第088話 鍛えてるんだ

 凄い衝撃音が響いた。


 その方向を見ると、真聡が壁まで吹き飛ばされて地面に落ちた。

 どう考えてもヤバい。


 それを見た由衣が真聡の名前を叫びながら走り出す。

 しかし、俺は咄嗟に由衣の肩を掴んで止める。


「なんで止めるの!?」

「……俺が行く。由衣は蟹座のプレートを回収して鈴保を助けてやってくれ」

「…………わかった。まー君をお願いします」

「おう。任せろ」


 由衣に蟹座を任せて、真聡を助けるのを託された俺は走り出す。


 俺だって由衣に行かせてやりたい。

 何なら2人で行った方が確実に助けられると思う。

 でも、ここは俺が行くべきだと思った。

 今みたいな本気の勝負って場面だと、由衣みたいな人を殴ったことが少ないやつよりも俺が、武器や能力も戦闘に特化している俺の方が良いはずだ。


 もちろん堕ち星を元の人間に戻すには由衣の力が必要だ。

 だがそれは今じゃない。

 それに羊で動きを止めれるなら、飛んで動き回る魚座を何とかできるかもしれない。そう考えた。


 へび座から毒の霧がからす座からは羽根が飛ばされて、真聡に迫っている。

 できるかわからねぇけどやるしかねぇ。


 俺はガントレットを生成して走りながら斬撃を飛ばす。

 飛んだ斬撃は毒の霧と羽根とぶつかって消滅した。

 上手くいった。


 そしてそのまま真聡の前まで走り込んで巨大蛇の尻尾を受け止める。

 結構重い。だかまずそれより、真聡に言ってやらねぇと気がすまねぇ。

 俺は真聡に向けて叫ぶ。


「1人で突っ走んなって……前も言ったよな!」


 そのまま巨大蛇をへび座とからす座の方で押し返す。

 …これでちょっとは時間が稼げるか?

 そこに真聡が話しかけてきた。


「……概念体は倒せたのか」

「蟹だけな。まぁ、由衣の助けがあったからだけどな」

「由衣……あいつ……」

「お前が死んだら元も子もねぇんだよ!理事長も全員無事で帰ってこいって言ってただろ!

 だからこうなった以上、全員で脱出するぞ」


 真聡は何も言わなかった。

 ただ、聞こえるか聞こえないかギリギリの舌打ちだけが返ってきた。

 ……何が不満なんだよ。

 反論しようとするが、今はそういう状況ではなかった。


「はいはい、そういうの良いから。ここに来た時点で全員ここで死ぬことは決まってるんだから」

「お前こそ勝手に決めてんじゃねぇよ」


 巨大蛇をどうにかした2体の堕ち星が戻ってきていた。

 確かにここは敵の本拠地かもしれねぇ。

 だけどこんなところで死んでたまるか。


 俺は自分を鼓舞しながらガントレット消滅させる。

 そして真聡に「やるぞ」と声をかけ、手を貸す。

 真聡は俺の手を借りて立ち上がる。


「……からす座頼むぞ」


 そう言い残して真聡はへび座に向かって行った。

 だから何でそう突っ走るんだよ!

 だがまぁ…俺がからす座を相手することであいつの負担を少しでも減らせるなら…………今はそれでいいか。


 自分に言い聞かせながら俺はからす座との距離を詰める。

 まずは右手で一撃打ち込む。

 しかし、余裕そうに受け止められた。

 残念ながら全然効いてなさそうだ。


「山羊座は俺の相手を君にさせたいらしいけど…君じゃあ役不足じゃない?前に戦ったときと大差ないよ?」

「やくぶそく…?……何か知らねぇけど、前の俺じゃねぇからな!」

「馬鹿の見栄張り程見苦しいものはないぞ〜」


 そう言いながら、からす座は俺の腕を掴んだまま蹴りを入れてくる。何度も繰り返し。

 俺は胸と腹に星力を集めて受ける。

 だけどこれでダメージがなくなるわけじゃねぇ。早く抜け出さねぇと。


 俺はガントレットを左手だけ再生成する。

 そしてそのまま斜め上に斬り上げる!

