第099話 怪物
時間は白上 由衣達が合流し、戦闘再開直前まで遡る。
☆☆☆
「みんな、やるぞ」
それぞれから返事が聞こえる。
そして、それを合図に戦闘が再開する。
隣にいる日和はからす座に水弾を撃ち込んで気を引く。
俺はそれを横目にへび座との距離を詰める。
そして短く言葉を紡ぐ。
「水よ、我が右腕に宿りて、堕ちた星と成りしへびの座を、流し清め給え」
拳をへび座に叩き込む。
へび座はその一撃を逸らそうとする。
しかし、逸らす前に拳が纏っている水によって押し出され、後ろへ下がった。
「……力が……出ない」
「だろうな。澱みは流したからな」
へび座の呟きにそうは返したが、俺は今の発言でようやく確信を得た。
やはり堕ち星は澱みによって成る。その力は魔力や星力よりも澱みによって変わる。
そして澱みは、火や水で清める……消すことができる。
できるならこの有利な状況のときに他の情報を聞き出したい。
そう考えて俺はへび座に言葉を投げる。
「お前、誰かの指示で動いているのか」
「別に?」
「ならば何故へびつかい座の力を喚び出せなかった?」
「僕だって知りたいよっ!」
そう言いながらへび座は自分の両手を蛇に変えて伸ばしてくる。
俺はそれを避けがら話を続ける。
「ならへびつかい座の話や生贄の話はどこから聞いた」
「ご想像にお任せするよ!」
そう言いながらへび座は両腕の蛇を俺に向けてた叩きつける。
俺はそれを後ろに飛んで避ける。
着地と同時に姿勢を下げて、両足に星力を集中させて無詠唱の身体能力向上魔術を使う。
そしてコンクリートの地面を勢いよく蹴り、両手の蛇を避けながらへび座との距離を詰める。
先程と同じ言葉を紡ぎながら。
「水よ、我が右腕に宿りて、堕ちた星と成りしへびの座を、流し清め給え」
そして一撃目と同じ攻撃を叩き込む。
しかし、結果は違った。
俺の拳はしっかりと受け止められた。
そのままへび座は問い返してくる。
「僕からも聞かせてよ。何で君は僕の邪魔をするの?僕はただ苦しんでる人を救いたいだけなのに」
「他人を襲う怪物にして、それが救いだと?」
「そうだよ。むしろ他の人を傷つける人こそ、人の皮を被った怪物だと僕は思うよ。だから僕はやられることしかできない人に、抗う力を与えてるんだよ!」
へび座の蹴りが飛んでくる。
右腕を掴まれている今、その一撃は受ける事しかできない。
衝撃耐性魔術を使って受けるも、ノーダメージな訳では無い。これ以上は貰いたくない。
そのために俺はこの状況を脱するために言葉を短く紡ぐ。
「電気よ。我が身に宿れ」
そして、俺の身体に電気が流れ始める。
その電気は俺の右腕を握っているへび座にも流れ、そして足元の水にも流れる。
感電したへび座は「めんどくさいなそれ!」と言いながら右腕を離してから、俺を思いっきり蹴り飛ばす。
俺は吹き飛ばされながらも体制を整えて着地する。
……確かに人は化け物かもしれない。
それは俺自身も中等部時代に嫌というほど味わった。
人間は己のが価値観だけで他人を選別し、気に食わない他者を平気で傷つける。
酷いやつは悦楽のためだけに他人を傷つける。
確かに、よほど怪物かもしれない。
だが、俺は知っている。
表裏なく、純粋に人を信じ、誰かをために動ける人間を。
それ故、何でも首を突っ込むので危なっかしいやつを。
それに怪物に成り、加害者に反撃する。酷い時は無関係の他人を巻き込みながら。
それでは加害者も、反撃する被害者も「己が目的のために誰かを傷つける」という意味では同じ怪物に成ってしまう。
被害者が加害者に罰を与えるなら、人間社会が決めたものの上で行われるべきだ。
人の手に余る力に頼るべきではない。
やはりこの力は、人の手から切り離さなければならない。
俺は立ち上がりながら、へび座に言葉を返す。
「確かに抗う力は必要だろう。だが、加害者と同じように誰かを傷つけることで得られる救いなど、救いとは言えないだろ」
「あっそ。まぁ元から君に理解してもらえるとは思ってないから。
僕に無いもの全てをべてを持ってて、期待だけさせて、僕を見捨てた君には!」
そう言いながらへび座は口から毒の息を吐き出す。
俺はそれを打ち消すべく、反射的に左手に杖を生成して無詠唱の風魔術で応戦する。
ぶつかる毒と風。
押されているのは俺だ。
やはり、堕ち星は怒りや憎しみの感情の高まりで強さが増すらしい。
推測が当たっているのは嬉しいが、この押し合いに負けるわけにはいかない。
俺は風魔術を維持しながら、言葉を紡ぐ。
「風よ。世界に循環を与えし風よ。今その大いなる力を分け与え給え」
杖先の魔法陣が大きくなり、先ほどよりも強い突風が吹く。
押されていた風は勢いを増し、毒の息を押し返す。
今回は力の押し合いになったから後から詠唱を重ねる隙ができて助かった。
しかし、このままでは押し合いが続く。
こいつを倒すためには俗に言う大技を決める必要があるだろう。
あの日、天秤の堕ち星を地の底に送り込んだように。
だがこの地下貯水路ではそんな危険すぎる魔術は使えない。
そのとき、足元が水浸しのことに気づいた。
……この方法なら致命傷になるだろうか?
