第119話 過保護気味

 何でどいつもこいつも自分の考えを押し付けてくるの。


 何で私がしたいことをさせてくれないの。


 何で、誰もわかってくれないの。 



 悔しさと腹立たしさが、真っ暗闇の自分の部屋のベットに横になっている私の頭の中をぐるぐると回る。


 涙で枕が塗れるのも、制服のままベッドに横になっているのも、どうでもよかった。



 両親が星座騎士を反対するのは分かる。

 陸上部に入りたいと言ったときも大喧嘩して無理やり私が入った。

 だからそうなるのは目に見えてた。


 でも一番腹が立ったのは、真聡。

 確かに私は最初、戦うことから逃げた。

 だけどあの言葉は許せなかった。


「戦いに巻き込んだのは自分のせいです。

 そのため、責められるのは俺であるべきです。

 両親が戦うのをやめて欲しいと願い、鈴保さんも了承したのならば、俺は鈴保さんから戦いから身を引いてもらっても構いません」


 やっぱり許せない。

 私は、自分で戦うことを決めたのに。



 こんなところで逃げ出したくないのに。


 もう何もかも嫌。

 いっそのことこのまま眠ってしまいたい。



 でもこの怒りの熱は治まらず、まったく眠れる気配もなかった。



 そのとき、誰かが部屋の扉を叩いた。


 どうせ母親か藍斗だ。

 口なんて利きたくないし、寝たふりしておこう。


 しかし、聞こえてきた声は全く別人だった。


「すずちゃん…入っていい?」


 由衣だ。

 帰ってって言ったはずなのに何で帰ってないの。


「…寝てるのかな。開けていいかな」

「駄目。私達まで喧嘩になったら意味ないでしょ」

「でも…もし寝てて、私達のせいで起こしちゃったら悪いからこっそり開けて確認だけ…」

「駄目だから。起きてたらどうするの」


 どうやら智陽も帰ってないみたい。

 そしてこのままだと部屋に入ってこられるかもしれない。

 危険を感じた私は仕方なく声を発する。


「入ってこないで。帰ってって言ったでしょ」

「…良かった、起きてて。

 ねぇすずちゃん、お話ししない?」

「…放っておいてって言ったでしょ」

「私は…すずちゃんの話が聞きたいな。何で苦しんでて、何で怒ってるのか。

 …すずちゃんの迷いってさ、家族に星座騎士のことを言ってないことだったの?」


 全然話聞いてないし、めちゃくちゃ踏み込んでくる。

 真聡も志郎も由衣も、何でこんなやつばっかりなんだろう。


 放っておいて欲しい私は言葉を返さない。

 でも由衣は、返事がないのを気にせず話しかけてくる。


「私は、もっとすずちゃんのことを知りたいよ。今日、遊びにいこうって誘ってくれてすごく嬉しかったし。

 …そうだ!また今度こそ行こうよ!今日行けなかったし!」


 とても明るく、楽しそうな声で話しかけてくる。

 …状況分ってるの?

