第152話 また会えたのに

 時間はまた戻り、真聡と由衣の口論の直後。


☆☆☆


 「……もう知らない。まー君なんて、大っ嫌い」


 由衣ゆいがそう吐き捨てて、部屋から走って出ていった。


 私はその背中に向けて「ちょっと由衣!」と叫ぶ。



 ここ数カ月の真聡まさとは確かに変だった。

 でも由衣が「4月よりはマシだからそっとしておきたい」と言っていたから、気にしないことにしていた。


 でも、流石に今の言葉は許せない。



 真聡が居なくなった後の由衣の様子が変だったのも言った。

 由衣がどれだけ真聡のことを心配してるか、わかってないわけじゃないはず。



 それなのに、「会いたいなんて、思わなきゃ良かった」なんて言える真聡に腹が立って仕方がなかった。



 私は真聡の方を向いて、怒りを込めて「最っ低」と吐き捨てる。

 そして由衣の上着と鞄、そして自分の分を掴んで部屋から飛び出す。



 ビルの階段を急いで降りる。



 真聡が嫌いなわけじゃない。

 由衣ほどじゃないけど、私にだって大切な友達。


 だけど今は、由衣を傷つけて、由衣の気持ちを踏み躙ったことが許せなかった。



 ビルから飛び出して、辺りを見回す。



 でも、由衣の姿は見つからない。


 そもそも、由衣は私と違って体力がある。

 由衣が全力で走ってたら、追いつけるわけがない。


 でもだからと言って、ほっておける訳がない。

 今の由衣ならどこに行く?


 そう考えていると、私の名前を呼ぶ声と共に肩に手が置かれた。


 後ろを向くと、佑希ゆうきがいた。


「一緒に探すよ」

「……ありがと」

「今の由衣なら……家に帰るか?」


 佑希の考えは間違ってない。

 小学校の頃にも拗ねて部屋から出てこないことがあった。


 でも、今回は…


「多分違うと思う」

「じゃあ、どこに」

「たぶん…

「…何か理由があるんだな。行こう」


 私達は公園に向けて歩き出す。


 

 私達の家の近くにある地域の公園。

 昔、5人でよく遊んだ場所。


 どうしてそこに由衣が行ったと思ったのか。


 それは中学に上がって、真聡が居なくなってからのある日。

 由衣と遊びに行った帰り「家で近くで別れたのに帰ってこない」と由衣のお母さんに言われたことがあった。


 そのときはその公園で1人で座っていた。

 だから、もしかしたら今回も…。


 そう考えながら歩いていると佑希が声をかけてきた。


「由衣の鞄、俺が持つよ」

「…ありがと」


 勢いで持ってきたけど、ちょっと重いって思ったから助かった。



 そして、慣れた住宅街を早足で歩く。


 10分ほどで公園が見えてきた。

 そして公園には……。


「由衣!」

「ひーちゃん…?ゆー君…?」


 ベンチで座っている由衣がいた。


 とりあえず見つかってよかった。

 そう思いながら駆け寄る。


 そして「風邪ひくから」と持ってきた上着を着せる。


「…ごめん」

「……由衣は悪くない」

「でも……どうしよう…」

「だから、由衣は悪くないんだから気にしなくて良いって」

「でも私、まー君に「大っ嫌い」って言っちゃった…」


 そう呟いた由衣の目には涙が浮かんでいた。


 目が赤い。

 きっと、泣きながらここまで走ってきたんだと思う。


 そんな由衣の気持ちを考えると、余計に真聡が許せない気持ちになってきた。



 由衣は純粋で、良くも悪くも優しすぎる。



 だから私は、そんな優しい由衣にこれ以上傷ついて欲しくない。


 心を鬼にして口を開く。


「……真聡が悪いよ。

 人が、こんなにも必死になってるのに、「会いたいなんて、思わなきゃ良かった」なんて言うなんて。

 やっぱり真聡は、小学校のあの頃の真聡じゃない。

 あんなやつ、縁を切ってやればいい。戦うのも辞めたらいい。私も一緒に辞めるから。

 だからもう……あいつのために、危ないことに首突っ込むのやめてよ」


 冷たい空気の公園に、私の冷たい言葉が響く。


 少し間を開けてから「でも…」と由衣が口を開いた。

 そしてベンチから立ち上がった。


「今私達が離れると、まー君は1人で戦うことになっちゃう」

「いいでしょ別に。本人が望んでるんだし」

「でもそうしたら!だれがまー君を助けるの?

 まー君はみんなの笑顔を守るために戦ってるのに!

 誰がまー君の笑顔を守るの?

 ……私達しかいないじゃん」


 今度は由衣の涙ながらの熱い思いがこもった、言葉が公園に響く。


 でも真聡のため戦うと、由衣が傷つくことになる。

 私は引き続き心を鬼にして、言葉を続ける。


「でも本人はそれをいらないって言った」

「じゃあひーちゃんは!まー君がおかしくなっちゃってもいいの!?まー君がいなくなってもいいの!?

