第100話 何もなかった

 羊の群れが全て水柱の中に飛び込んでいった。

 もし2体の堕ち星が人間に戻った場合、このままだと窒息する可能性がある。

 そう考えて俺は水魔術の発動を止める。

 だが気を緩めず、全員がすぐに戦闘が再開できるように構えている。


 数秒後、上から降り注ぐ水が止んで水柱が無くなった。

 そこには……



 誰もいなかった。



 何もなかった。



 志郎が「どうなってんだよこれ!」と驚いた声をあげる。

 いや、俺だってこれは流石に想定外だ。

 何が起きているのか確認しようと、足を踏み出す。


 その瞬間、全身の力が抜けて地面に膝をつく。

 星鎧も消滅し、地脈との繋がりも切れたのを感じる。

 時間切れか、俺自身の限界か。

 どちらかはわからないが、もう一歩も動けない。


 だが、幸い五感は機能している。

 そして地面は湿ってはいるが、水はもうほとんど無い。


 とりあえず俺は仰向けになりながら耳を澄ます。


 どうやら隣にいる由衣も星鎧が消滅したらしい。

 そして他のメンバーが心配して駆け寄ってくるのが聞こえる。

 俺は声を振り絞って指示を出す。


「来るなら日和だけでいい。他3人は逃げたかどうか探してくれ」


 その言葉を受けて各自行動に移ったようだ。

 俺は深呼吸をする。

 1番最初に話しかけてきたのはやはり由衣だった。


「まー君…大丈夫?」

「そのうち動けるようになる。……由衣こそ大丈夫なのか」

「私は…ちょっと休みたいかなぁ……」


 そう言いながら由衣は照れくさそうに笑う。

 ……笑うところではないと思うが。

 そう考えながらコンクリートの天井を見上げる。

 すると由衣と日和の会話が聞こえてきた。


「ひーちゃんもお疲れ〜」

「お疲れ……大丈夫?」

「うん〜もう少ししたら動けるようになると思う〜……ひーちゃんこそ大丈夫?」

「うん。皆のお陰で」


 他愛のない2人の友人の会話。

 空いていた日和との距離も元に戻ったようで安心感を覚える。


 だが、結局2人も戦いに巻き込んでしまった。


 俺はその事実に後ろめたさを感じていた。


 そこに新たに3つの声が増えた。


「だ〜れもいねぇし、何にもなかったぞ…プレートも落ちてないし」

「だけど、どこかに逃げた感じもない。そもそもあの水柱から抜け出したら気が付きそうだしな」

「でも地面に穴が空いてるわけもないし。本当に消えたって感じ」


 志郎、佑希、鈴保が戻ってきた。今回はまだ星鎧を消滅させていない。

 その報告を聞いた俺は返事をしてから、力を振り絞って言葉を紡ぐ。


「我、星の力を分け与えられし者也。故に我、神秘を宿すもの也。

 その神秘の下に、この世に蔓延る澱みを用いて、人に害を与える者よ。その居場所を曝け出せ」


 詠唱で効果が増した感知魔術が発動する。

 感覚が鋭くなり、気配を感じる範囲が現在の数倍以上に広がっていくのを感じる。



 しかし、澱みの反応は感じれなかった。



 ……星力切れの状態の詠唱魔術ではどこまで感知範囲に入っているかわからないが。

 だが、この付近にいないのは間違いなさそうだ。


 その安堵もつかの間だった。


「まー君……?今、力……使ったよね?」

「…使ったが?」

「何で使ったの!!!???」


 由衣がものすごい勢いで怒っている。ふらふらのくせに立ち上がって。

 ……いや、何で俺は怒られてるんだ?

 そう思いながら俺は答える。


「堕ち星が逃げていた場合、まだ近くにいるかもしれないだろ。不意打ちとかされたら困るだろ。それにこれが使えるのは俺だけだ」

「それはっ……!!!そうかもしれないけど……」


 由衣は俺の言葉に反論ができないらしい。

 そしてそのまま、ふらふらと倒れそうになる。


 …何で無理して立ったんだよ!?

 支えに行きたいがまだ回復してないのか、残念ながら俺の身体は動かない。


 だが、由衣の身体は倒れる前に止まった。


「何やってるの…」

「……ありがと…ひーちゃん」


 星鎧を消滅させていない日和が由衣を支えた。

 そして日和は由衣に代わって話を続ける。


「で、どうだったの?」

「いや、何も感じなかった。おそらく隠れて奇襲を狙ってる…ということはないだろう」


 俺のその言葉でまだ星鎧を消滅させていない4人が元の姿に戻った。


 堕ち星達は消滅したのか、死んだのか、それとも逃げたのか。

 どうなったかはわからない。

 わかっているのは、戦闘が終了したということ。そして全員帰る気満々ということ。


「じゃあとりあえずここから出ないとな」

「だな!腹減ったし!」

「じゃなくて。雨風強くなる前に出ないとここに水が入ってくるから………真聡は動けるの?」

「無理だな。先に帰ってろ」


 その言葉で5人全員が顔を見合わせてため息をつく。

 ……俺は何か間違ったことを言ったか?

 そう考えていると鈴保が再び口を開いた。


「じゃあ私と日和で由衣を、真聡は男子2人頼める?」

「そうだな。真聡の方が重症だからな」

「だな。ほら肩貸すぞ〜それなら歩けるか〜?」


 そう言いながら佑希と志郎が俺の左右から俺を支えて立たせようとする。

 支えられたら歩けないことはないが、こいつらの手を煩わせたくない。

 そう考えてる間にも俺の身体は強制的に立たされた。

 志郎は何で手慣れてるんだよ。


 俺は諦め半分だが「置いてけよ。面倒だろ」と言って抵抗を試みる。

 志郎はため息の後に答える。


「あのなぁ…言っただろ?全員で脱出するって。だから戦闘が終わったからといって真聡だけを置いていくなんて出来ねぇよ。

 ……というか疑問なんだけどよ。真聡は俺達の何が不満なんだよ」


 余計なことを言ったかもしれない。藪をつついて蛇を出すとはこのことか。

 ……いや、もう蛇はでなくて良い。勘弁してくれ。


 こいつらはお人好し過ぎる。いや、それ自体は悪いことではない。



 だがそれが、俺には辛かった。



 俺は逃げるように言葉を返す。


「……不満はない。ただ、落ち着いて今の状況について考えたかっただけだ。だが、全員で帰るんだろ。ほら、行くぞ」


 そして俺は志郎と佑希の肩から両腕を下ろして歩き出す。

 が、やはり力が入らず前に倒れそうになる。

 そんな俺を志郎が騒がしい慌てた声と共にまた支えた。


「だから!無理すんなって!俺達を頼れって!」


 今回は十分すぎるほど全員の力を借りた。全員かなり疲労しているはずだ。

 だからこれ以上は手を借りたくないのだが…まだ普通に歩けるほど回復していないのも事実だ。

 ……仕方ない。厚意に甘えるか。


「…じゃあ悪いが肩を借りるぞ」

「おう!」

「じゃあここから出よ~!……出口どっちだっけ?」

「こっち。由衣も本調子じゃないんだから無茶しない」

「はぁ~い」


 こうして、地下貯水路での戦いは幕を下ろした。



 多くの謎は残ったが。

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