第130話 何を隠してるの

 私達は二手に分かれて無人の駅前周辺で音の正体を探す。


 そしてついに、人の声が聞こえる路地を見つけた。

 聞こえるのは男の人と女の人の2人分。

 見える姿も2人分。

 たぶんゆー君と受付のお姉さん。


 私はすずちゃんと合流して、小走りで路地裏に突入する。


「答えろ。お前は怪物か?」

「…違います。怪物なんて知りません」

「嘘をつくな…!!お前が俺達をこの空間に入れたんだろ!!」


 路地にいる人の顔が見えてきた。


 やっぱりゆー君がいる。

 そして建物の壁と業務用のごみ箱の間にお姉さんが座っている。



 状況としては…問い詰めてる?



 次の瞬間。

 ゆー君が剣を生成して、お姉さんめがけて振り下ろす。



 お姉さんは人間の姿のまま、怯えてる。



 駄目。



 ゆー君に誰かを傷つけて欲しくない。



 私は出せる力を振り絞って全力で走る。



 そして杖を生成しながらゆー君とお姉さんの間に滑り込む。 



「ゆー君ストップ!!」


 そう叫びながら、剣を頭の上に上げた杖で受ける。



 金属がぶつかったような音が路地裏に響く。



 ゆー君は私が割り込んできたことに驚いて剣を引いた。


 私は杖を消滅させながら立ち上がる。


「ゆー君…何で…」

「…この女は俺達をこの空間に連れ込んだ。

 堕ち星は倒す。だから俺はこの女を斬る。間違ってないだろ」

「…でも、お姉さんは人間の姿だよ?もし堕ち星なら反撃してくるはずでしょ?

 …だから、お姉さんは堕ち星じゃないんじゃないの?」


 ゆー君は口を閉じたまま。



 ゆー君がわからない。


 再会したときは小学校の頃から全然変わってないと思ってた。


 でも、私達と同じように星座に選ばれてた。


 それに、時々凄く怖い。


 まるで別人のように。


「…ゆー君。転校してから何があったの?

