第136話 紅葉を見に

 美術館での事件から1週間が経った。


 被害者の4人の学生は協会直属の病院に転院後、意識が戻ったらしい。

 一色 綾乃の話によると、絵の中に吸い込まれてから長い人でも1か月も経ってないとのこと。

 何にせよ、無事に目を覚ましたようで良かった。


 一方、一色 綾乃は何かしらの罪には問われるだろう。

 だが彼女もある意味では被害者だ。

 重い罪にはならないはず。

 俺からも酌量のお願いはした。


 ……まぁ、Cランクの学生魔術師の言葉なんてどこまで聞いてもらえるかわからないが。



 そちらよりも問題は……一色 綾乃を騙した魔術師は誰か。

 こういう話は秘匿守衛隊に振るべきなんだが…残念ながら知り合いがなんていない。

 協会の窓口に連絡を入れてもいいが……誰が敵かわからない以上、あまり不特定多数に言いたくない。


 どうしたものか……。




 そんな考え事をしながら歩いていると躓いた。


 転びはしなかったが凄くびっくりした。


 振り返るとそこには石段があった。


 すぐ前を歩いていた智陽が振り返り「…何してるの」と言ってくる。

 その声を聞いたさらに前にいる仲間たちが振り向く。


 由衣が「大丈夫!?」と石階段の上から叫んでくる。


 ……不注意すぎるな、俺。


 反省しながら「足元を見てなかっただけだ」と返す。

 それを聞いて安心したのか、再び仲間たちは前を向いて階段を上り始める。



 今日はいつものメンバー7人で紅葉を見に来た。


 …由衣が行こう行こうとうるさいからな。


 そして来た場所は星鎖神社。

 なんでも彩光 風色の絵の中に秋の星鎖神社の絵があったとか。

 それを見て自分の目でも見たくなったとか。


 俺は今度は躓かないように、夏祭りが行われていた広場からさらに石階段を上る。


 ……記憶の中では本殿はこっちじゃない気がするんだが。


 すると、智陽が話しかけてきた。


「考え事?」

「…ちょっとな」

「…あまり1人で抱え込まない方が良いと思うけど」

「……別に。お前らを悩ませるほどのことではない。」


 そうだ。

 こいつらをこんなことで悩んでほしくない。


 既に石階段を上り切って、楽しそうな声を響かせている由衣達5人を見る。



 こいつらはこれでいいんだ。

 むしろ、今がおかしいんだ。



 だから1日でも早く、俺は蟹座の力を。



「……もしかして、秋だからセンチメンタルな気分なの?」

「違う」


 急に飛んできた智陽の言葉を否定する。

 それとほぼ同時に、俺たち2人も石階段を上り切った。


 目に飛び込んできたのは色付いた木々に囲まれた社。


 ここまでも周りの木々は色付いて綺麗ではあったが…その中に社がある。

 その奥にはさらに色付いている山。


 ……確かにこれは絵になるな。

 おまけに他に参拝客はいないらしい。休日なのに。


 由衣達は既に思い思いに写真を撮ったり紅葉を眺めたりしている。


 その光景を眺めていると肩を叩かれた。


「何でもいいけど、そんな暗い顔してて由衣にいろいろ言われても知らないよ」


 智陽はそう言い残して歩いて行った。

 そしてスマホを構えて写真を撮り始めた。


 そして交代のように由衣が日和と佑希と共に戻ってきた。


「まー君いつまでそこにいるの?写真撮らないの?」

「俺の勝手だろ。というか何で戻ってきた」

「4人で写真撮りたいんだとさ」

「あと、せっかくここまで来たからお参りしようって」


 そう言いながら佑希は俺の隣に日和がその前に並ぶ。


「撮るよ~!まー君笑って~!!」


 そう言いながら由衣が俺の前に来て、スマホを持った手を上に伸ばす。


 そして俺が拒否する間もなく、スマホのシャッターが切られた。


「うん!いい感じ!後でグループに送っとくね!」

「いや…背景これでよかったのか」


 何故か俺はそんな言葉を口にしていた。

 由衣は振り向きながら嬉しそうに答える。


「いいの!だって足元には散った葉があるし!

 それに、いきなり撮らないとまー君逃げるでしょ?」


 ……1学期の遠足の話をしてるか。

 確かにすごく嫌がったな、あのとき。


 そんなことを思い出していると、由衣が「行くよ~!」と言いながら俺の腕を掴んで引っ張る。


 そして本堂の前まで連れてこられた。

 俺は由衣と一緒に社の階段を上り、賽銭箱の前まで来た。


 幸運なことに、財布の中には5円玉が1枚だけあった。

 俺と由衣はそれぞれ賽銭を投げ入れ、礼を2回してから手を2回叩く。

 そうしてもう一度礼ををする。



 お願いが終わった俺は後ろの佑希に場所を譲って本堂の階段を下りる。

 その後ろにはいつの間にか志郎達3人も並んでいた。


 次に本堂近くの紅葉が目が入った。

 ……もう秋なんだな。


 そう思っていると、シャッターが切られる音がした。


 音がした方を向くと、由衣がスマホを構えていた。

 俺は反射的に「何撮ってんだよ」と口にする。


「だって~凄い良い感じだったんだもん!」


 その返事に俺はため息をつく。

 どうせ消せと言っても消さないだろう。

 言い返すのも体力の無駄だ。


「ところでさ、まー君は何をお願いしたの?」

「……何で言わないといけないんだよ」

「え~…。あ、私はね「こういう楽しくて笑顔でいられる時間が、ずっと続きますように」って!」


 何ともまぁ……由衣らしい。

 そんな感想を抱いた。


「で、まー君は?」

「…こういうのって人に言うものじゃないだろ」

「でも私は言ったよ?」

「お前が勝手に言ったんだろ。俺は言えとも言ってない」


 俺の言葉に由衣は「え~…」と不満げな声を上げる。

 …これは俺が悪いのか?


 そう思っていると助け船が来た。


「何話してるの?」

「あ、ひーちゃん!聞いてよ~!まー君が何をお願いしたか教えてくれないの!私は言ったのに!」

「神社のお願いってあんまり人に言うもんじゃないでしょ」

「ちーちゃんまで!?」


 由衣は合流してきた他の5人と話し始める。




 俺には楽しそうに話す6人が、何故かとても眩しく見えた。




 俺のお願い事は「人々が、友人たちが普通に、平和に笑顔で過ごせますように」



 でもこれは、神に願うことじゃない。

 俺の決意表明みたいなものだ。




 そのために俺は、戦う。




 人の手に余る力を、人から切り離すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る