第086話 巨大な蛇

 生物部の人達の話ではこの地下貯水路には蛇人間と巨大な蛇、2種類の怪物がいるらしい。

 恐らく蛇人間はへび座の堕ち星だろう。

 ならば巨大蛇は概念体だろうか。


 しかし、数日前に射守 聖也を助けたとき。へび座も巨大蛇に成っていた。

 そうなるとこの水路にいるのはへび座の堕ち星だけと考えて良いのか。


 しかし、俺が今相対してる相手。

 時間稼ぎに生成した土壁に体当たりをしているのは本当にへび座か?

 へび座の堕ち星なら俺に話しかけてきそうだが。


 そう考えていると、土壁が崩れ始めている。

 崩れた土壁の隙間からは蛇の顔が見えた。

 このままではマズい。


 俺はプレートを生成して、いつもの手順で星鎧を生成する。


 さて、どう動くか。

 顔であの大きさだとかなり巨大だ。この狭さでどう戦うか。

 できるなら奥に押し込みながら戦いたい。


 そう考えていた時間が命取りだった。


 巨大蛇はまだ半分ほどあった土壁を突き破って俺に噛みついてくる。

 そして俺の身体は地面から離れる。

 

 巨大蛇は俺を咥えたまま前進を始めた。

 もしかしてこいつ、俺を咥えたまま由衣達を追うつもりか?

 ならば早く脱出して足止めしなければ。


 ……いや、俺が脱出に失敗した場合が恐ろしい。

 俺が何もできないまま全員がやられる……想像したくない。

 ならば先に由衣達を遠くに行かせるか。あまりやりたくはないが。

 俺は巨大な蛇に加えられながらも杖を生成して、言葉を紡ぐ。


「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みや堕ち星から逃げ惑いし人々を遠くへ導き給え!」


 杖先から水が溢れ、地下貯水路を埋め尽くす。

 ……日和を始めとした生物部の人達には本当に悪いが今はこれしか思いつかなかった。本当に申し訳ないと思っている。

 由衣と佑希は防水魔術を使っているから大丈夫だろう。

 生物部の人達は……2人になんとかしてもらうしかない。

 そう思う俺を咥えて巨大な蛇は前進を続ける。

 次に短く言葉を紡ぐ。


「電流よ、我が全身を駆け巡れ」


 すると言葉の通り、俺の身体中に電気が走る。

 当然、俺を咥えている巨大な蛇も感電する。


 蛇は俺に電流魔術を使うのを止めさせようと俺を壁にぶつける。

 俺はぶつかる前に何とか無詠唱だが耐衝撃魔術を使用できた。

 電流魔術は維持できている。


 すると巨大蛇は電流魔術を止めない俺を何とかしようと俺を壁にぶつけまくる。

 ……痛めつけられながら2つ同時に使い続けるのはキツイんだが。

 あと耐衝撃魔術を使ってはいるが痛みは感じる。


 何度かぶつけられた後、突然俺の身体は宙を舞った。

 どうやら痺れを切らしたのか俺を投げたらしい。

 何度か地面とぶつかりながらも体勢を整えながら距離を取る。

 狭い水路は戦いづらい。


 すると少し、いやかなり広い空間に出た。

 ここなら広くて戦いやすい。

 何やら戦闘している音も聞こえる。

 巨大蛇との距離はまだある。

 俺は出てきた通路から意識を逸らさずに周囲を確認する。


 天井が高く、柱が沢山ある。

 ……だいぶ奥まで来たのかもしれない。

 右には由衣達が見える。

 どうやら全員無事のようだ。


 そして左には橙の鎧と深紅の鎧の星座騎士。

 志郎と鈴保だ。

 戦っているのは……尻尾が繋がれた2匹の巨大な魚と巨大な蟹。

 ……魚座と蟹座の概念体か?

 これもとてもマズいな。


 あちらもなんとかしたいが……最優先は生物部5人の避難だ。

 増援は送れない。

 そして巨大な蛇が通路から姿を現す。

 由衣と佑希に指示を出そうと声を出したそのとき。


「はい、そこまで」


 何者かの声が地下貯水路に響く。

 俺はその声がする後ろを向く。


 するとそこにはへび座の堕ち星とからす座の堕ち星がいた。

 へび座がここにいるとは思っていたが、からす座までいるとは…………となるとやはりさっきの巨大蛇は別の星座概念体か?


