第127話 暇じゃない
昼過ぎ。
授業の提出物を午前中に終えた俺は簡単な昼食を取った。
そして家を出る前に、超常事件捜査班が作成したとかげ座の事件に関する資料をもう一度手に取った。
堕ち星と成っていたのは山影 俊彰。
推測通り、鈴保の父親の会社の同僚だった。
動機は嫉妬。
同期で入った鈴保の父親がどんどん昇進するのに対し、自分はスローペース。
それに加え休憩時間には幸せそうな家族の話を聞かされる。
それ故の犯行…。
「それだけで?」と思うかもしれない。
だが人間とはそんなもんだ。
己よりも秀でてる人間に一方的に嫉妬し、恨む。
もちろんそれは一部の人間だけということもわかってる。
だがそういう勝手な人間にいつ、牙を剥かれるかわからない。
…こんなことを考えていても仕方ない。
俺は無意識に外れていた視線と意識を資料に戻す。
結局、山影 俊彰を堕ち星にした相手は分からなかった。
最後の記憶は居酒屋の帰り道。
それも酔っていてうろ覚えらしい。
…当てにならない。
結局、堕ち星に成る原因は今回もわからなかった。
ちなみに彼は依願退職するそうだ。
堕ち星に成ってる間の意識や記憶がなかったとはいえ、流石に社会や人間の精神構造はそう簡単ではない。
「さて…出かけるか」
由衣は佑希と鈴保と美術館見学に行っている。
恐らく今日は久しぶりに自由に動けるだろう。
あいつらがペルセウス座のアドバイスを受けて特訓を始めてから、1人で特訓する時間を確保するのが難しくなっていた。
そのため、蟹座の力は未だに使えてない。
今日こそは1人でとことんできるはずだ。
そう思ってソファーから立ち上がる。
斜め後ろにあるプレートやギアを保管してる棚へ向かおうとする。
そのとき、誰かが扉を叩いた。
…まさか由衣か?
時計を見ると13時過ぎ。
まさか見学が終わってそのまま来たのか?
そんなことを思いながら、俺はそのまままっすぐ扉へと向かう。
まったく。
せっかく1人で心置きなく特訓ができると思ったんだが。
これは文句を言ってもいいだろ。
そう思いながら扉を開ける。
「あのなぁ。俺だって」
そこまで口にしたとき、扉の向こうにいる顔が見えた。
しかし、見えたのは由衣達ではない。
日和、智陽、志郎の3人だった。
「何、どうかした?」
言葉の途中で固まってる俺に対して智陽がそう言った。
「俺だって暇じゃないんだ。帰れ」
俺はそう言い残して扉を閉めようとする。
すると日和が反論してきた。
「いいでしょ別に。たまには用事なく集まっても」
「そうそう。志郎」
「おう!」
智陽の指示で志郎が扉に手を滑り込ませて開けようとする。
俺と志郎が戦うと、戦ってきた期間の長さで俺が勝てるだろう。
だが、生身の力比べだと俺が圧倒的に不利だ。
抵抗も虚しく、俺の家の扉は残念ながら開いてしまった。
「それじゃ、お邪魔しま~す」
そう言いながら智陽が入ってくる。
もちろんそれに続いて、日和と志郎も。
…何でこうなるんだよ。
だが、入られてしまっては仕方ない。
貴重な1人の時間が潰れるのは残念で仕方がないが。
とりあえず俺は目の前の疑問を片付けるために、突然の訪問者たちに質問する。
「何で来た。というか、何で一緒に来た」
日和と智陽と志郎。
普段はそこまで会話してる記憶はない。
…志郎がそれぞれ話しかけてる記憶はあるが。
だが、わざわざ何もない休日に会うような仲ではないはずだ。
それぞれが座ってから質問の答えが返ってくる。
「偶然「「本屋で会った」」んだよな!」
しかも3人、声を揃えて。
…仲いいなお前ら。
というか…
「…なんで3人全員本屋に居たんだよ」
「それは思った。凄い偶然だよね。」
「まぁ駅前のあそこがこの街で1番広い本屋だし。私も驚いたけど」
「だよな~意外と俺達、知り合う前に街ですれ違ってるのかもなぁ~」
日和、智陽、志郎の順番で言葉が返ってくる。
流石に全員驚いたようだ。
「で、何で本屋に居たんだよ」
「私は雑誌を買いに行ってたから。買ったのはこれ」
日和が鞄から取り出したのは雑誌だった。
俺はとりあえず受け取ってタイトルを確認する。
「「月刊 海の生き物」…か」
「そう。これの今月分買えてなかったから」
日和は小学校の頃から魚とか好きだったが本当に変わっていないな。
そんなことを思いながら俺は雑誌を日和に返す。
「で、2人は」
「私は何となくうろうろしてただけ。面白そうな作品無いかなって」
「で、俺と漫画のコーナーで会ったんだよな!」
志郎のその言葉に智陽は「うんうん」と頷く。
…俺は最近の流行とか知らないんだが。
俺がタイトルを聞こうかどうしようか悩んでいると志郎は聞く前に話し始めた。
「買ったのはこれな。新刊まだ買ってなくてさ。暇だったから買いに来てたんだよ」
その言葉と共に出てきたの漫画は予想通り知らないタイトルだった。
俺が何て言おうか悩んでいると智陽が口を開いた。
「もしかして…真聡、知らないの?」
「…知らん」
「マジか!?…面白いぞ?笑いあり涙ありのバトル系!」
「…アニメもやってた?」
「やってたやってた!日和も見てるのか?」
「聞いたことあるなって。見てはいない」
志郎の漫画への熱が俺と日和を襲う。
…そんなに面白いのか?
だが、この言葉を口にすると大変なことになる。
そう思って飲み込む。
しかし、それは無駄だったようだ。
「あ!そうだ!俺、これで最新刊まで揃ってるから1巻から貸すぜ?」
「私も最新刊まで揃ってるから貸せるよ。日和も読む?」
「「いや、いい」」
俺と日和の拒否の声が重なった。
…残念ながら俺は娯楽を楽しんでる余裕はない。
そんな暇があるなら、俺はお前達を普通の高校生に戻す方法を探さなければいけないんだ。
だが、そのことを言っても意味がない。
むしろ逆効果だろう。
そう思って俺は話題を逸らす。
「お前らが一緒になった理由は分かった。
で、何で
「3人ってさ、奇数じゃん」
俺の言葉に智陽がそう返した。
俺は「いや、理由を答えろ」と返す。
「まぁまぁ、最後まで聞いてよ。3人って奇数だからさ、話してると自然と1人溢れるんだよね。
だからどうせなら4人になったほうが、それぞれ1対1で話せるでしょ?」
「…だから、今日行ってない俺のところに来たと」
「そういうこと。あと、ここなら夜までいてもお金取られないでしょ」
「嫌な言い方するなお前」
智陽のその言葉に、日和と志郎は苦笑いのような表情を浮かべている。
正直凄く追い返したい。
だが、あれ以来堕ち星は出ていない。
外に逃げ出す理由がない。
そのため、俺は仕方なくこの3人を受け入れることにした。
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