第091話 私よりも

「……山羊座も、射手座も本当に邪魔だと思ってる。

 でもその2人以外は別に邪魔にもならないと思ってた。だけど、どうやら甘く見てた。牡羊座。君も邪魔だ。

 ……もういい。全員ここで殺す」


 由衣が私の目の前で制服姿で膝をついてる。

 私なんかを守ってたばっかりに。


 結局助けに来てくれた人、全員やられてしまった。


 やっぱりここで死ぬんだ、私。


「エリダヌス座」


 蛇の怪物の周りから黒く濁った水が周りに流れ出す。


 佑希の、真聡の、由衣の迷惑になりたくなくて、距離を置いたのに。


 結局、私なんかのために3人共やられてしまった。


 ……私にも力があったら良かったのかもしれない。


 その考えも、私の意識も。


 数十秒後に来た黒い濁流に押し流されていった。


 その濁流の中で私は左手が燃えるように熱いのを感じた。


☆☆☆


 私は小さい頃、自分を表現するのが苦手だった。

 いや今も苦手だけど。

 だから幼稚園の頃はほとんど1人で遊んでた。


 そんな私に声をかけてくれた女の子がいた。

 あれは小学校1年生1学期のある日。


「家近いし、これから毎日一緒に学校行こうよ!」


 そう言ってくれたのがとても嬉しかった。


 でも、その子には既に一緒に学校に行く友達もいた。


 だから疑問に思った私はその子に聞いた。

 「どうして仲間に入れてくれるの?」って。


「だっていつも1人で寂しそうだから。だから、ーーちゃんがいいなら、ずっっっと友達でいようよ!」


 それからは、その子がいるグループに入れてもらった。

 その子の名前は……


☆☆☆


 頭が重たい。


 記憶もぐちゃぐちゃ。


 そして身体が痛い。


 左手が少し熱い。


 ここはどこ?


 何があったの?