 でもツッコんだら負けな気がするから何も言わない。


「私は、すずちゃんと一緒にこれからも戦いたい。星座騎士をやめて欲しくなんかない。

 だから、すずちゃんの悩みを聞かせて欲しい」

「…誰から聞いたの」

「えっと…藍斗君から…」

「藍斗のやつ…」

「やっと会話してくれた!」


 しまった。

 この話をしたとき、由衣はリビングにいなかった。

 それなのに、なぜ私が星座騎士をやめるかもしれないのを知ってるのか気になって言葉を返してしまった。

 私は失敗を取り繕おうとして「帰ってよ」と返す。


「もう諦めなよ。由衣は鈴保が出てくるまで話しかけ続けるよ。それこそ明日の朝まで」

「そこまでしないってば!」


 確かにそう。

 由衣がこういうとき、相手に笑顔が戻るまで絶対に諦めないのは私だって知ってる。

 私の負け…かな。


 私は諦めて、ドアの外にいる2人に「うちの親って…どう思う?」と質問してみる。


「すずちゃんのお父さんとお母さん…?う~ん…仲良くていいと思うよ?」

「いや多分そうじゃないでしょ」


 智陽につづいて私も否定する。

 …聞く相手間違えたかも。

 そう思っていると智陽が私が望んでる言葉を言ってくれた。


「ほら、あれでしょ。過保護気味って言って欲しいんでしょ」

「そう。普通人前であんな言い方ある?私もう高校生だよ?

 それにさ、私が陸上部に入りたいって言ったら父親は「怪我したらどうするんだ!」って言うし、母親は「そんな可愛くない部活止めて家庭科部にしなさい!」だよ?家庭科部だって怪我することあるでしょ。

 あと、今でもパパママ呼びを望んでるし、帰ってくる時間とか誰と出かけるとか言わないと怒るしさ。

 他にも父親は休みの日は家族で出かけようってうるさいし、母親は自分の好きな服…ガーリー系の服を着させようとしてくるしさ。もうほんとに嫌なんだけど」

「そ…そんなに不満に思ってたんだね…」 


 由衣のその返事で我に返る。

 …凄い勢いで言ってしまった。

 あんまりこういう話はしないようにしてたからついつい溜まってた不満が溢れてしまった。

 中学の頃は定期的に梨奈に聞いてもらっていたけど、私が怪我してからはそもそも誰とも話さなくなってたし。

 少し冷静になっていると、由衣から言葉の続きが飛んでくる。


「でも…いくつかはすずちゃんのことが本当に心配してるからだと思うよ?私だって今でも誰と出かけるか、どこに行くかは言うもん」

「…じゃあ、休みの日は?」

「う~~ん…たまには行くよ?小さいころと比べたら減ったけど」

「私ほぼ毎回だよ?」

「それは流石にうざい」

「でしょ?」


 由衣はやっぱり優しい。極力他人を否定しない。

 でも今はそういう優しさは欲しくない。

 だから、智陽の同意のほうが嬉しかった。


「しかも母親はガーリー系勝手に買ってくるんだよ?私は着ないって言ってるのに。そもそも私には似合わないし」

「そう?私はすずちゃんは可愛いのも似合うと思うけどなぁ~?」

「だから似合わないって」

「…私は普段の鈴保の服装の方が好きかな」

「それは私も!かっこいいもん!それこそ私には無理だよ~!」


 …面と向かってストレートに褒められると照れる。

 褒められ慣れてない私は返す言葉が浮かばない。

 まぁ、部屋の扉は締まってるから面とは向かってないけど。


 言葉に悩んでいると由衣が先に言葉を投げてきた。


「…でもすずちゃん、部屋にぬいぐるみ置いてたよね?」


 …ヤバい。見られてた。

 由衣の言う通り、私は部屋にいくつかぬいぐるみが置いてる。


 自分で可愛い服を着るのは無理。

 でも、可愛いぬいぐるみは結構好き。癒されるから。

 だけどさっきああ言った以上、なんか恥ずかしい。

 私はつい、強い言葉で返してしまった。


「何、見たの」

「いや普通に見える位置に飾ってあったでしょ。30分もいたら1回は目に入るし」


 返ってきたのは智陽からの正論だった。

 それはそう。だって癒されるために置いてるし。

 いきなり友達部屋に入れることになるとは思ってなかったなかったから、隠してもなかったから。

 言葉に困っていると、由衣の言葉が飛んできた。


「私もあのキャラ好きなんだ~!!