 ……私は嫌だよ。せっかくまた会えたのに……私は、みんなに笑っててほしいだけなのに……!」


 由衣は顔を両手で覆い、泣き出してしまった。

 そして力が抜けたようにまたベンチに座った。


 ……真聡が嫌いなわけじゃない。

 でも本人がああ言っている以上、私はどうしたらいいかわからない。



 だからせめて、由衣が傷ついて欲しくない。



 でも今度は、私が由衣のために言った言葉で、由衣を傷つけてしまった。



 真聡は私達を突き放す。

 でも由衣は無理にでも真聡に手を伸ばす。



 …もう、本当にどうしたらいいかわからない。



 そう思ったとき、佑希が口を開いた、


「……真聡は確かに変わったかもしれない。中学の間に、辛いことがあったんだと思う。

 でも、根はきっと変わってない。

 きっと、小学校のあの頃と同じで、他人思いの真聡のままだ」

「……だけど、そうなら私達を傷つけるようなこと言わないでしょ」

「……俺達のことを思って、傷つけてでも自分から遠ざけたいんだろ。もっと傷つくことから」


 私は言葉を失う。


 由衣が「そんなの……私……」と呟くのが聞こえる。


「私、まー君に謝りたい。

 そして、何で私達を遠ざける理由……ううん、隠してること全部聞きたい。

 ……これ以上待ってたら、まー君が壊れちゃうよ」


 そう言った由衣の目は真剣な目だった。


 何度も見た目。

 これは、止めても聞かない目。



 そして、もう泣き止んでいた。



 だったら…。


「……わかった。私も付き合う」

「でもひーちゃん…」

「私はただ、由衣を傷つけた真聡が許せないだけ。

 由衣がそれでも、真聡と友達でいたいって言うなら…私は何も言わない」

「俺も付き合う。

 ……真聡と由衣、日和ひよりが絶交したなんて佐希さきが聞いたら悲しむだろうからな」


 座った由衣を私と佑希で囲む。

 そして顔を見合わせ、頷く。


「…じゃあ、戻ろ!」

「…え、今から行くの?」

「うん。だって「善は急げ」でしょ?

 ……それに「大っ嫌い」なんて言っちゃったから、早く謝りたいから」


 由衣はそう言いながら立ち上がった。

 ……もう行く気しかないやつだ。


「わかった。戻ろ」

「うん!行こ!鞄置いてきちゃったし」


 由衣は早足で公園を出ようとする。

 でも鞄は…。


「鞄なら俺が持ってるぞ」

「あ、そうなの!?」


 由衣は戻ってきて「ありがと~!」と言いながら佑希から鞄を受け取る。


 そして由衣は「じゃあ戻ろ!」と言って、早足で公園を出ていく。

 私と佑希は急いで追いかける。


 ……元気になったのは良いけれど、元気すぎるのも困る。


「由衣!そんなに走るな!」

「もう暗いんだから!誰かにぶつかったらどうするの!」


 私達の叫びを聞いた由衣はようやく止まった。

 そのお陰でようやく追いつけた。


 だけど、頬を膨らませていた。


「何でそんな小さい子を扱うみたいな言い方なの!?」

「お前が1人で先行くからだ」

「だって…早く行かないと」

「…1人で先に行って真聡と話せるの?」


 私の指摘に由衣の口から呻き声が漏れ出す。


 多分由衣は焦ってる。

 真聡が、また居なくなってしまう気がしてるんだと思う。


 そして、その焦りを佑希も感じてるんだと思う。


 佑希の「ほら行くぞ。でも、もう走るなよ」という声で私達はまた歩き出す。

 由衣が「はぁ~い」と少ししょぼくれた返事をした。


 次の曲がり角を曲がれば、真聡の部屋があるビル近くの大通りに出る。


 そのとき。


「あれ、由衣に日和…に佑希まで」


 智陽ちはるちゃん、鈴保すずほちゃん、志郎しろう君が大通りの方からやってきた。

 先頭を歩いていた由衣が「ちーちゃん…にしろ君にすずちゃん…何で?」と呟く。

 

「連絡ないから探しに行こうとしてたの」

「由衣……大丈夫か?」

「心配かけてごめん。私はもう大丈夫。

 それより…まー君は?」


 由衣のその言葉に3人は顔を見合わせる。


 そして、首を振りながら鈴保ちゃんが口を開いた。


「駄目。話にならない」

「一応「明日全員でまた来る」とは言って来たけど…なぁ…」


 志郎君がやれやれという感じでそう言った。


 どうやら真聡の様子は変わってないらしい。


 由衣が「そっ……か。謝りたいんだけどな…」と呟く。

 そして、ふらふらと大通りの方へ歩いていく。


 私達はそんな由衣を追いかける。


「……私は。ただ、一緒にいたいだけなのに…」


 大通りの歩道で立ち止まった由衣は、真聡のビルの方を向きながらそう呟いた。


 そのとき、ビルから誰かが出てきた。


 あれは……さっきの感じの悪い女の子かな。



 次の瞬間、由衣は走り出していた。


 私達はまた追いかける。


「あの!」

「……何」

「確かに私は、私達は何も知りません。

 まー君に何があったのか、あなたや天秤座の堕ち星の人との関係も。

 それでも、私はまー君と一緒にいたいんです!まー君は大事な友達なんです!

 だから…教えてください。さっき言おうとしたことを」


 由衣が頭を下げたところで私達は追いついた。

 「俺からも頼む」と言って志郎君も頭を下げた。


 …私もお願いした方が良いのかな。

 そう考えていると女の子が口を開いた。


「…断る」


 驚く由衣と志郎君の声が重なる。

 だけど女の子はそんな2人を気にせず言葉を続ける。


「本人が嫌がってるから、本人のから聞いて。

 ……その代わり、これを貸してあげるから」



 腰のポーチから取り出した小瓶を見せて、そう言った。

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