第097話 何も起きない

「2匹の蛇を従えて、蛇の力を使い俺自身も蛇になった!

 そしてここに、守り手の像を生贄に捧げる!

 さぁ、復活し、僕に力を貸せ!へびつかい座!!!」


 周囲の澱みが船尾の周りに集まる。そしてその船尾に3匹の巨大な蛇が絡みつく。


 辺りはより一層禍々しい空気に包まれた。


 そして…




「何も起きない…よね」

「……だな」


 日和が呟いた通り、何も起きない。

 澱みは船尾付近に集まり禍々しい空気だ。


 しかし、それだけである。

 そしてこの状況に混乱しているのは俺達だけではなかった。


「な…なんで何も起きない……何も間違ってないだろ!?」

「いやぁ……俺は最初から無理な気はしてたよ」

「そういうことは聞いてない!理由を聞いてるんだ!」

「俺に聞かれてもなぁ…」


「……何これ」

「さぁな」


 ……日和の言う通り、俺たちは何を見せられてるんだ。

 へび座は驚きのあまり、蛇の姿から蛇人間に戻っている。

 というか、船尾からそこそこ離れてる俺達にまで喧嘩してる声が聞こえる。

 いや、今は戦ってるんだぞ。隙を晒してどうする。


 今のうちに距離を詰めて攻撃するべき。

 それはわかってる。

 しかし、紛いなりにも3年間魔術師として学んだからだろうか。失敗した理由の方が気になった。

 どこで聞いた知識かは忘れたが、心当たりがあった。恐らく……


「それが船首じゃなくて船尾だからだろ」

「…は?」

「像があるのは船首だ。それに、船首像は航海の安全を祈願するもの。へびつかい座の封印に関係するものじゃないだろ。

 ……へびつかい座がどういう状況にあるか知らないがな」

「……何だよ……僕は間違ってたっていうのか?」


 ショックを受けているが、これ以上構ってる暇はない。

 俺はエリダヌス座をリードギアに差し込み、杖を生成して船尾に向けて構える。


「エリダヌスの座よ。神秘を宿し、宙に輝くエリダヌスの座よ。今、その大いなる神秘の力と水の力を我に分け与え給え。今、この地に蔓延する澱みを、この地に澱みを留め置く楔を浄化する力を我に分け与え給え!」


 俺がそう言葉を紡ぐと大量の水が杖先から一直線に放たれる。

 今まで使用した水魔術とは比にならない力、量。

 川がモチーフの星座の力とと地脈から借りている魔力、そして山羊座の力。

 その3つが合わさった水砲は船尾に直撃する。

 それを見たへび座が嘲笑うように呟く。


「どこ狙ってるんだよ」


 確かに水砲が直撃した場所はへび座とからす座がいる場所よりだいぶ下だ。

 だがこれでいい。これで作戦通りだ。

 しかし、俺が答えるよりも前に正面から、船尾の後ろから声が響いた。


「そりゃお前らじゃねぇからなぁ!」

「羊の………長!!!」


 その声と共に船尾が少しずつ浮き上がる。加えて、縮んでいる。

 船尾はだんだんと縮みながら傾く。


 2体の堕ち星と蛇の概念体は危険を感じ、船尾から離れる。

 そして船尾は最終的には俺の方に向けて吹き飛んでくる。


 飛んでくる間に船尾はどんどん小さくなって……プレートになった。

 俺はそれを左手で受け止める。


「まー君!!!やったね!!」

「作戦大成功だな!」


 船尾があったところの向こう側に、4人の星座騎士が。

 由衣、志郎、鈴保、佑希の姿があった。


 4人には河川事務所職員などが使う通路から地下貯水路に入ってこの空間近くで待機。

 そして俺がエリダヌス座のプレートをへび座から奪え次第、地面に刺さっている船尾に由衣の牡羊座の力を、2日前に生成した角が生えた羊をぶつけるように頼んでいた。


 俺は地下貯水路がいくら地脈の合流地点とはいえ、澱みの量が異常すぎるとも考えていた。

 まだ別に何かあると考えていた。

 そして、辿り着いた結論が「船尾はとも座を概念体。それを楔として澱みをこの空間に留め置いている」というものだ。


 そんな事が出来るのかという疑問はあったが、船尾はとも座のプレートになって回収できた。

 そしてこの空間の澱みの量が目に見えて減り始めているのが答えを教えてくれている。


 ……日和を始め、生物部の人達はよくこの量の澱みの空間に半日いて無事だったな。


 そして今、志郎が言った通り作戦は成功した。

 まだ第2段階だが。

 気になることはあるが、今はおいておくことにする。

 一方、へび座はようやく俺の狙いがわかったらしく、怒りの声を上げた。


「まさか山羊座……最初からこれを狙ってたのか」

「あぁ。この空間で真っ向から戦っても勝てないからな。だから、この空間のお前達が優位な状況を消させてもらった」

「……本っ当に君は、君達はいつでもそうだ。自分達の理屈を押し付けて、苦しんでる人達の声を聞かない。見て見ぬふりをする。

 …あの時から何も変わってない」

「何の話だ」

「……いいよ別に。へびつかい座の力がなくても今の僕は君より強い。ここで殺せば僕の勝ちには変わりない!からす!」

「はいはい。ま、俺だけ逃げるわけにも行かないし頑張りますか」


 2体の堕ち星と2種類のへびの概念体は戦闘態勢に入る。

 俺達6人もそれぞれ構える。


 作戦第3段階はシンプルだ。

 厄介な力は奪った。

 相手に有利な場は崩した。


 ならばすることはただ1つ。


 戦って勝つ。

 それだけだ。


「みんな、やるぞ」

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