第135話 気も知らないで

 夕闇が迫る。

 戦闘した跡が目立つ日本庭園も夜の闇が満ちていく。

 大抵の人は仕事を終え、家に帰る時間が迫っていた。

 しかし、警察は慌ただしく美術館の中を動いている。


 俺はそれを市販のチョコレートの子袋を食べながら眺めている。

 正直色んな意味で疲れた。


 だがそんなことは言ってられない。

 俺は由衣達や女性…一色 綾乃から聞いた話とあの部屋をもう一度調べて分かったこと、そして現状の3つを頭の中で整理する。



 由衣達3人は一色 綾乃によって、絵の中に吸い込まれた。

 目を覚ました場所は星雲市駅前にそっくりな空間。

 そして吸い込まれた4人が合流した後、絵の中でも画架座の堕ち星が現れた。

 由衣と一色 綾乃はその画架座の絵に飛び込んでその空間から脱出した。


 絵の中に現れた画架座は幻想空間内の端末みたいなものだろう。

 恐らく、吸い込んだものにとどめを刺すのが役割。

 そもそも画架座には外敵を排除するという指令が与えられていたのだろう。

 だから逃げ回るような戦い方だった。


 一色 綾乃の動機は「彩光 風色に絵を描き続けて欲しい」。

 それをこの美術館にやってきた客に「悩みはないか」と聞かれて打ち明けた。

 すると、客はあの空き部屋の中心に画架を置いて一色 綾乃の絵を飾り「この絵に人、できれば若者を吸い込め。人数が集まれば若返ることができる」と言った。

 そして、4人の学生を吸い込んだ。


 結果として、俺達が堕ち星を倒したことで吸い込まれていた6人はこちらに戻ってこれた。

 先に吸い込まれていた4人は仮死状態だが、ぎりぎり間に合ったはずだ。

 既に、普通の病院に搬送されたが今回は神秘関連の事件での被害。

 協会管轄の病院の準備ができ次第転院になるはずだ。

 協会の日本支部に連絡を取ったしな。


 一方、今日吸い込まれた由衣達4人は何ともないらしい。

 3人は絵の中で戦闘したことが影響しているのか、普段より疲れてはいそうだが。

 今は警察からの事情聴取を受けている。



 本題はここからだ。

 一色 綾乃を唆し、画架座の堕ち星を産み出したのは誰か。


 一色 綾乃本人は顔も、性別すらも覚えていないと言っていた。

 特徴すらも。


 この発言を聞いた時点で期待してなかったが、一応美術館の監視カメラも確認した。


 結果は、は映っているががわからない。

 映ってはいるが、モザイクがかけられたように映っていた。

 だが、わかったこともある。



 今回の黒幕は、やはり魔術師である。

 この「覚えていない、映らない」という現象は認識阻害魔術の効果だ。


 そして画架座は概念体ではなく、無機物を素体にした堕ち星だった。

 人間ではなかったため、牡羊座の力がなくても倒すことはできた。

 プレートも無事回収できた。


 いや、問題はそこじゃない。

 「契約を破棄するまで堕ち星として動き続ける魔術」

 そんな規格外の魔術を使えるということは、相手はかなり強敵だろう。

 A……下手したらSランクの可能性だって十分ある。



 まだ何も、解決していない。



 …だが、魔術師と戦うとなると一般人である由衣達を巻き込んでいいのだろうか。



 魔術師は非魔術師と生きてる世界が違う。



 俺はこれ以上、仲間達こいつらを危険な目にあわせたくはない。



 だが堕ち星が出る以上、仲間達こいつらは止めても戦うだろう。




 …………どうすればいいんだよ、俺は。




 そう思ったとき、チョコレートの袋に入れた手が空を掴んだ。

 「もしや…」と思いながら袋の中を覗く。


 袋は空になっていた。


「もしかして…食べきったの?」


 隣にいた日和がそう聞いてきた。

 事実なので俺は「そうだな」と返す。


「え、それ由衣に貰ったやつでしょ?しかも開いてなかったよね?

