第153話 息子をよろしく

「本当に大丈夫?」

「うん。心配してくれてありがと。でももう大丈夫。

 ひーちゃんもゆっくり休んでね?」

「……うん。ありがと」

「じゃあまた明日」

「うん。また明日」


 家まで送ってくれたひーちゃんに別れを告げて、私は自分の家の敷地に入る。


 あの後、みんなでまー君に何を伝えるか話し合った。


 あと、あの女の子が助けになりそうな…薬?を貸してくれた。

 でも、問題はどうやってまー君に飲んでもらうか……。


 「上手く行くのかな」という不安を抱えながらも家の扉を開ける。


 私は「ただいま~」と言いながら中に入る。


 すると、お父さんとお母さんがリビングから出てきた。


由衣ゆい、大丈夫か?」

「うん。大丈夫」

「連絡がないから心配したのよ」


 しまった。

 いつもは連絡するようにしてるのに、今日は色々ありすぎて忘れてしまってた。


 私は素直に「ごめんなさい」と謝る。


「……真聡まさと君と何かあったか?」


 お父さんのその言葉に私の口からは思わず「えっ?」という声が漏れた。


 私の反応にお母さんが「やっぱり…」と呟く。


 …私、そんなにわかりやすいかな。


 そしてお父さんが「……話す時が来たのかもな」と言った。


 話に着いて行けない私は「え…え?何の話?」と聞く。


「とりあえず、コートを脱いで手を洗ってきなさい」

「そうだな。それから話そう」


 話って何だろう。

 そう思いながら私は靴を脱いで家の中に上がった。


☆☆☆


 手を洗って、自分の部屋に鞄を置いて、部屋着に着替える。


 リビングに戻ってくると、お父さんとお母さんはいつもの席に座っていた。

 そして、私の席にはココアが入っていた。


 とりあえず、自分の席に座る。


「…話って、何?」

「……お父さんとお母さんは、由衣に謝らないといけないんだ」


 お父さんの全く予想してない言葉に私の口からはまた「え?」と言葉が飛び出す。


 いや、本当に予想してなかった。


 ついに「戦うのをやめなさい」とか、そういうことを言われるのかなって思っていたから本当にびっくりした。


 私は気を取り直して「謝るって何を?」と聞く。


「2つあるんだ。

 1つ目は中学生卒業前に、真聡君が居なくなったこと。

 お父さんとお母さんは、居なくなるのがわかってたんだ」

「…え、本当にどういうこと!?『何も聞いてない。きっと家の急な事情で引っ越したんだろう』って言ってたじゃん!」

「お父さん、言葉選びが悪いわ。

 あのね由衣。お父さんもお母さんにも本当にいきなりだったのは本当なの。何も聞いてはいなかったの。


 でもね。居なくなる前に真聡君のご両親に言われたことがあったの。

 『これからも息子をよろしくお願いします』って。


 言われたときはね、『お仕事が忙しくなるかもしれないから、これからもお世話になります』って意味だと思ってたの。

 でも、いきなり居なくなってから気が付いたの。


 真聡君のご両親は自分達の身の危険を感じてたんじゃないかって。

 だから、何かがあった時のために仲のいい由衣の親である私達に、真聡君を頼みたかったんじゃないかって」

「だけど、真聡君の身にも何かがあった。だからいきなり居なくなってしまったんじゃないかと考えていたんだ。

 でも、いきなり居なくなって落ち込んでる由衣に、『真聡君に何かあったのかもしれない』なんて言えなかったんだ。本当にすまない」


 お父さんとお母さんが頭を下げる。

 私は慌てて口を開く。


「で、でもお父さんもお母さんも本当はどうなったかなんて知らなかってんでしょ?

 だから謝らないでよ!頭上げてって!」


 私の言葉でお父さんとお母さんは頭を上げてくれた。


「でも、もう1つ謝らないといけないんだ。

 あの遠足の日。真聡君を3年ぶりに会ってご両親は亡くなったと聞いて、頼まれたからにはせめて成人するまでは見守ろうとお母さんと話したんだ」

「あ、だから『晩御飯だけでもまー君連れてきなさい』って言ってくれたの?」

「そうなの。

 ……でも、由衣ももう高校生。私達が由衣の人間関係を縛っちゃ駄目よね。

 だから、由衣。もう、無理に真聡君と仲良くしなくてもいいのよ」


 お父さんとお母さんの言葉に衝撃を受けて私は固まる。



 違う。

 私は、お父さんとお母さんがそう言ったからまー君と一緒にいるわけじゃない。



 私が、一緒にいたいから友達でいる。



「ううん。私が好きだから、まー君の友達でいたいの。

 だから、お父さんとお母さんはそんなこと言わないで?

 私も、まー君のこと心配だし。

 でもこれからも、沢山心配させちゃうかもしれないけど…」

「そこは気にしなくていいのよ。

 確かに心配はするわ。でも、由衣が好きなことをする方が大事だから。

 元気に帰ってきてくれたらそれでいいのよ」

「そうだな。

 それに、真聡君なら安心して由衣のことを任せられるな」


 お父さんのその言葉に反射的に「そ、それどういう意味!?」と返す。


 するとお父さんもお母さんも笑い出した。

 そしてお母さんが「あら、違うの?」と聞いてくる。


 違うかどうかはわからない。

 でもなんか、からかわれてる気がした私は「ち、違うもん!そういう好きじゃないもん!」と返す。


 お父さんとお母さんはまだ笑ってる。

 恥ずかしくなってきた私は「話が終わたならご飯食べたい!お腹空いた!」と無理やり話題を切り替える。


 するとようやく笑い終わったお母さんが「そうね。笑ってないでご飯にしましょうか」と立ち上がってキッチンへ歩いて行った。


 お父さんも「そうだな。手伝おうか」と言って、お母さんに着いて行った。


「え、2人もまだ食べてなかったの?」

「今日はまだ早かったからな」

「お父さん、こう言ってるけど『市役所近くで怪物騒ぎがあった』って飛んで帰ってきて、『連絡ないならいつでも迎えに行けるようにしないと』って言って待ってたのよ?」


 お母さんのその言葉に「お母さん…言わなくていいだろそれ…」と言いながら、お父さんがお鍋を持って戻ってきた。


 …照れてる?


「お父さん、ありがと!

 あと、心配かけてごめんなさい。

 でも今日はただ連絡忘れてただけだから、全然元気!

 だから私も手伝うね!今日は何なの?」

「今日はシチューよ。じゃあ由衣、お皿お願いね」


 私は元気よく返事をしてキッチンへ向かう。



 家って、家族って、暖かくて安心する。



 でも、まー君には家で帰りを待ってくれる人はいない。



 まー君は、まー君のお父さんおじさんお母さんおばさんがなくなった日から独りだったんだ。



 だから私は、まー君の味方であり続けたい。




 だから私はまー君が嫌だと言っても、話を聞く。



 私はそう決意した。



 でも、お腹がすいたらできることもできない。



 だから今は、お母さんが作ってくれた晩御飯を食べる。



 きっと上手くいく。

 そう思って、願って。

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