 …そうだ!!遊びに行くの、ポップアップストアにしようよ!すずちゃんも好きなんでしょ?」

「それは…」

「自分の部屋に飾ってるくらいなんだから好きでしょ。なんでそこで詰まるの」


 恥ずかしいけど、ここまで来たらもう話題を逸らすことはできない。

 私は仕方なく理由を口にする。


「いや…さっきガーリー系は嫌って言ったのに、ぬいぐるみとか好きなのは変かなって…」

「全然そんなことないよ!!好きなものに変も何もないよ!ねぇちーちゃん!」

「ないない。個人の自由でしょ。それに、ガーリー系とぬいぐるみはまた別でしょ」

「…確かにそうね」


 私の言葉に、返事がこない。

 しばしの沈黙。


 そして十数秒後、由衣の言葉が飛んできた。


「…ねぇすずちゃん。部屋、入るよ?」


 唐突すぎて私は反応が遅れる。

 最初と比べるとだいぶ気持ちは落ち着いてきた。

 でもまだ、部屋に入っては欲しくなかった。


 だけど、止める間もなく扉が開く。


 …そういえば鍵閉めるの忘れてた。

 私は慌てて起き上がって足を下ろして、ベッドに座る。

 同時に由衣と智陽が部屋の電気をつけて入ってきた。


 由衣はそのまま私の前まで来て、私の両手を握る。


「私は、もっとすずちゃんとも仲良くなりたい。

 そしてこれからも、一緒に星座騎士として戦ってほしい。

 ……ダメかな?」


 由衣が私の目を見てそう聞いてくる。

 私は、自分の考えを伝える。


「……私は、辞めたいなんて少しも思ってない。

 それに、こんなところで逃げたくない。戦うってあの日、決めたから。私は最後まで戦う」

「良かった~!!これからもよろしくね!!すずちゃん!!」


 そう言って由衣は両手を話してから、抱き着いてくる。

 いきなりだったからバランスを崩しそうになる。


 でも、何とか左手を付いてから後ろに倒れずに済んだ。

 …倒れたら壁に頭をぶつけるところだった。


 私は「ちょっとやめてよ」と言いながら由衣を押し返す。

 由衣は謝りながら離れる。


「…嫌だった?」


 嫌ではなかったけど、慣れてないから恥ずかしい。

 私はそれを隠すように返事する。


「……いきなり来られると倒れたら危ないから」

「じゃあ次からは気をつけまぁ~す!」


 そう言って由衣は笑ってる。

 私もつられて笑顔になる。

 後ろにいる智陽も気が付くと笑っていた。



 すると、いきなり由衣が声を上げる。

 何か言いたいことを思い出したらしい。


「後でまー君には謝った方が良いと…思うよ?」


 私はその言葉ではっとする。

 私、真聡の言葉に怒っていたとはいえ、とんでもないことを言ってしまった。 

 今になって後悔の気持ちが押し寄せてくる。


「確かにあれは謝った方が良い。真聡の勝手なところがムカつのは分かるけど、あれは流石にマズいと私も思う」


 智陽にもそう言われた。

 …というか、智陽も両親いないんだった。

 私は慌てて智陽にも謝る。


「いいよ別に。私は気にしてない。よくそれで虐められてたから慣れてるし」


 いやそう言われるとどう返したらいいかわからないんだけど…

 困っていると、由衣が手を叩いた。


「暗い話は終わり!すずちゃんお腹すいてない?すずちゃんのお母さんが晩御飯作ってたけど…どうする?」


 そう言われて時計を見るともうすぐ20時だった。

 確かにお腹もすいた気がする。


「確かに…お腹すいたかも」

「じゃあ貰って来るね!」

「いや自分で行くからいいよ。というか2人は?」

「私達はさっきコンビニ行ってきたから大丈夫」

「そうそう!あ、すずちゃんにお土産あるよ!」


 そう言いながら由衣はテーブルの上にコンビニの袋を取り出した。

 でも智陽が「先に晩御飯でしょ」と止めに入る。



 梨奈と颯馬以外にもいい友達ができた。


 そう思いながら私は、2人の言い合いを止めに入った。

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