完全にやったことはない。が、一か八かやるしかない。
俺は風魔術を止めて右方向に走り出す。
へび座は両手を蛇に変えて追いかけてくる。
避けるのは大変だが、毒の霧を止めてくれて助かる。
そして走って避けながら、短く言葉を紡ぐ。
「水よ、凍てつけ!」
へび座に向け、氷魔術を撃ちまくる。
へび座もそれを避けるが、着弾地点に小さな氷の塊が出来上がった。
そして攻撃の応酬が始まる。
俺はへび座の攻撃を避けながら氷魔術を撃つ。
へび座は俺の魔術を避けながら両手を蛇にして攻撃してくる。
両者共避けるため状況は変わらない。
しかし、周囲には氷の塊が増えつつあった。
そして、先に攻勢に入ったのは俺。
へび座が氷の塊に囲まれた場所に移動したタイミングで距離を詰める。
もちろん一直線に突っ込んでくる俺を仕留めようとへび座は両手を戻し、毒の息に切り替えた。
俺は毒の息を避けながらへび座の懐に入らなければならない。
そのため近づける距離は少しずつになるが、へび座の攻撃を斜めに前進する形で避ける。
足に星力と魔力を集中させて、無詠唱の身体能力向上魔術を使って。
そして、一撃を叩き込むために言葉を紡ぎながら。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、我が右腕に宿りて、澱みに塗れ、堕ちた星と成りしへびの座を焼き尽くす炎と成れ」
紡ぎ終わると同時にこちらの拳が届く距離に入った。
そしてへび座に燃え盛る右の拳を叩き込む。
同時に爆風が起き、へび座は後ろに勢いよく吹き飛ぶ。
氷で空気を冷やして火で空気を温め、膨張させて爆風を起こす。
どこかで聞いた話を思い出して、ぶっつけ本番でやってみたが上手くいって安心した。
ただこのやり方は時間も星力も使うのでなかなか使えないが。
そんなことを考えながら派手に吹き飛んでいったへび座を追いかける。
追いつくとそこにはへび座の他に2体の蛇の概念体とからす座の堕ち星もいた。
そしてそこから少し離れたところには5人の星座騎士がいる。
「やっぱり1人で概念体と戦うのキツイわ」
「堕ち星の方が強いんだから文句言わない」
「雑談するな。まだ終わってない」
どうやら志郎と鈴保も今、由衣達と合流したらしい。
だからと言って終わってないのに雑談をするな。
俺は「終わらせるぞ」と呼びかける。
再び、それぞれから返事が返ってくる。
そのやり取りは向こう側にも聞こえていたらしい。
「終わるのはお前達だ!からす!」
「はいはい! しぶんぎ座流星群!」
3体の巨大な蛇と流星群が襲い来る。
しかし、流星群は先の2回よりも目に見えて規模が小さい。
「そんな規模じゃもう怖くねぇよ!」
志郎がそんな啖呵を切りながら鈴保と共に3体の巨大な蛇を迎え撃つ。
……お前は流星群の処理ではないだろ。
流星群を迎え撃つのは佑希と日和。爆発するカードと水弾で流星群を打ち消す。
2人の攻撃とぶつかった流星群は次々と消滅していく。
どうやらあの流星群は澱みや魔力で作り出した物らしい。
そしてこの場の澱みが減った今、大した威力はもう出ないようだ。
今やもう俺達の方が圧倒的に優勢だった。
そのとき、隣に残った由衣が不安そうな声で話しかけてきた。
「まー君……本当にできるのかな」
「さぁな。だがやらないとわからない」
「そう……だよね」
「やるぞ。合わせろ」
この2体を本当に人間に戻せるのか。
俺だってわからない。
だから牡羊座の能力が通りやすくするために、俺エリダヌス座の力を借りた水魔術で援護する作戦を立てた。
今はとりあえずやるしかない。
俺はエリダヌス座のプレートをもう一度リードギアに入れる。
そして俺達は杖を身体の正面に構えて詠唱に入る。
「エリダヌスの座よ。神秘を宿し、宙に輝くエリダヌスの座よ。今、その大いなる神秘の力と水の力を我に分け与え給え。今、この地に蔓延する澱みを、澱みに塗れ、堕ちた星と成りしへびの座、からすの座を洗い、清め給え」
「眠れ。眠れ。苦しみも、憎しみも、恨みも、その力さえも。いつかあなたの辛い出来事が、悪い夢だったと笑える日が来るそのときまで。導け、羊の群れ!」
俺の杖の先に青い魔法陣が現れ、周囲の水が集まっていく。
その水はコンクリートの空へと昇る。
一方、由衣は詠唱が終わると杖を左手で持ち、両手を降ろす。
すると周りに20匹ほどの羊が現れた。
そして、堕ち星と概念体を目がけて大量の水が降り注ぐ。
まるで、滝の如く。
それを察知した4人の星座騎士は自分の相手の体勢を崩してから撤退する。
数秒も経たずに堕ち星と概念体は水柱の中へと消えた。
それと同時に羊の群れが水柱の中へ突っ込んでいった。
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