第134話 契りの破棄

 画架座の身体の中心部にある絵から、由衣と女性が飛び出してきた。

 2人の身体は庭園の空中を舞う。


 何故堕ち星の中から出てきたのかはわからない。

 ただ、このままだと地面に激突する。


「日和!由衣を頼む!志郎は画架座を抑えてくれ!」


 俺はそう叫びながら杖を消滅させて、美術館の屋根を走る。

 角度や勢いを考えながら屋根を蹴る。


 飛び出した俺の身体は予想通り落ちてくる女性の下に滑り込んだ。

 そして落下する女性を空中で抱きかかえ、着地する。


 真っ先に「大丈夫ですか。立てますか」と尋ねる。

 とんでもない状況だが、戦闘は終わっていない。

 そのためできるなら早く下したい。


 女性は「は…はい。立てます」と返事をしてくれたので、足から降ろす。

 すると女性は驚くべき質問をしてきた。


「ここは…現実ですか?元の世界ですか?」


 予想外の質問で俺は思わず固まってしまう。

 だが実際に由衣とこの女性は、堕ち星の身体にあるあの絵から飛び出してきた。

 ならばあの絵の中は幻想空間となっていても不思議じゃない。


 そもそも、この星座の力は神秘の力だ。

 幻想空間を生成できてもおかしくはない。


 俺はそう考えながら口を開く。


「はい。ここは現実世界です。

 ですがあなたはここから離れてください。美術館入口に警察が待機しているのでそっちへ」


 俺は女性を逃がしてから日和に受け止められた由衣の方を向く。

 そして行方が分からない2人の安否を尋ねる。


「佑希と鈴保は!」

「まだあの中!私と一色さんだけ先に脱出したの!

 あと他にも吸い込まれた人がいて。でも動けなくて!

 それと一色さんが」

「細かい話は今はやめろ。要は絵の中に2人と他にも人いるんだな」

「そういうこと!」

「わかった。由衣は戦えそうか」

「…ごめん。ちょっと無理かも」

「じゃあ離れてろ。志郎、日和!しばらく画架座を引き寄せてくれ!」

「いいけど、どうするの」

「一撃で倒すだけだ」


 俺がそう答えると日和は「そう」とだけ言って戦線に復帰した。

 ずっと画架座の相手をしている志郎からは「なんでもいいから早く頼むぞ~!」と言う声が飛んでくる。


 幻想空間とは魔法や神秘の力によって作られたこの世界とは別の空間。

 自分の好きなように空間内のルールは決めれるかなり恐ろしいものだ。


 だが使用者の魔力や命が尽きれば基本的には消滅するらしい。

 …特例はあるらしいが。


 ならば答えは簡単。

 画架座をプレートの姿に戻せば、幻想空間は自然消滅する。

 消滅すれば吸い込まれた人間は弾き出されるようにこの世界に戻ってくる。


 では、幻想空間を消滅せるために防戦一方でろくに攻撃が当たらない画架座をどう倒すか。



 不意打ち0距離攻撃を当てるだけだ。



 俺は持ってきていたこじし座のプレートを取り出す。

 そして腰の横にあるリードギアに挿し込む。

 次に言葉を紡ぐ。


「我が動き、人の目で追うこと能わず。その速さ、風の如く」


 詠唱が終わると同時に、リードギアを起動する。

 そして地面を蹴る。


 俺の身体はこじし座の力と詠唱魔術によって、目にも止まらない速度まで加速する。


 だが、確実に当てないと意味がない。

 俺は隙を窺いながら、補足されないように動き続ける。



 そしてついに、画架座の背後を取った。



 俺は言葉を紡ぎながら、一直線に距離を詰める。


「電流よ。堕ちた星と成りし画家の座に、天の怒りを与え給え!」


 そして、画架座の背中に渾身の拳を叩き込む。


 庭園に閃光が走り、轟音が響く。


 画架座はもの凄い勢い吹き飛ぶ。


 その勢いは庭園の壁にぶつかっても止まらなかった。

 壁を破壊した画架座は敷地外へと消えた。



 …やってしまった。

 倒すことと建物に被害を出さないことばかり考えていて、庭園の壁に穴をあけてしまった。


 いや無理だろ。

 神秘の力を振るうには現代は建物が多すぎる。

 むしろこれだけの被害で済んだことを褒めて欲しい。


「…これ、倒せたの?」


 やりすぎた反省と、魔術とリードギアの並列使用による疲労感で立ち止まってる俺に日和がそう聞いてきた。

 そうだ。まだ終わってない。


 俺は「確かめに行く」と答える。


 そして庭園に開けてしまった壁から裏山に出る。


 俺が吹き飛ばした相手は裏山に出てすぐ発見できた。



 しかし、まだ堕ち星の姿だった。



「嘘でしょ!?」

「今のでも駄目なのかよ!?」


 後ろから着いてきた日和と志郎が驚きの声を上げる。

 俺だって予想外だ。

 だが、驚いている暇はない。


 俺は杖を生成しながら急いで言葉を短く紡ぐ。


「草木よ。堕ちた星と成りし画架の座を縛り給え!」


 そして杖先を地面に付ける。

 すると周囲の地面から木の根が飛び出してきて、画架座の身体を縛る。


 だが……ここからどうすればいいんだ。

 堕ち星の姿だが動く気配はない。

 概念体ではあるが、由衣の牡羊座の力が必要なのか?


