第106話 怖いもの

 森住 晶の一件から約30分後。

 昼食も食べ終わり、この後は体育館のステージを見に行く予定。

 しかし、由衣が行きたいところを忘れていたと言った。

 そして俺達が来たのは…


「お化け屋敷」

「そう!お化け屋敷!」


 3年生の1つのクラスが第一美術教室を貸し切って作ったお化け屋敷。

 だが、学生が仕切る学祭のお化け屋敷は張り切ってわざわざ来るほどのものか…?

 そう思いながら由衣達の方を見ると…


 由衣と長沢が凄く盛り上がっている。

 この陽キャ2人め…。

 そして、その2人が少し嫌そうな日和、佑希、智陽の3人を説得している。

 3人は俺と同じことを考えているのだろうか。

 というか、こういうので盛り上がってそうな志郎が珍しく静かだ。

 そう思ったのと同時に由衣が志郎に声をかけた。


「しろ君…さっきから静かだけど…もしかして苦手?」

「あ、俺は大丈夫。肝試しとか結構好きな方だから心配すんな」

「…そう?」


 じゃあ何で固まってたんだお前。

 まぁ本人がこう言っている以上、ツッコんでも仕方ない。


 さて、俺はこいつらが出てくるまでどこかで待ってるか。

 そう思いながら辺りを見回す。


 しかし、既に遅かった。

 俺の手首は掴まれていた。

 その手の主はもちろん…


「まー君も入るんだからね?」


 由衣だ。

 逃げ損ねた。

 苦手なわけではないんだが面倒極まりない。

 だから入りなくないんだが……捕まった以上は入るか。ここで揉めたくはない。

 俺が覚悟を決めると同時に受付と話していた長沢が戻ってきた。


「この人数で一斉に入るのは駄目らしいから、3組に分かれよっか」

「オッケー!じゃあ、グーチョキパーでいくよ!」


☆☆☆


「というわけでよろしくね!真聡君!」


 まさかの長沢と2人でペアになるとは……そしてじゃんけんに負けて1番最初に入ることになったし。

 そんなことを考えながらも、とりあえず返事を返す。


 そして仲間たちの送り出す声を背に受けながら、受付の指示に従ってお化け屋敷と化した美術室の中に足を踏み入れる。


 外は昼間だが、黒いカーテンの影響で真っ暗な室内。

 まぁ明るかったらお化け屋敷の意味がないか。


 机が横倒しにされて、両脇に壁として配置されて順路が組まれている。

 美術室の机は普通の教室より大きいため壁として最適だな。

 そしてこの間を進めということか。


「じゃあ進もっか」


 長沢がそう言うので俺は返事をして、進み始める。


 少し進むとゾンビやフランケンシュタイン、幽霊などの様々な怪異をモチーフとしたメイク…仮装をした生徒が飛び出して驚かせてくる。


 が、残念ながら俺は驚かない。

 中等部の頃の実習で本物についての授業を受けたり、モノによっては戦ってるからな…この程度では残念ながら驚かなくなってしまった。

 それに隠れていてもという気配は全然あるしな。


 一方、長沢は悲鳴を上げてはいるが……楽しんでるな、これ。

 そんなことを考えながら進んでいるともう出口についてしまった。

 美術室だからな。そこまで広くない。

 とりあえず、外に出る。


 長沢が「外だぁ~!」と言っている。

 ちょうど交代で3組目の佑希、智陽、志郎の3人が入口から入っていくのが見える。

 どうやら、由衣と日和はもう中らしい。

 わかってはいたがしばらく待つ必要があるな。


 そう思いながら廊下の壁にもたれる。

 すると「真聡君は全然驚かなかったね~」と長沢が話しかけてきた。

 流石に無視は態度が悪すぎるので付き合うことにした。


「これくらいではな」

「じゃあ心霊スポットとかも行ける感じ?」

「…ああいう場所は本当に連れていかれることがあるから近づきたくないな」

「…本当?」


 返事の声が少し怖がってるように聞こえたので長沢の顔を見ると、本当に少しだけ怖がっている表情だった。

 …しまった、つい普通に喋ってしまった。

 とりあえず俺は誤魔化す。


「冗談だ」

「だよねぇ~…。私、お化け屋敷とか怖い話はいけるけどそういうの言われると怖くなってくる…」

「そうか」

「…真聡君には怖いものはないの?」


 …嫌な質問をしてきたな。

 怖いもの。沢山ある。

 だがそれはこいつには言えないものばかりだ。

 だからと言って「ない」というのは嘘になる。

 言える範囲でとなると…。


「俺は…人間が怖いな」

「……それはちょっとわかるかも」


 同意の言葉を口にした長沢の顔は、どこか寂しそうな、辛そうな顔をしていた。

 その顔を見た俺は、何故か質問をしていた。


「…何かあったのか」

「…大丈夫。これは、私の問題だから。ただ、今は」


 その瞬間、出口の扉が勢いよく開いた。


「眩し…」

「脱出だー!!……2人とも暗くない?喧嘩でもした!?」

「そんなことないよ?普通に話して待ってただけだよ?ね、真聡君?」

「…そうだな」


 それを聞いた由衣は「それならいいんだけど…」と一応納得したらしい。

 そのまま女子3人にはお化け屋敷の感想を語り合う。



 結局、俺は長沢の心の奥にある「何か」について聞けなかった。

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