第2章36話:旅

彼女は告げる。


「アンリさんに、お礼を言いにきました」


「そうか。もう散々言われて、少し疲れてきたところだ」


「ふふ。そうですね、みなさん、アンリさんに感謝していますから」


とフレミアは微笑む。


ややあって、フレミアは語りだす。


「私は、魔族に捧げられる生け贄でした」


フレミアは言った。


「3年の猶予は与えられましたが、3年後には、確実に死ぬ運命にありました。逃げたら村人を殺すと言われていましたから、逃亡を考えることもできませんでした」


「……」


「そして、今日、その期限を無視して、魔族たちに喰われそうになりました。でも、アンリさんのおかげで、私はこれからも生きていくことができます。アンリさんには、本当に感謝しています」


フレミアは、語りながら、少し涙ぐんでいた。


命が助かったことが、魔族に怯えなくて済むことが、嬉しいのだろう。


俺は静かにフレミアの言葉を聞いていた。


やがて、尋ねる。


「用件はそれだけか?」


「……いいえ」


とフレミアが否定した。


そしてフレミアが本題を切り出す。


「あの……アンリさんはこれからも旅をするんですよね?」


「ああ」


「でしたら、私も一緒に連れていってくれませんか?」


「……なんだと?」


俺はフレミアの顔を見た。


フレミアは、本気の眼差まなざしでこちらを見つめている。


篝火かがりびに照らされたフレミアの表情。


少し上気じょうきしたように、赤くなっているような気がする。


「私は、このままアンリさんと離ればなれになりたくないです。一生かけて、恩返しがしたいです」


フレミアが気持ちを告げてくる。


「だから、私を旅に連れて行ってください。アンリさんと、一緒にいさせてください。お願いします」


フレミアが頭を下げてきた。


俺は少し、思い悩んだ。


ややあって、俺は口を開いた。


「なあ、フレミア」


「はい」


「俺はお前にとって恩人という位置づけなのだろうが……俺はおそらく善人ではない。ソレでもお前は受け入れられるのか?」


「受け入れられます」


「俺は、立ちはだかる敵は容赦ようしゃなく殺す。魔族だけではない、人間だろうとエルフだろうと獣人だろうと。お前が善人だと思った相手でも、理由があれば殺すだろう。それでも受け入れられるか?」


「はい。アンリさんを肯定します」


「……そうか」


俺は、告げた。


「わかった。結論から言うと、俺の旅についてくることは許可できない」


「え……」


「だが、」


と俺は前置きしてから告げた。


「旅がひと段落したら、ここを訪れよう。そのときフレミアが、まだ俺と一緒にいたいと思っていたなら……俺と同行することを認めよう」


これからも危険な旅になる。


だからフレミアを連れていくことは、考えられない。


しかし旅が落ち着いたら、その限りではない。


フレミアは尋ねてきた。


「えっと……つまり、いつか私を迎えにきてくれるということですか?」


「そうだな」


「……わかりました」


フレミアは言った。


「では、その日がくるまで、ここでお待ちしております」


「わかった」


と俺は答える。


話がひと段落した。


一拍いっぱくいてから、俺は告げる。


「ところで、一つ頼みがある」


「なんでしょう?」


「こんなに料理をもらっても、食べきれない。食べるのに協力してくれ」


俺は目の前に広がる料理の山を示唆しさした。


「ふふっ……はい。わかりました」


とフレミアは微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る