 …怒られない?」


 やり取りを聞いていた智陽がそう言って来た。

 その言葉に「いやぁ…由衣なら怒らないんじゃね?」と返す志郎。


 確かにこのチョコレートは戦闘終了後に由衣が渡してくれたものだ。

 ……そんなに俺は疲れてるように見えたのか?

 だが、実際食べてしまったものはどうにもならない。


「戻ってきたら謝る。必要なら買いなおす」

「なになに?何の話?」


 ちょうどそこに由衣が戻ってきた。

 俺は事情を話し、謝る。


「いやいや!大丈夫!ちょっとびっくりしたけど…また買うから!」


 由衣は驚きはしたが、明るく返してくれた。

 …同じものを買いなおして月曜に返そう。

 そう思ったとき。


「由衣。一色さんが移送されるらしいけど」


 同じく事情聴取が終わったらしい鈴保がそう言った。

 由衣は「えっ!?ちょ、ちょっと行ってくるね!」と言って走って美術館の入口へ走っていく。


 俺は心配半分で追いかける。

 足音的に他のメンバーも来ているようだ。


 美術館を出ると、ちょうど一色 綾乃がパトカーに乗せられるところだった。


 そして由衣が警察官に阻まれている。

 …何してるんだ、あいつ?


「一色さん!私!彩光さんの絵も好きですけど!一色さんの絵も好きです!

 だから!またいつか、絶対に絵を描いてください!私!絶対に見に行きますから!」


 由衣らしいが…そう簡単に絶対とか言うものじゃないだろ…。

 そんなことを考えていると後ろから「綾乃ちゃん!」と叫ぶ声が響いた。


 振り向くと、彩光 風色がいた。

 彩光 風色はすたすたと一色 綾乃に向かっていく。

 ……「歳だから絵描きを引退する」という発言の割には元気じゃないか?このおばあちゃん。


 そんな感想を抱いている間に、彩光 風色は一色 綾乃のすぐそばまで行った。

 流石に警察官に阻まれているが。


「綾乃ちゃん。本当にごめんなさい。

 私の言葉が、あなたをずっと苦しめていたのね。

 ごめんなさい…本当に、駄目な先生でごめんなさい…」


 そう言いながら彩光 風色は泣き崩れる。

 警察官が慌てて支える。


 そんな彩光 風色に一色 綾乃が言葉をかける。


「先生は悪くありません。私が…不出来なだけで…」

「綾乃ちゃんは不出来なんかじゃないわ。私が「意思を継いでほしい」なんて言ったから、あなたは私のような絵を描こうとして苦しんだのよね。

 でも、もうその言葉は忘れて?戻ってきたら、綾乃ちゃんの絵を描いて。

 私も絵を描いて待ってるわ」

「先生…」


 彩光 風色の言葉に一色 綾乃も涙を流す。


 一色 綾乃は確かに加害者だが、被害者でもある。

 彼女には戻ってくる場所がちゃんとある。待っていてくれる人がいる。



 それは、とても良いことだ。



 そう思いながら手前にいる由衣を見る。

 由衣は鞄からハンカチを取り出している。

 …こっちも泣いているのか?


 俺は由衣の隣まで移動する。




 そして、つい本音を口に出してしまっていた。


「……別に、無理にお前まで辛いことを背負う必要ないぞ」

「…え?」

「力には、責任が伴う。嫌ならそれを放棄する権利だってある」

「えっと……心配してくれてるの?」


 由衣が俺の方を向きながらそう聞いてきた。

 やはり少し目が赤い。


 ここまで言ってしまっては誤魔化せないので、由衣の言葉を肯定する。

 

「も~!それなら普通に「大丈夫か」とかにしてよ!」


 由衣はそう言いながら左手で軽く俺を押した。


「あと…これ…悲しくてとかじゃなくて嬉しくてなの。

 一色さんと彩光さん、仲直りできてよかったなぁって」


 ……心配して損した気がした。

 だがまぁ……由衣はこういうやつだったな。


 しかし、心配ではあるので俺は由衣に質問する。


「…絵に吸い込まれて、怖くなかったのか」

「ちょっとは怖かったけど…でも、何とかしなきゃって気持ちの方が強かったかなぁ……あとギアもちゃんとあったし!