 考えてもわからない。


 ただ、声が聞こえる。


「……ちゃん!!…ーちゃん!!ひーちゃん!!!」


 この呼び方をするのは由衣しかいない。

 そう思いながら目を開けると、目の前に由衣がいた。

 何箇所か傷の手当が既にされてる。 


 そっか、怪物に襲われて地下貯水路に逃げ込んだ。

 そして出られなくなってたら由衣達が助けに来てくれた。

 そのまま怪物と由衣達が戦いになって……黒い濁流に飲み込まれた。


 あと、大きな魚の中にいる記憶。


 色々と思い出してる私に由衣が呼びかけ続けてる。


「ひーちゃん…?私の声聞こえる?わかる?」

「わかる。……ありがと」

「良かった〜〜!!」


 そう叫びながら由衣は私に抱きついてくる。

 ……流石に気を失ってた直後に抱きつかれるのはしんどい。


「……流石にどいて欲しい」

「あっ…ごめん」

「……みんなは?」

「生物部の先輩と大捕先生は無事だよ」


 私は起き上がって周りを確認する。


 私が寝ていたのは川沿いの道に設置された救護テントの下だった。

 すぐ近くには先輩たちや大捕先生がいる。

 私が1番気がつくのが遅かったらしい。


 少し遠くを見ると救急車やパトカーが見える。

 ……かなりおおごとになってたんだ。

 でもここは地下貯水路の外。


 助かったんだ、私。


 今になってやっと助かったという実感が湧いてきた。

 でもその実感は突然響く大声でかき消された。


「おい由衣!大変だぞ!真聡がどこにもいねぇ!」

「嘘!?まー君!?」


 佑希じゃない別の星芒高校の制服を着た男子がそう言った。

 確か……平原君だっけ。

 1学期の頃、屋上に真聡を探しに来たのが平原君だったはず。

 あと夏祭りでも会ったはず。


 それを聞いた由衣は慌てて救護テントを飛び出していった。

 平原君も由衣を追いかけて出ていった。


 行ってしまった由衣と交代で先輩や大捕先生、救急隊の人が話しかけてくる。

 返事はするけど私はずっと上の空だった。

 目線は由衣を追って、頭の中はずっと由衣について考えていた。


 由衣はそのまま川の柵まで走っていき、身を乗り出す勢いで川を覗く。

 そして真聡の名前を呼びながら川沿いに走っていった。


 由衣が私の前に立って、怪物から守ってくれた。

 「大事な友達に触るな」って叫びながら必死に守ってくれたのがやっぱり嬉しかった。


 でもやっぱり、由衣にとって1番の大切なのは真聡なんだ。


 ずっと一緒にいたのは私なのに。


 私よりも、真聡なんだ。


 そんな現実を突きつけられたようで心が痛かった。


 そのとき、何かが川の中から飛び出す音がした。


 その直後、水飛沫が上がると共に上半身が山羊、下半身が魚の生き物が宙を舞った。

 その生き物は空中で全身が紺と黒の鎧の人型に変わった。

 そして着地と同時にその鎧が消え、陰星 真聡が現れた。


 「まー君!!!良かった〜〜!!!心配したんだから!!!」と叫びながら由衣が戻ってくる。


 私は真聡が4月に戻ってきてから由衣が取られた気がしていた。

 中学3年間、少し様子が変だった由衣と一緒にいたのは私なのに。

 そんな黒い濁った感情が心の中にずっとあった。


 でも真聡も幼馴染で友達であるのも事実。

 やっぱり心配である。

 私は重たい身体を引きずるように、真聡のところへ向かう。

 周りの人の止める言葉も聞かずに。


「ほんともう駄目かと思ったんだから!!!」

「やめろ、揺らすな」


 真聡がそう言いながら肩を掴んでる由衣の手を離される。

 一応、今は雨は降ってない。

 でも地面は濡れてる。

 それでも真聡は地面に直接座って川の柵にもたれてる。

 ……全身びしょ濡れだし。

 本人は気にしてないみたいだけど。

 でも顔色はとても悪い。

 …さっきの戦いの影響でもう一歩も動けないのかな。


「というかさっきの……何?完全に動物の形だったよね?」

「頭が山羊で下半身が魚。……星座の山羊座の姿だよな、あれ。お前そんな事出来たのか」

「……山羊座の本来の能力はいつも使ってる術じゃない。変身術だ。

 普段使わないのは俺が使いたくないのと、人間の身体を組み替えるのが大変だからだ。本当は今だって使いたくなかったが死ぬ訳にもいかないから使っただけだ」

「……そんなやつ使って俺達を助けてくれたんだな。ありがとな」

「……いや、お前らを助けたのは俺じゃないぞ。というか全員無事なのか」

「あぁ、生物部の人達も俺達も全員無事だ。ちなみにお前が最後だぞ」

「……じゃあ、あの巨大な半透明の魚は誰が出した」


 真聡のその言葉で場は静まり返った。

 ……あの魚は夢じゃなかったんだ。

 でも私には何も無い、何もわからない。

 うっすらと記憶があるだけ。


 そして怪物と戦ってる人達も誰もわからないらしい。

 特別な力があってもあの濁流に呑まれたら意識を失うんだ。

 私はそう思った。

 答えが出ないと思ったらしい真聡は金髪混じりの女子に質問する。


「……鈴保、魚座の概念体らしきやつはどうなった」

「倒したよ。プレートも私が持ってる」

「何で由衣が返事をするんだ……というかお前なぁ」

「まぁまぁ、由衣が来てくれたから蟹座倒してお前を助けに行けたんだから」

「そうね。私も由衣のお陰で魚座が倒せたから」


 怒ってる真聡から由衣を平原君とすずほと呼ばれた金髪混じりの女子生徒が庇った。

 それに対して真聡はため息をついて追及を止めた。

 一方、肝心の由衣は褒められたと思って照れてる。

 ……まぁ褒められてはいるのかな。


「で、プレートは」

「それが……1つしかなくて………たぶん無くしました!!

!本当にごめんなさい!!!」


 由衣のその一言で私と由衣以外の4人が驚きの声を上げた。

 由衣は見たことない勢いで頭を下げてる。


 そんな由衣に真聡は「とりあえず残ってる方のプレート渡せ」と言った。

 由衣は頭を下げたまま渡す。

 ……器用。


「確かに蟹座だな。スカートのポケットに入れてたのか……あと頭上げろ」

「そこしか入れるとこなかったから……流されたときに落としたのかな……」


 由衣が頭を上げながら答える。

 真聡は口を開かない。

 たぶん考え事をしてるんだと思う。


 そのとき自分の左手の甲が目に入った。

 明らかにいつもと違う。

 私は思わず驚いて声を上げた。

 その声を聞いた5人が私の方を見る。


 由衣が「ひーちゃん?どうしたの?」と声をかけてくる。

 私は「これ……」と言いながら由衣に左手の甲を見せる。


「え!?これって!?」

「何だ。というか日和、大丈夫なの……マジか」


 私が心配なのか真聡が立ち上がって、近づいてきた。

 そして左手の甲を見て、言葉を失った。

 佑希も心配してくれたらしく、近づいてきた。

 真聡と同じように左手の甲を見て言葉を失った。


「何だ何だ?何があった?」

「ちょっと、見えないし。説明してくれないとわからないんだけど」



「……水崎 日和は魚座に選ばれた」

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