第107話 そう思えば、きっと

 全員がお化け屋敷から出てきた後、従来の予定通りステージを見るために体育館に移動を開始する。

 ちなみに行く理由は由衣や志郎、長沢が「文化祭なんだから1番盛り上がるステージを見に行かないと!」と言ったからだ。

 軽音部やダンス部が例年盛り上がるとかなんとか。

 …一応言及するが、大会で優勝する程の実力ではないらしい。


 だが、体育館の入り口はそこそこの生徒が集まっていた。

 …正直入りたくないが、ここで姿を消すと余計面倒になるよな。

 そう思いながら大人しく人波に流される。


 するといきなり右肩を叩かれた。

 人が多いとはいえぶつかるほどではないんだが…。

 そう思いながら右を見ると、見慣れた顔が隣にいた。


「やほ」

「鈴保か」

「なんか全然会わなかったね」

「…確かにそうだな」

「あ!すずちゃん!それに梨奈ちゃんに颯馬君!」


 別行動していた鈴保一行とようやく合流した。

 早速陽キャ3人組が鈴保一行と話し始める。

 そこによく通る声が飛んできた。


「体育館出入り口付近では立ち止まらないでください!入った方は体育館中ほどまで進んでください!」


 声の主は出入口の端に立っている星芒高校の制服の男子生徒。生徒会腕章をつけているから生徒会の人間だろう。

 とりあえず、俺は立ち止まりかけた由衣達に声をかけて体育館の中へ入る。

 それにしても、声も身長もでかいやつだったな。

 そう思っていると、ちょうど鈴保が同じことを言っている。

 それに智陽が答えている。


「たぶん生徒会書記の井草いぐさ 杏寿あんじゅ。確か私たちと同じの1年生だったはず」

「え、あれが?というかその名前で男だったの?女子だと思ってた…」

「鈴保、聞こえてないからって失礼だよ」

「お前、知らなかったのか」

「夏休み前に生徒会選挙で演説してたぞ?」

「あぁもう、うるさい!いちいち関わりない奴なんて覚えてないわよ!」


 好井 梨奈、小坂 颯馬、志郎からのツッコミが入って鈴保がキレた。

 …珍しく鈴保が弄られる側に回っているな。

 そしてメンバー一同は鈴保の反応に笑っている。いくつか「まぁあんじゅってい女の子と思うよね」と言った同情の声も飛んでいる。

 まぁ、俺も関わりのない奴は覚えていないから鈴保の気持ちはよくわかる。実際、井草 杏寿は存在すら忘れていた。


 そんな話をしているとスピーカーから進行のアナウンスが聞こえた。


『それでは、ダンス部の皆さんです。どうぞ!』


 その声と共に舞台上の照明が付き、音楽が流れ始める。

 そして踊り始めるダンス部員。

 体育館は盛り上がっている。

 もちろん友人達も各自、話しながら楽しそうにしている。


 だが、残念ながら俺には何が楽しいかよくわからない。

 立ち去ってもいいが…どうせ後で文句を言われる。それは面倒だ。

 そう思った俺は近くの壁まで行って、背中を預ける。

 そのままぼんやりと体育館内で楽しそうな人々を眺める。


 舞台上では生徒が入れ替わり曲も変わった。

 俺は変わらず、ぼんやりと眺め続ける。


 …何も知らない人間から見れば、俺も普通の高校生に見えるのだろうか。


 そう思ったとき「楽しんでるかな?」といきなり声をかけられた。

 俺は我に返って声の主の顔を確認する。

 スーツを着た2人の男性がステージと反対側の右斜め前付近に立っている。

 片方の推定60代男性の顔は予想外ではあったが、見覚えのある相手だった。


「…理事長!?ご無沙汰してます」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫。それより、楽しんでるかな?」


 どうやら理事長はそっちの方が気になるらしい。

 俺はそれとなく肯定する。

 だが、俺はそれよりも気になっていることがあった。

 これぐらいは失礼に当たらないはずなので、単刀直入に質問する。


「そちらの方は…」

「あぁ、この方はね」

「ありがとうございます理事長。ですが自分で。初めまして、星雲市市議会議員の渦元うずもと 拓郎たくろうです」


 推定30代の男性はにこやかにそう語った。

 だが、市議会議員がなぜ私立高校の文化祭に来ているんだ?