 そう思ったとき。


「みんな~!大丈夫~!?」


 ちょうど由衣と女性が後ろからやってきた。

 日和が「大丈夫なの」と声をかける。

 普段通りに見えるが、やはり心配なのだろう。


「うん!戦うのがちょっとしんどいだけで、歩くくらいなら全然平気!

 ……どういう状況なの?」


 由衣にそう聞かれたので俺は魔術を維持しながら状況を説明する。


「概念体で動かないのにプレートに戻らない……」


 わかったように言っているが、これは分かっていないやつだろ。

 ツッコみたくなっていると、女性が口を開いた。


「……私のせいなんです。本当に……申し訳ございません」

「…どういう意味ですか」

「なんかお客さんに悩みを相談したら「あの絵に人を吸い込んだら、若返らせてほしい人を若返らせる」って言われたんだって」


 ……は?

 若返りなんて簡単にできる魔法じゃない。

 少なくとも現代に使える魔法使いはいないと聞いているぞ。


 神秘の力である星座なら可能なのか?

 だが、画架座にそんな力はないはず……。


 いや、今はそこじゃない。

 あの絵がこの女性の物で、何かしらの術が発動しているのなら……。


 俺は確認のために質問をする。


「あなたはあの物置の扉を開けれたんですよね?」

「はい…普通に開けれましたけど…」

「……それなら、あなたなら止められるはずです。

 あの怪物は俺が抑えてます。あの怪物の背中に手を当てて、俺の言葉を復唱してください。

 志郎はこの女性の近くで、日和はその後ろから。もし堕ち星が暴れたときに備えてくれ」


 志郎と日和は返事をして、女性を連れて堕ち星の背中側へと移動。

 そこに由衣が口を挟んできた。


「…私は?」

「お前は俺の後ろにいろ」


 頼むからしんどいなら無理をしないでくれ。

 そう思いながら俺は準備ができたか問う。


 「いつでも行けるぞ!」と志郎の声が返ってきた。

 俺は向こうの声を聞きながら言葉を発する。


「我」

   「我」


「神秘の力である汝と」

           「神秘の力である汝と」


「契りを結びし者也」

          「契りを結びし者也」


「我」   「ここに」     

   「我」     「ここに」   


「その契りの」

       「その契りの」


「破棄を宣する」

        「破棄を宣する」



 女性が言葉を継ぎ終えた直後、堕ち星から黒い光が溢れ始める。


 俺は念のために由衣に自分の後ろに隠れるように叫ぶ。


 黒い光は当たりを埋め尽くす。



 数秒程経って、黒い光が収まった。

 状況を確認する。


 流石に拘束していた木の根は消滅していた。


 志郎と日和の星鎧は消滅していない。

 女性も無事のようだ。


 そしてその手前。

 さっきまで堕ち星がいた場所には先程の絵とぼろぼろ画架が落ちている。


 …何かしらの魔術や魔法で画架に画架座の力を入れ、堕ち星にしていたんだろうか。

 そして、その術に女性が何かしらの形で組み込まれていた…?


 志郎の「これって倒せたってことだよな!?な!?」という声が響いている。

 志郎は隣の日和に少し鬱陶しそうに相手されている。


 一方、俺の後ろの由衣も同じようにテンション高く「やったじゃん!」と喜んでいる。

 そしてそのまま、俺の背中を軽くたたいて痛がっている。

 鎧を生身で叩けば痛いだろ…


 少し空気が緩み始めたその時。

 今度は絵が光り始めた。


 しまった。

 堕ち星を倒せば幻想空間が消滅して、中にいた人は弾き出される。

 この木々の多い斜面で吐き出されれば、危険であることは間違いない。


 俺は急いで志郎に「その絵を持ち上げて、こっちに向けろ!」と指示を出す。

 俺自身は斜面を下って距離を取り、絵に向けて杖を構える。


 そして、絵から人が飛び出してくる。

 俺は短く言葉を紡ぐ。


「風よ。衝撃を和らげ、人を守る壁と成れ」


 杖の頭から風が吹き、絵から吐き出された人を受け止める。


 飛び出した勢いが殺された人は地面に落ちる。

 だが、怪我をする高さではない。


「うわ怖いこれ!」


 そんな叫びと共に鈴保が絵から飛び出してきた。

 続いて佑希も吐き出される。


 2人も漏れなく俺が発動している風魔術に受け止められ、地面に落ちる。


「これは…酔うな」

「とにかく…出られた…よね…?」



 そう呟く佑希と鈴保に由衣が「2人ともおかえり!」と声をかけた。

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