 何でそんなに…怒ってるの?」


 私がそう聞いても、ゆー君は口を開かない。



「…俺達は元の世界に戻らないといけない。そのためには絵の中に吸い込んだこの女に聞くしかないだろ。

 あんた。俺達をここから出せ」


 ゆー君は私の後ろのお姉さんをじっと見てる。

 …目が怖い。


 振り向くとお姉さんは怯えてる。


 …このままじゃ駄目。


 私は意を決して、ゆー君の方を向きなおす。


「…ねぇ、ゆー君。お姉さんから話を聞くの、私にさせて欲しい」

「…何でだ」

「だって…お姉さん怖がってるよ。脅したって、何も聞き出せないよ」

「だがこいつは俺達をここに連れ込んだ原因だ。俺達の敵だ」

「…そうだとしても、私は目の前で怯えてる人はほっとけない」


 ゆー君から言葉は返ってこない。


 私はまっすぐゆー君を見る。

 でもゆー君と目が合わない。違うところを見ている。


 数秒程経ってから、ゆー君はようやく口を開いた。


「…好きにしろ。でも、少しでも怪しい動きをしたら容赦しないからな」


 ゆー君はそう言って反対側の壁にもたれかかる。


 私は少しお姉さんと距離を取りながら振り返る。

 そしてしゃがんで目線を合わせる。


「私、白上 由衣って言います。お姉さんのお名前、聞かせてください」


 お姉さんは口を開かない。

 怯えた目で私と後ろにいるゆー君を交互に見てる。


 私達はこの世界については何もわからない。

 だから、お姉さんから聞くしかない。

 私はそう思って話しかけ続ける。


「私の友達がお姉さんを怖がらせてしまったことは謝ります。でも、私達は元の世界に戻らないといけないんです。

 お願いします。お姉さんが知ってることを教えてください」


 お姉さんの目を見て、私は想いを伝える。


 すると、お姉さんはようやく口を開いてくれた。


「…一色いっしき 綾乃あやのです」


 でも一色さんはまだ怖がってる。

 私は言葉を選びながら質問する。


「一色さん、この絵の中の世界について何か知ってますか?」

「…詳しいことは知りません。…でも、今まで吸い込んだ人はそのまま出てきてません」


 その瞬間、後ろで物音がする。

 私がびっくりして振り向くと、ゆー君がすずちゃんに止められていた。


 何でゆー君がすぐに手を出そうとするのかわからない。

 でも私はこの世界から出るために、一色さんに話してもらわないと困る。


 私はゆー君に「お願いだから一色さんを驚かせないで」と言う。

 そして、一色さんに質問を続ける。


「何のために絵の中に吸い込むんですか?」

「……白上さんは、彩光 風色の作品が好きと言ってくれましたよね」

「はい。彩光さんの絵、暖かくてとても好きです」

「…私も彩光 風色の作品が好きなんです。色遣いや絵から感じる温かさが。

 私は彩光 風色先生に憧れてずっと絵を描いてました。彩光 風色先生の絵画教室にも通ってました。

 でも、彩光 風色先生が5年前に「この作品を最後に絵を描くのを引退する」と言ったんです。「もう年だから」って。

 私は、その言葉でショックを受けました。「まだ元気なんだから描いて欲しい」と言いました。

 すると、「綾乃ちゃんが私の意思を継いでほしい」と言われました。

 私は少しでも近づけるように絵を描き続けました。

 でも、まったく近づけないんです。


 そんなある日、美術館を訪れたお客様に悩みはないかと言われたんです。

 私は自分の悩みを話しました。

 するとあの空き部屋の中心に画架を置いて「ここにあなたが描いた絵を飾ってください」と言われました。

 そして「この絵に人を、できれば若者を吸い込ませてください。人数が集まれば彩光 風色先生を若返らせることができるはずです」と言われました。

 そのときの…いえ、ずっと私はどうかしていたんです。


 私はそれから、4人の学生を吸い込んでしまいました」


 一色さんがゆっくりと、そこまで話したとき。

 ゆー君が「あんたは吸い込まれた子供がどうなったのか知ってるのか」と言った。


「……知りません」

「じゃあその目で見ろ」


 ゆー君は一色さんの腕を掴もうとする。

 私は手を伸ばしてゆー君を止める。


「だから!怖がらせちゃ駄目だって!」

「それでも、これはそいつが被害者を絵に吸い込んだから起きた。自分がやったことの重大性を知るべきだ」

「それは…そうかもしれない…けど…」

「でも由衣、私達は見た方が良い。もしかしたら、本当に出られないかもしれない」


 …確かに、私は見ておくべきかも。

 私はそう思って、一色さんに「ちょっと行ってきます。すぐ戻ってきます」と言って立ち上がる。


 すると、腕を掴まれた。


 振り向くと、一色さんが私の腕を掴んでいた。


「…私も、行きます」

「じゃあ一緒に行きましょ!」


 そして、私たち4人は歩き出す。

 向かう方向は入ってきた方向とは反対側に。

 歩きながら私はゆー君とすずちゃんに気になったことを質問する。


「…いつの間に吸い込まれた人を見つけたの?」

「由衣が一色さんと話してる間に佑希が。私も心配で後を着いて行ったの」

「ここだ」


 すずちゃんと話してる間にその場所に着いたみたい。


 その場所は路地裏から出たところすぐ。




 そこには、可愛い服を着た女の子が横たわっていた。




 服は普通。

 でも、手足や顔、髪の毛は一切色がなくて真っ白。




 その女の子は、色を失っていた。




 私の口からは「何…これ…」と言葉が漏れる。

 同時に私の頭に最悪の可能性がよぎる。


「ね、ねぇ。これ…まさか…」

「いや、死んではいない。これでも生きている」

「私が確かめた。少しだけだけど脈はある」

「つまりは仮死状態みたいな状態だ。だが、いつまで持つかはわからない。

 早く元の世界に連れて出ないといけない」


 私の言葉にゆー君とすずちゃんが交互に答えてくれた。

 とりあえずまだ死んでないみたいでよかった。

 でも、どうやってこの世界から…。



 次の瞬間、ゆー君が一色さんに近づいていく。


 考えていた私はゆー君を止められなかった。


 ゆー君は一色さんに詰め寄って、怒りの声を浴びせる。


「これがあんたのやったことだ。あんたは自分の身勝手な欲望で他人を命の危険にさらしている」


 私は「ゆー君駄目だって!!」と叫びながら間に割り込む。

 一色さんは私の後ろで涙ぐんだ声で「ごめんなさい…ごめんなさい…こんなことになるなんて…知らなかったんです…」と呟いている。


「知らなかった…?それだけで済む話じゃない!あんたはあの子を…4人の学生の一生を狂わせたんだぞ!!

 に手を出して「知りませんでした、ごめんないさい」で済むわけないだろ!!!」

「ゆー君!!」「佑希!!」


 私とすずちゃんの叫び声が無人の街に響く。


「…一色さんは許されないことをした。それは私でもわかる。

 …でも、何でそこまで怒るの?

 私達が今、一色さんを責めたって仕方ないじゃん…」


 私がそう投げかけても、ゆー君は口を開かない。


 代わりに、すずちゃんが口を開いた。


「佑希も話さないよね。真聡と同じくらいに。

 文化祭の後だってそう。真聡が智陽に口止めをしてたのに気づいたのに私達に黙ってた。


 それに、このおかしな空間に吸い込まれたら、普通は脱出優先じゃない?

 なのにあんたは調べるよりも先に一色さんにずっと怒ってる。

 あんたは何でそんなに怒ってるの?


 …それは澱みや堕ち星、そして星座のこの力について私達が知らないことを知ってるから出る余裕なの?

 あんたは何を隠してるの?何を知ってるの?」


 すずちゃんは一呼吸で言い切った。

 凄い勢いで私もちょっとびっくりした。


 でも、確かにそうかも。

 私とすずちゃんはずっと脱出するために動いてる。


 でも、ゆー君は合流出来てからずっと一色さんに怒ってる。



 ゆー君もまー君も。



 ときどき様子がおかしい。



 …ゆー君は、まー君が隠してる何かを知ってるのかな。



 私がそう考えてると、ようやくゆー君が口を開いた。


「俺からは…何も言えない」

「…知ってるんだ。やっぱり、私達に隠し事をしてるんだ」

「……1つだけ言えるのは、俺達は決断しないといけない。そう遠くないうちに。

 だから今のうちにどうするか、覚悟を決めた方が良い」

「ねぇそれ……どういう意味?」

「…悪いけど、これ以上は言えない」


 ゆー君はそう言って口を閉じてしまった。

 全く意味が分からない。


 私は続いて質問しようとするその直前。


 あの、澱みが現れるときと同じ嫌な感じがした。


 私はその方向を見る。



 そこには、黒い身体の真ん中に私達を吸い込んだ絵が埋められた怪物。



 堕ち星がいた。

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