第122話 言わなきゃ
放課後の夕闇が迫るグラウンドに部活に勤しむ生徒の声が響く。
私もそんな生徒たちの1人。
今日は所属している陸上部の投擲の人達と一緒に練習を行っている。
結局、連休中に堕ち星は現れなかった。
真聡は…あの後の全員グループでのメッセージからはまたいつもの調子だった。
…「いつも様子が変」と言われたらそれまでだけど。
そして私は未だに両親とはあれ以上話せていない。
何て言ったらいいかわからない。
「そろそろ片付けるぞ~」
投擲のパートリーダーである2年生の先輩がそう言った。
校舎にかかっている時計に目を凝らすと、もうすぐ17時。
私達は練習を終わって、使った道具を体育倉庫や陸上部の部室に片づける。
そしてグラウンドを整備する。
全部終わって、顧問の先生のところに集まって話を聞く。
内容は明日の練習について。
話が終わり、礼をする。
そして自分の鞄を持った部員から帰るために通用門に向かっていく。
私も自分の鞄を手に取る。
そのとき私の名前を呼びながら隣に女子が来た。
「お疲れ~」
「お疲れ」
「じゃあ、帰ろっか」
「うん」
私は陸上部マネージャーで私の小学校からの友達の好井 梨奈と一緒に歩き始める。
話題は今日の部活について。
他愛のない、いつもの会話をしながら通用門を抜ける。
そして住宅地に入ったとき、梨奈が急に話題を変えてきた。
「ところでさ、鈴保…悩みでもある?」
「何、急に」
「いやぁ…今日は朝からちょっと変…というか、上の空じゃない?」
流石に梨奈にはバレていたみたい。
梨奈には中学の頃からよく愚痴ってたから、なおさらかもしれない。
…でも、これ以上梨奈を澱みや堕ち星のことに巻き込みたくない。
そう思って私は「別に。なんでもない」と返す。
「そんなことないだろ。お前、今日は変だぞ」
突然、後ろから会話に入ってきた男の声に私達は振り返る。
「「颯馬」!」
もう1人の私の友達である小坂 颯馬が後ろにいた。
…まぁこいつは中学からだけど。
「短距離の人と帰るんじゃなかったの?」
「みんな方向が違うからな。それに今日は帰るだけらしい。ちょうど2人が見えたから追いかけてきた」
颯馬のそんな話を聞きながら、私達は住宅地を歩く。
このままさっきの話が流れて欲しい。そう願った。
でも残念ながらそう上手くはいかなかった。
「で、悩みがあるんだろ。…言わないとまた梨奈が怒るぞ」
「怒りはしないけど…でも私達に隠すようなことなの?
…もしかして、由衣ちゃんとか陰星君と喧嘩でもした?」
そう言いながら、梨奈は私の前に回って立ち止まる。
そして、まっすぐに私の目を見てる。
私はこの目から
…でも、今はもう逃げない。
それにこの状況では誤魔化せないし。
仕方なく私は簡単に悩みを話す。
家に向けて歩きながら。
「えっ…おじさんとおばさんに怪物と戦ってることを言ってなかったの!?」
「お前…それは流石に駄目だろ」
「いや、颯馬は知らないと思うけどさ。うちの親
私がそう言うと梨奈が「そうだったね…」と呟いた。
しかし、それを知らない颯馬は素直に自分の意見を口にする。
「でもお前は今、こうやって陸上やってるだろ」
「それは私が中学に勝手に入部したから」
「…ちゃんと話せばわかってもらえるだろ。親なんだから」
颯馬は私の親とちゃんと喋ったことないからそんなことが言える。
そう思ったけど、流石にその言葉をぐっと飲みこんだ。
こういう言葉に腹が立って言い返して真聡と喧嘩…じゃないけど後ろめたくなったから。
でも梨奈も残念ながら私の味方ではないらしい。
「でも…私も颯馬の言う通りだと思うな。だって、本当に駄目ならきっと退部させられてるよ?」
「それは…そうかもしれないけど…」
「入試だって実績考慮型だったんでしょ?
…おじさんとおばさんはさ、ただ鈴保が心配なだけなんだって。ちょっと度が過ぎるだけで」
そう言い切った梨奈は私の方を向いて、ニコッと笑った。
確かに2人の言ってることは間違ってはないのかもしれない。
でも私は、その度が過ぎる心配が嫌。
そう思ったとき、ジャージのポケットに入れたスマホが震えた。
私は足を止めて、通知を確認する。
『智陽 駅前に堕ち星 真聡、由衣、佑希が交戦中』
堕ち星は父親に恨みを持ってる。
ターゲットはたぶん家族である私たち4人。
つまり、現れたってことは高確率で父親か母親がいる。
…言ってしまうと行きたくない。
そこに梨奈が「怪物が出たの?」と話しかけてきた。
無意識で表情が変わったのかもしれない。
私は視線をスマホから梨奈に戻す。
その奥には颯馬もいる。
私は、梨奈を守りたくて。颯馬を止めたくてあのとき初めて戦った。
父親も母親も過保護すぎて鬱陶しい。
でも、本当に嫌いなわけではない。
居なくなって欲しいとは思ってない。
だったら、戦わなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。
簡単な、逃げるような言葉じゃなくて。
話さないと、何も伝わらない。
でも難しく考える必要は、きっとない。
「…鈴保?大丈夫?」
「大丈夫。…ごめん、怪物が出たらしいから行ってくる。2人は先に帰ってて」
心配してくれてる梨奈に私はそう言って駅前に向けての最短距離を考える。
幸いここから駅前はそれほど遠くない。
そこに、颯馬が話しかけてきた。
「もう大丈夫なのかよ」
「うん。覚悟は決まった。…2人のお陰、ありがと」
私がそう言うと颯馬も梨奈も笑顔になった。
数秒も経たず、梨奈が思い出したように口を開いた。
「あ、鞄。持って帰っておくから」
「…ありがと。じゃあまた後で」
「うん!また連絡して!」
「…怪我すんなよ」
鞄を預けた私は2人の友人の見送りを背中に受けながら、駅前に向けて走り出した。
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