 それを受けたからす座は俺の手を離して距離を取った。


 言葉の意味はよくわからねぇ。

 でも馬鹿にされてるのだけはわかった。

 めっちゃ煽られてる。


 からす座はすぐに距離を詰めなおしてきて、俺に蹴りを入れてくる。

 俺はそれを避けて蹴り返す。

 しかし、避けられた。

 そこから拳と蹴りのやり合いなった。


 俺は真聡程は強くねぇ。頭も良くねぇ。

 でもずっと、ざっくりとだけど誰かを助けれる人になりたいって思ってた。

 そして俺はあいつの戦う姿を見て、自分もあいつみたいに人を襲う怪物から誰かを助けたいって思ったんだ。

 俺のやりたいことがしっかりと見えたのはあいつのお陰だ。


 重い蹴りが飛んできた。

 受けれはしたが、重すぎて俺は後ろに下がる。

 からす座と少し距離が空いた。


 真聡とへび座の戦いが見える。

 巨大蛇を上手く避けながら、へび座と殴り合ってる。


 そうだ。

 俺は自分を後回しにして誰かと戦う、あいつの力になりたい。

 あいつが1人で、突っ走らないで良いように。

 ……俺だって、鍛えてるんだ。前の俺とは違う。


 からす座が飛んで俺に突っ込んでくる。

 俺はそれを受け止めて、投げる!

 そして星力を集中させた右の拳を叩き込む!

 からす座は投げられたのと拳の勢いで吹っ飛んで、地面に倒れる。


「なるほどね……確かに少しは強くなってるみたいだね。だったら!」


 そう言いながらからす座は立ち上がったかと思ったら、そのまま飛び上がった。

 そして空中から羽を飛ばしてくる。

 右手にもガントレットを生成して、羽根を弾き返す。

 だけどこのままだと俺の攻撃が届かねぇんだよな…

 俺はダメ元でからす座に向かって叫ぶ。


「おい!降りてこい!」

「やだね。それに、自分の有利な方法で戦うのは基本だろ?」


 確かにそれはそうだ。

 だからといってこのままは良くねぇ。

 そう考えている間にもからす座は羽根を飛ばし、俺に突撃を仕掛けてくる。


 弾いて避ける。

 この状況をどうする。

 そのとき、思い出したのはさっきの鈴保の行動。

 壁を蹴って、飛び回る魚座との距離を詰めてた。

 ……それだ。

 でもそれだけだとからす座には逃げられる。

 絶対避けられない状況にしねぇと駄目だ。


 からす座はまだ羽根を飛ばしてくる。

 それを斬撃で迎え撃って俺はからす座にまた言葉を投げる。


「こんな攻撃なんともねぇぞ!俺達を殺すんじゃなかったのか!」

「へぇ〜大口叩くね。じゃあお望み通りにしてあげるよ」


 そう言い切ったからす座はまず俺に向けて羽を飛ばす。

 俺はそれを迎え撃つんじゃなくて、避ける。

 というか逃げる。


 逃げる先は柱の近く。

 からす座は羽を飛ばしながら追いかけてくる。


「何か作戦でもあるかと思ったのに逃げるだけか。やっぱり君、馬鹿だな」

「うるせぇよ!」


 からす座との距離は変わってない。

 羽根飛ばしながらの癖に速いな…

 そしてまた羽根を飛ばしてくる。

 俺は斬撃を飛ばして撃ち落とす。


 しかし、さっきの場所にからす座がいない。

 次の瞬間、真上から「俺の勝ちだ」と聞こえた。


 見上げるとそこにはからす座がいた。

 そのまま上からかかと落としを決めるつもりらしい。

 だが!


「誘ったんだよ!」


 俺はそう叫びながら、近くの柱に向けて飛ぶ。

 そして柱を蹴ってさらに飛ぶ!

 からす座の上を取った俺はそのままからす座に向けて落下する。

 その落下の勢いも合わせた拳を打ち込む!


 残念ながらからす座にはぎりぎり避けられた。

 だけど、かすりはした。

 もう少し上手くやってちゃんと当たってれば、決め手になっていた自身があったんだけどな。


 そんな悔しい思いをしながら、地面に突き刺さったガントレットを引き抜く。

 からす座は少し離れたところから俺の次の動きを見ている。

 よく見ると、右の羽…手?を庇っている。

 やっぱりもう少し上手くあたってればなぁ…。


 さて、今のはもう使えないだろうし、次はどうするか。

 そう考えていると、からす座が口を開いた。


「確かにあの時よりは強くなってるね。だったら俺も奥の手を出すか」


 …奥の手?まだなんか隠してんのかよこいつ。

 そう考えているとからす座はどこからかプレートを取り出した。

 何をする気かわからねぇ。

 だから俺はとりあえずからす座からは目を離さず構える。

 避けるなり、迎え撃つなりできるように。


 しかし、それは全く意味が無かった。


「しぶんぎ座流星群」


 からす座がそう告げると、プレートが光った。

 その直後、何かが降ってくる音がした。

 俺が何が起きているか認識するより前に、地下貯水路は轟音とともに煙に包まれた。

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