第3章69話:説得

雑木林に入ってすぐ。


アレクシアが立ち止まった。


「それで……どういうことだ、アンリ?」


「質問が漠然としているな。何を聞きたい?」


「……勇者殺しの件だ」


とアレクシアが答えた。


俺は短く告げる。


「勇者殺しについては、いわゆる正当防衛だ」


「正当防衛?」


「ああ。そもそも俺は、勇者デレクにめられて有罪判決を受け、国外追放を宣告された。その後、ふたたび勇者と再会することがあり、殺されかけた。だが俺は、ある力を使って、デレクを返り討ちにした」


「……ある力とは?」


「話すつもりは無い」


ある力とはサイコキネシスのことなので、詳細はもちろん隠しておく。


「そうか」


とアレクシアはあいづちを打った。


深く追及してくることはなく、別の質問に切り替えた。


「私とティーナの前で偽名ぎめいを使った理由はなんだ?」


偽名とはコーヘイのことか。


俺は答える。


「偽名ではないのだが……まあ、争いを避けたかったからだ。神殿国は、ルドラール王国の聖女から、俺を見つけたら殺害するよう依頼を受けていたようだからな」


「ふむ……争いを避けたかったから、か」


アレクシアが深く反芻はんすうするようにつぶやく。


直後、彼女は提案してくる。


「ならば、私が説得しよう。神殿国が貴殿の討伐を取り下げるように」


俺は沈黙する。


アレクシアが告げた。


「貴殿は悪人ではない、と私は考える。勇者殺しの件は真偽が不明確ふめいかくだから、完全に信じるわけではないが……貴殿がミリーナを魔物から守った、優しい御仁ごじんであることは、事実として知っている。だから、貴殿をこのまま斬り捨てるような結末を、私は望まない」


一拍置いてから、アレクシアが続ける。


「まずは話し合いをおこなうべきだ。だからいったん、貴殿が争わなくていいよう、私が上層部に取り計らおう」


アレクシアの瞳には、俺を助けたいという強い意志が込められていた。


別に、俺には助けなど要らないが……


しかし、アレクシアの気遣いに関しては、好ましく思った。


尋ねる。


「説得などできるのか? 俺を討伐することは、聖女だけでなく、精霊の意思でもある……と、さきほどの騎士がのたまっていたが」


「私から精霊に、アンリ討伐のご意思を撤回していただけるよう直談判じかだんぱんしよう。ルドラール王国の聖女にはご納得いただけなくとも、精霊さえ説得できれば、神殿国は貴殿に手を出さない」


「……お前は、精霊に直談判などできる身分なのか」


「ああ。こう見えて、そこそこに偉い立場だからな」


とアレクシアは微笑んだ。


「……まあ、俺としては神殿国の連中と争わなくて済むなら、それが一番だ」


「ならば」


「ああ。お前の寛大な申し出に甘えるとしよう」


と俺が告げた――――


そのときだった。


「馬鹿なことを言うのはやめなさい、アレクシア」


女の声がする。


まるでハープのように奏でられる、不思議な音調を持つ声だ。


するとアレクシアが驚愕の声をあげる。


「こ、この声は……ネア様!?」


ネア……


神殿国が崇める精霊、ネア・リースバーグか。

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