第151話 そうしたら、あいつらは

 時間は少し戻り、志郎しろう達3人が帰った直後。


☆☆☆


 これで……いいんだ。



 由衣ゆいに大嫌いと言われたのは少し精神的に堪えた。



 でもいいんだ、これで。

 きっと、これで俺を追いかけまわすのは辞めるだろう。



 俺を嫌いになってくれれば、きっと戦うのも辞めるだろう。




 こうなったのは、俺が中途半端な覚悟だったからだ。



 守りたいなら。

 巻き込みたくないなら。

 最初からもっとちゃんと、距離を取っておくべきだったんだ。




 だからいいんだ、これで。




 6人の友人あいつらは全員帰った。



 …1人、俺の言葉の意味が分かってるのか怪しい奴がいたが。



 ……どうやってあいつらから星座の力を切り離すか本気で見つけないとな。

 できるだけ早く。



 そうぼんやりと力抜けたまま床に座って考えていた。



 するとまた、俺の身体は雑に掴まれた。


陰星いんせい、あんた本当に何考えてるの?」


 掴んできた相手は、国立魔師学院中等部のときの同級生の妖崎ふざき 清子きよこだった。


 俺は素直に感情をぶつける


「…お前には関係ないだろ」


 俺がそう聞くと、清子は深くため息をついた。

 そして「私が馬鹿だった。勝手にしたら?」と言いながら俺を突き飛ばした。


 俺は床に尻もちをつく。

 …何で清子にまで怒られないといけないんだよ。


 そう思いながらも、俺はそもそもの疑問をぶつける。


「何でお前がここにいるんだよ」

「私の勝手でしょ。ほむらさん、私帰りますから」


 清子はそう言って荷物を持って出ていった。



 部屋には、俺と焔さんだけが残った。



 少し、気まずい空気。


 だが、先に口を開いたのは俺だった。


 俺は目が覚める直前に聞こえた「焔さんが戦った」的な話が気になっていた。


「焔さん、戦ったんですか」

「あぁ。そうでもしないと、あの場は引けそうになかったからな」

「じゃあ、天秤座は…」

「…残念ながら、まだ堕ち星のままだ」


 あそこまでして、倒せなかったのか。


 やっぱり、元が魔師で十二宮の力で堕ち星に成っている。

 そのために他の堕ち星よりも強いのか。


 いや、それよりは焔さんだ。


 去年の天秤座の戦いの後、この街に来る前。

 「調子が悪いからこれからあまり戦えない」と言われた。

 いくら俺と同じ神秘保持者、鳳凰座に選ばれた不老不死とはいえ、その不調で堕ち星と戦うのはかなりの無茶のはずだ。


「……身体は大丈夫なんですか」

「まぁこの1年、あんまり力を使ってなかったからな。少しぐらいなら大丈夫だ」

「そうですか」

「それより、真聡まさとの方が大丈夫なのか?代償魔術…だっけか?を使ったんだろ?

 魔力回路?とかには違和感はないか?」


 焔さんのその指摘でようやく俺は気が付いた。

 死ぬ覚悟の攻撃をした自分が生きていることを。


「…何で俺は生きてるんですか」

「身体は大丈夫なのか?」

「……魔力切れとかの無茶した時のガタだけです。いつもよりはマシですけど。

 代償魔術の反動は感じません」

「そうか。なら上手くいったんだな。ちゃんと由衣にお礼を言っておけよ?」

「…由衣に?」


 確かに目を覚ましたらすぐ隣に由衣がいた。

 だからと言って、何故ここで由衣の名前が出てくるのがわからなかった。


「牡羊座の力だ。本来は眠りの力だったはずなんだけど、由衣は少し違う形でその力が出てるみたいだけどな。

 気絶してる真聡を強制的に深く眠らせて、一度リセットした。今回は回復するのが早いはずだ。これで代償魔術の効果を消せたのかは断言はできないけどな」


 …だからいつもよりは身体の重さとかがマシなのか。


 そして牡羊座の力は魔力回路とかに影響を及ぼすのだろうか。

 …もしや堕ち星を元に戻せるのも、魔力回路に影響する力だからなのか?