 そして2体の堕ち星の奥には何やら船の後ろの部分のようなものが見える。

 その船尾のようなものを中心に澱みが渦巻いている。

 ……あれなんだよ。

 状況確認をしてるいとへび座が話し始めた。


「本っ当に君達って僕の邪魔をしてくれるよね。まぁでも、僕の計画はほぼ最終段階だ。それにここは澱みで満ちている。だから、君達に勝ち目はないよ」


 確かにここは他の通路よりもかなり澱みが濃い。

 俺達は星鎧があるから大丈夫だ。

 しかし、慣れてない上に生身の日和達が心配だ。

 ……つまり確実に倒すために誘い込まれたということか。

 とにかく、状況は変わった。

 俺は急いで指示を出す。


「由衣はそのまま避難誘導、佑希はこの蛇、志郎と鈴保はそのまま概念体の相手!」


 そう言い切ると俺は2体の堕ち星に向かって走り出す。

 そして言葉を紡ぎながらへび座に殴りかかる。


「火よ、我が右腕に宿りて澱みを焼き尽くせ!」


 右腕は空気中を漂っている澱みも焼きながらへび座に命中する。

 しかし、その拳はいとも容易く受け止められた。


「その程度だと僕は倒せないよ」

「倒すだけが勝ち負けじゃない」


 そう反論しながら俺は連撃を叩き込む。

 実際、俺の目的は時間を稼ぐことだ。

 その間に由衣に日和達を連れて逃げてもらう。

 ……しっかりと伝わってるか不安になってきた。


 そんな事を考えながらの攻撃は全て受けられている。手応えがない。

 埒が明かないと考えた俺は別の手段を使うべく、言葉を短く紡ぐ。


「水よ、我が右腕に宿りて澱みを流し清めよ!」


 水を纏った拳はへび座に命中する。

 へび座は受け止めるが、衝撃は抑えきれずに後ろへ下がる。

 攻撃ではなく押し出すことに重点を変えた。


 するとへび座は考え通りに、衝撃を受けきれていない。

 ならば、このまま奥へ押し込み、由衣達から遠ざける。

 空いた距離を詰めようとしたとき、殺気を感じた。

 俺は咄嗟にその場から離れる。


「あのさぁ、俺もいるんだよね。忘れないでくれる?」


 からす座はそう言うと今度は羽を飛ばしてくる。

 突撃と羽飛ばし…この攻撃を避けながらへび座と戦うのは現実的ではない。

 ……あまり使いたくないが、やるしかない。

 まずはいつの間にか手元から消えていた杖を再生成し、言葉を紡ぐ。


「我に分け与えられし星力よ。集い集いて弾と成れ。澱みに塗れ、堕ちた星と成りしからすの座を逃さぬ光と成れ!」


 すると10本程の光が現れ、からす座向かって飛んでいく。まるでレーザービームのようだ。

 次に持ってきていたわし座のプレートを取り出す。

 そしてギアの右側に装着されているリードギアに差し込み、リードギアを起動させる。


 するとリードギアにわし座が浮かび、星力が溢れてくるのを感じる。

 その星力は背中に集まり、羽と成った。


 俺は地面を蹴り、羽ばたく。

 ただ、リードギアで使用する星座の力は長くは使えない。

 だから一気にからす座を地面に落とす。


 俺は星力レーザーから逃げ飛んでいるからす座の死角まで移動し、眼の前を上昇する。

 からす座は俺が空を飛べるなど予想をしていなかったようだ。

 目の前を俺が通過した驚きと回避で速度を下げる。


 そうなれば当然、からす座は星力レーザーに被弾する。

 からす座は被弾によるダメージで落下する。

 俺はそれを待っていた。

 からす座の真上にいる俺はそのまま落下する。

 言葉を紡ぎながら。


「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今我が足に宿りて、澱みに塗れ堕ちた星となりしからす座を浄化する炎となり給え!」


 炎を纏った足で俺はからす座に落下蹴りを叩き込む。



 しかし、その一撃がからす座に届く直前。

 俺の身体は何かに吹き飛ばされ壁に激突し、地に落ちる。


「今度は僕が忘れられる番か。そんなんだと僕が殺す前に死んじゃうよ?」


 へび座の方を見ると、もう1匹巨大な蛇がいた。

 そしてからす座は既に体勢を立て直して、へび座の近くにいる。

 またやってしまった。

 やはり、1人で2体の堕ち星の相手は無理か。


 堕ち星達はゆっくりと距離を詰めてくる。

 一応、壁に激突する前に無詠唱の耐衝撃魔術を使用はできた。

 そのため、わし座の羽は消滅したが星鎧が消滅しなかった。


 しかし、ダメージはあるため立て直すには時間がかかる。

 俺は時間を稼ぐためにへび座に問いかける。


「その蛇、2体いたんだな」

「まぁね。山羊座も別の星座が使えること隠してたでしょ。それと同じ。奥の手は隠しておくものだろ?」

「何座だ」

「……まぁ、冥土の土産に教えてあげるよ。君を最初に襲ったのがみずへび座。今、君を尻尾で吹き飛ばしたのがうみへび座」


 ……なるほどな。

 みずへび座とうみへび座は両方水蛇がモチーフの星座だ。

 だがうみへび座はプトレマイオスの48星座に入っていて、ギリシャ神話に起源を持つ。

 ……強い方を隠してたってことか。


「さて、じゃあ無駄話も済んだことだし。死んでもらうよ」


 へび座とからす座とうみへび座が攻撃態勢に入る。

 残念ながら時間は稼ぎきれなかった。

 俺はようやく立ち上がれたが、ここから離脱するには少しだけ時間が足りない。


 へび座から毒の息が、からす座からは大量の羽が飛んでくる。

 うみへび座の尻尾も迫っている


 ……またやってしまった。




 そのとき、6本の斬撃が毒の息と大量の羽を消し飛ばした。

 そして目の前に割り込んできた橙の鎧の星座騎士がうみへび座の尻尾を受け止めた。


「1人で突っ走んなって、前も言ったよな!」

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