 それにそれに、私達が吸い込まれたから一色さんも吸い込まれた人たちも助けれたし!」


 神秘保持者だったから人を助けれた、か……。




 俺の気も知らないで。




 だが、神秘保持者だから助かったのは間違いではないだろう。



 そう考えると、星座の力を切り離さない方が良いのか?



 だが、そうなると仲間達こいつらをずっと危険に…



 しかし、これ以上は口を滑らさない方が良い。

 そう思ったとき、後ろから来た丸岡刑事が話しかけてきた。


「後ろのやつらには言ったが、警察はこれで引き上げる。帰ってから体調が悪くなったら必ずこっちにも連絡を入れろ。

 こっちもまた何かあったら連絡する」

「わかりました」

「はい!ありがとうございました!」


 丸岡刑事は「おう。気を付けて帰れよ」と言って彩光 風色に挨拶に行った。


 そして、一色 綾乃を乗せたパトカーも含めた警察車両が美術館から去っていった。


 それを見届けた後、彩色 風光が話しかけてきた。


「皆さんにもたくさん迷惑をかけたわね」

「いえ!全然!怪物が出たら倒すのが私達の役目なので!」


 由衣が元気いっぱいと言わんばかりの勢いでそう答えた。

 そして俺に「ね~!」と振ってくる。

 俺は仕方なくその言葉を肯定する。


「若いのに偉いわねぇ。

 こんな大変なことに巻き込まれた場所だけど、また絵を見に来てくれると嬉しいわ」

「もちろんまた来ます!彩光さんの絵も、一色さんの絵も好きなんで!」

「そう言われると嬉しいわ。では今日はこれで失礼するわね」


 そして彩光 風色がいつの間にか出てきていた、学芸員と一緒に美術館に引っ込んでいった。


 「じゃあ…帰ろっか!」という由衣の言葉に後ろから「だな!腹も減ったし!」と志郎の声が聞こえた。

 後ろを向くと他のメンバーがすぐ後ろにいた。


 とりあえず俺達は歩き出す。

 そして、話は続く。


「じゃあさ、みんなでどこか寄っていかない?」

「いいな!どこ行く!?」

「私はパス。流石に変なことが多すぎて疲れた」

「俺もパスだ。行きたいやつで勝手に行け」


 由衣は「すずちゃんもまー君も冷たい~!」と文句を叫ぶ。

 しかし、由衣はめげない。


「じゃあさ!今度、みんなの予定が合うときに紅葉を見に行かない?」

「え……人ごみ嫌だからパス」

「大丈夫だって!きっと人少ないから!」

「…どこ行く気?」

「みんな絶対知ってる場所!」


 話が盛り上がってきた。

 聞いてるのが疲れた俺は少し後ろに下がる。


 すると今度は佑希が話しかけてきた。


「…悪かったな。俺がいるのにこんなことになって」

「…別に。お前だってしっかり魔術師として学んだわけじゃないだろ」

「……あぁ」

「なら気にするな。不測の事態は誰にも想定できないものだ」


 そこまで言ったとき、いつの間にか距離が開いていた前の集団から声が飛んできた。


「まー君!ゆー君!すずちゃんこっちだからここで別れるって~!」

「いちいち叫ばなくていいから」


 それを聞いた佑希が「…追いつくか」と言って来た。

 俺はその言葉を肯定し、駆け足で邸宅街を進む。



 こうして、とある秋の1日は幕を下ろした。

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