので……」


「す、すまん」


 寝心地が良かったのも納得がいく。早くここをどきたいが、朝からこれでは下手に動けない。


 落ち着け俺の俺! 臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん……


「あ、あの……そろそろトイレに行きたいんですけど……」


「それはすまん。親はもう出かけてる時間だからバレることも無いよ」


「…………」


「…………どいてください?」


「あと少し待ってくれ……」



 ***



「よし、レイ! 買い物に……」


 女子をジャージのまま連れ回すのは如何なものか……とは言っても着るものが……


「学校の制服なら良いか? 女子が着ていても問題ないだろう!」


 そもそも服が少ないからな……健全で一番安全な服だろう。


 あれこれ考えていると部屋の扉が開く。


「ど、どうですか……?」


 少し大きいが、袖をめくり第一ボタンまで閉めればあまり違和感もない。


 ズボンは違和感があるが、今トレンドだとか言うオーバーサイズのヤツとか言えば確かにとなるレベルだろう。


「何着か買ってやらないとな。どこにも行けないな」



 ***



 知り合いに会うのを避けるため少し分かりずらい道を選んで駅近くの服屋までくる。


 その間レイは初めて見るように辺りを見回し、とても楽しそうだった。

 少し危なかっしい所もあったが、教えれば覚えてくれる素直な子だ。


「そんなに車が凄いのか?」


「カッコイイです!」


 日本に住んでいて車を見たことが無い訳がない。レイ、マコも含め允の思想から生まれた彼女らの記憶は一体どうなっているのだろうか。


 マコ達はある程度の知識がある。信号を知っている。しかしレイは知らなかった。これも允の設定した一つなのだろう。


 マコには水星人、神など他の人格の事についても知っている。しかし彼女は知らない。完全独立思考と言う訳だ。


 逆を言えば同じ思想も知らない特異的な存在。この特異個体が何人いて、それぞれ何をもって動いているのか。


 これがもし、心の奥底に眠らされた暴力の衝動に突き動かされる様な奴がいたらたまったもんじゃない。


「……アイツなら、考えそうだな。」


「どうしたんですかご主人様?」


「あまり外でご主人様って言うのは辞めてくれないか? 良からぬ誤解をうみそうだ」


「主とお呼びすれば良いのですか?」


「いや、なんかもっとフレンドリーにね? 周りにバレない様な呼び方だと助かるんだが」


「……お、おにー様」


 この瞬間全てを理解した。脳内に投影される宇宙の神秘、遥か古代からの謎、はたまた遠く予想される未来まで。『おにー様』たったこの一言で全てを理解した。


「──どうした妹よ」


 少し怖がった様にして、硬直している。さすがにキモかったと反省する。


「おにー様……後ろに……」


「──まさか、隠し子がいるとはね……!」


 一番出会いたくなかった。人物登場開始から良からぬ誤解を持ったまま現れやがる変態。


「誰の子供なの……? 私の知らない間にもう愛を分かちあっていたの? それでも良いと思う。人夫と関係を持つのも大歓迎だよ」


「レイの前で変な事言うな」


「おにー様? この方は?」


 この変態も允の思想の一つだ! とは言いたくない。きっと同類にされたくないだろう。


「私は学校の友達だよ! 近い未来には入籍してあなたのお母さ──」


「ただの友達だから! さ、服を選ぼう!」


 レイはすんなりと聞き入れ店内を散策している。


「……で? 誰の子供?」


「レイもお前と同じだよ」


「ふーん、どっちを正妻にするの?」


 変態とは話が中々噛み合わない。


「ちげーよ允の思想だよ。レイは奴隷だ。」


「私も奴隷にしてくれる……?」


「変態は結構です。」


「えー? あの子じゃ出来ないこと沢山できるよ?」


 全く本題が進まない。マコの発言は無視して進める事にした。


「レイの事を知っていたか?」


「知らなかった。」


「允はどんぐらい思想を擬人化したんだ?」


「基本的なのはいると思う。食欲とか、睡眠欲求とかいっぱいいるよ」


 この後もどんどん出てくることに少し困る。


「レイは家で預かる。あの首輪も外さなきゃいけないしな」


「どうやって取るか分かってるの?」


 現段階の予想を言えばコイツが黙っていないだろう。あえて濁し、適当に逸らす。


「おにー様! 私これが良いです」


 手に取ってきたのはシャツである。今着ているのと変わりのない物。しかも男が着るように出来たやつだ。


 薄くて涼しいし、着やすかったのだろうか、


「女のやつってちょっと違ったよな?」


「制服? 襟とかちょっと違うけど」


「それは大きさも合っていないし、男性が着る想定の物だから戻しておいで。レイのサイズに合ったもの探して来るから」


「おにー様と一緒がいいです!」


「今来てるのと同じくらいだから大きいぞ? 良いのか?」


「良いです!」


「なら良いんだが、下に履くズボンも買おうな」


「じゃー私が選んであげるよー!」


 めちゃくちゃ不安に思えるが、今のマコのファッションはいいと思える。『アニメショップに行く時はデートだと思え。』とか言ってたしな。服なら任せても大丈夫だろう。


「さぁー行こー! 脳死させよー」


「おにー様を殺すのですか!?」


 なんだかんだで仲良くなってくれて助かっている。元は同じだがらか。


 そうとう一緒が良いのか、上は全部同じシャツだ。ズボンはしっかりと合いそうなのを選んでいる。


「私も少し払うよ。允の事だしね」


「ありがとう助かるよ」



 ***



 家に戻り洋服を隠すスペースを作る。さすがに女物を大胆に置く訳にはいかない。

 とは言っても男物だからバレないとは思うが、念の為である。


「ズボンはどんなの選んで貰ったんだ?」


「部屋着に良い物も選んで貰いました! 少し向こうを向いていてください。嫌であればそのままでも良いのですが……」


 良くないから向こうを向く。制服のベルトを外すカチャカチャとした音が聞こえ、パサッと、シャツの落ちる音が聞こえる。


 滑らかな肌をスーっと通っていく服の音が何とも奥ゆかしい。


「……良いですよ」


 ゆっくりと後ろを向く。


 綺麗な脚は白く、傷一つ無い。


 大きめのシャツが太ももの途中までを隠しボタンを一つ開けたシャツから見える鎖骨に目を取られる。


 少し恥ずかしそうに目を逸らして手を前でモジモジとしている。


「ど、どうですか……?」


「……そ、その。とても似合っているぞ! いつでも動けるな……!」


 決してエロい等の言葉は使わない。エロいんだが、妹に対してそれは良くない。

 妹ではなかった。


 動くとスポーツ用の短いズボンの裾がチラリと見える。


「まぁ、そろそろ夏だしな! 丁度良いんじゃないか?」


「ほ、本当ですか……?」


 恥ずかしそうにしながらも喜んでいるのか体が揺れる。照れくさそう口がニヤけていて分かりやすい。


「せっかく着てもらったんだが、風呂に入ってきな」


「は、はい!」


 そそくさと風呂場へ行ってしまった。


 この先どうなってしまうかが怖かった。自制心を保てるだろうか。


 これがもし、レイから来た場合対処できるだろうか。


 妹相手に手は出せない。しかし出された場合はどうなるのか、心の葛藤。ただの妄想。


 そして今日も夜は過ぎていった。

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