 でも、もう由衣達は戦わせられない。



 黙ってそう考えていると、焔さんが口を開いた。


「で、真聡はこのままでいいのか?」

「……何がです」

「真聡は、友人たちとこんな終わり方でいいのか?」

「……いいんですよ。これで。魔師と一般人とでは、生きる世界が違うんですから」



 訪れる沈黙。



 焔さんは少しの間を開けてから口を開いた。



「なぁ真聡。俺はずっと疑問なんだけど、なんで魔力が使えるか使えないかだけで生きる世界が違うんだ?同じ場所で生きて、同じものを見ているのに」

「……それ、焔さんが言います?不老不死で神秘そのものみたいなあなたが」


 俺がそう言うと、焔さんは「それはそうだ」と笑いだす。


 ……笑い事じゃないんだが。

 そして、笑いながら「どうなんだ」と聞いてくる。


 俺はイラつきながら言葉を返す。


「あいつらは、普通なんですよ。普通の高校生なんですよ。

 それなのに、何であいつらが戦わなきゃならないんです。

 ……そういうのは俺1人で十分なのに」

「それは真聡だって同じじゃないか?

 違うのはきっかけだけだ。

 それにな、運命なんだよ。選ばれるのは」

「運命って……あんたに何がわかるんですか。

 俺はもう嫌なんですよ!

 ……もうこれ以上、誰かを失いたくないんです」


 俺が反射的に叫んだ怒りの言葉が静かなビルの一室に響く。


 また少し間を開けてから、焔さんは口を開いた。


「確かに俺は長く生き過ぎて、記憶や感覚がおかしくなっている。

 でもな、両親を亡くして泣いていたときや、稀平きっぺいとの戦いの後の真聡の顔は忘れてない。

 お前にもう、あんな顔をしてほしくないんだ」

「だったら!」

「だからこそ、お前は壁を乗り越えないといけないんだ。

 お前がそうやって、友人を突き放すのは勝手だ。そうしたら、あいつらはどうすると思う?」



 あいつらがどうするか。



 そんなの分かってる。

 だからこそ、あいつらから星座の力を切り離そうとしているんだ。

 

 でも、そんな現実を否定したい俺は「あいつらは……」と口ごもる。


 すると先に焔さんが口を開いた。


「戦い続けると思うぞ。特に由衣や志郎、あと佑希ゆうきはな」

「だったら、どうしろうと……」

「それを受け入れるしかないだろ。

 それに今は堕ち星を元に戻せる牡羊座の力がある。稀平は生きていた。

 助けるチャンスだろ」



 わかってる。



 頭ではわかってる。



 友人達あいつらの力を借りるしかないって。



 でも、それは認めたくない。



 認めてしまったら、俺の1人で背負う覚悟が無駄になる気がした。



 だから俺は、苦し紛れの言葉を返す。


「…ほんと、容赦なく酷いことを言いますよね」

「若者の背中を押すのが大人の役目、だろ?

 それに真聡は若い。そして人生は短い。

 離したくないものがあるなら、必死に手を伸ばすべきだと思うぞ?」

「……人生の先輩のアドバイスですか?」


 俺がそう返すと焔さんは「そうだな」と言って笑い出した。

 この人が笑うところは本当によくわからない。


「とりあえず今日はもう寝て、ゆっくり休めよ。

 天秤座を倒す方法を見つけるとか言って、研究所で魔術特訓とかは無しだからな」


 その言葉に俺は返す言葉を失う。


 天秤座を倒す方法がまだわからない。


 それに俺はまだ、6人の友人あいつらから星座の力を切り離すのを諦めていなかった。


 すると「わかったな?」と焔さんが念を押してきた。


 俺はしぶしぶ「…わかりましたよ」と返事をした。


「よし。じゃあまた明日な。ゆっくり休めよ」


 そう言い残して、焔さんも部屋から出ていった。



 色々思うことはある。

 だが、魔力切れなどで身体が重い俺は寝ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る