 俺はそんな疑問を抱いた。


「何か気になることがあるなら私でよければ答えるよ」


 …どうやらバレているらしい。

 俺は失礼の無いように疑問をぶつける。


 それを聞いた渦元市議は「なるほど…」と言った後にその理由を答えてくれた。


「私は、人が住みやすい環境、住みやすい街をつくりたいんだ。そのために、この街のいろんな場所に足を運んで、いろんな方からお話を聞かせて頂いているんだ。今日はその一環で星亡高校文化祭にお邪魔させて頂いているんだ」

「そうなんですか…お答えいただきありがとうございます」

「いやいや…そうだ、君はどう思う?」

「…人が住みやすい環境…ですか?」

「そう。君なりの意見を聞かせて欲しい」


 いきなりそんなこと言われてもな…。

 困っていると、渦元市議の後ろからスーツ姿の女性が現れて、何やら耳打ちをしている。

 秘書だろうか。

 俺はさっきの質問について考えながらそう推測した。

 少し話した後、渦元市議は口を開いた。


「質問をしておいて申し訳ない。時間が来てしまった。もし良ければ、名前を教えてもらえるかな?」

「……陰星 真聡です」

「真聡君か。次あった時に君の答えを聞かせてくれると嬉しい。今日はありがとう」

「陰星君。残りわずかだが文化祭、大いに楽しんでね」


 渦元市議と理事長、そして秘書らしき女性はそう言い残して去っていった。


 少し悩んだが結局名前を教えてしまったが…まぁ、問題ないだろう。

 現状から考えても堕ち星がいる確率は低いだろうし。


 そう考えていると舞台上のカーテンが閉まるのが見えた。

 それと同時に騒がしい奴に見つかった。


「いなくと思ったら…誰と話してたの?」

「理事長とこの街の市議らしい人だ。なんか話しかけられた」

「…なんで?」

「俺が聞きたい」

「それより!次は軽音部だよ!」

「そうか」

「凄く興味なそうじゃん…。まー君、小学生の頃ギターの練習してなかったけ?」


 由衣のその言葉で小学生の頃を思い出す。

 …そういえば父さんがギターを持ってて、中学年ぐらいからは時間がある時に教えてもらってたっけな。


 …前の家の荷物とかどうなったんだろうな。私物とか全部置いてたはずだったんだが、由衣に以前「もう違う人が住んでるよ」と言われている。

 …まぁ今の俺には不必要か。


 色々考えていると、由衣が俺の名前を呼びながら顔の前で手を振っている。

 そういや質問されていたな。


「していたな。あの頃は」

「だよね!…今はしてないの?」

「どこにあるのかすら知らん」

「そっか…まー君の歌聞きたいなぁ……そうだ!今度カラオケ行こうよ!」

「なんでそうなる。行かないぞ」


 面倒だからそう返事をすると由衣に口を尖らながら文句を言われた。

 そのとき、舞台上のカーテンが開いた。

 軽音部が既に待機していて、ギターを持った生徒が喋り始める。

 …MCと言うんだったか。

 そして、ドラムのカウントを合図に演奏が始まる。


「あ!これAusちゃんが歌ってた曲!ほら行こ!」


 由衣がそう言った後、俺の手を掴んで走り出す。

 いや走るな。


 抵抗むなしく、俺は連れて行かれて仲間のところに戻ってきた。

 志郎や長沢が「ようやく戻ってきた」的なことを言っている。



 全員笑っている。


 楽しそうだ。


 …もし、俺も魔術師や神秘保持者なんかじゃなく、普通の高校生だったら。


 ここにいる友人達と同じように楽しめたのだろうか。


 それは分からない。


 しかし、現実の俺は残念ながら魔術師で神秘保持者だ。

 協会が事態終息と判断したら帰還命令や移動命令が出る可能性が高い。


 もし、そうならば。

 ここまで深い付き合いになったからには、流石に別れがそれなりに辛くなりそうだ。



 …だがこいつらが、今日のように笑って毎日を過ごせるように。


 そのために、俺は人の手に余る力を人から切り離す。


 そう思えば、きっとどんな苦難も乗り越えられる。



 だから今は、今日を忘れないために。



 友人達が楽しむ姿を見ていよう。



 そんな俺の想いは誰に気づかれることもなく、体育館にはバンド演奏と生徒の歌声が反響していた。

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