第085話 無事で良かった
ぴちょん…ぴちょん…という水の音だけが静かな地下貯水路の中に響く。
あれから何時間経ったのか、今が夜なのか朝なのか昼なのかすらわからない。
私、水崎 日和は怪物に襲われた。
放課後、住宅街を流れる川で生き物の調査をしていた生物部の先輩と顧問の先生と一緒に。
川からは簡単に上がれなかったから、とっさに近くにあった水路にみんなで逃げ込んだ。
怪物はその水路の中まで追いかけてきた。一応逃げ切れたけど、そのときにはもう出口はわからなくなっていた。
スマホで助けを呼ぼうと思ったけど、何故かスマホ圏外で外部に連絡ができない。
……ここは地下だけどそんな簡単に圏外になるのかな。
その後は見つかって、追われて、逃げ切っての繰り返し。
そして今は一本の水路の真ん中に5人で固まって座っている。
ジャージ姿で水辺にずっといるから寒い。
生物部の先輩達はもう限界そう。顧問の
でも口には出してないだけできっと限界だと思う。
誰も喋らない。
地下貯水路に響くのは水の音だけ。
のはずだった。
遠くから足音が聞こえる。それに人の声も聞こえる。
でも人の言葉で話す怪物もいた。
怪物は2種類。地下貯水路に逃げ込む原因となった蛇人間と逃げ込んでから見つかった大きな蛇。
蛇人間は言葉を話していた。
足音がするってことはきっと蛇人間が近くにいる。
私達は出来るだけ音を立てずに立ち上がって逃げる準備をする。
足音がだんだん近づいてくる。
急いで逃げ始める。
そのとき、足音の主が聞き慣れた声であることに気づいた。
「ひーーちゃーーん!!いるなら返事してーー!!」
この呼び方は由衣。由衣が来ている。
私の中で驚きと嬉しさと劣等感が渦巻く。
思わず足が止まる。
そんな私を見て生物部の人達が戻ってくる。
そして大捕先生が話しかけてきた。
「もしかして水崎さん呼ばれてる?」
「でも先生、怪物は言葉を話せるんですよ。きっと私達を騙そうとしてるんです。ほら水崎さん、行こう」
先輩の1人が私の手を掴んで、奥へ行こうとする。
先輩の言う通り怪物かもしれない。でもこの声は、呼び方は確かに由衣。
迷った私は動けなかった。
そうしていると私達は突然照らされる。
眩しくて何も見えない。
手で光を遮りながら何とか誰が照らしているのか見ようとする。
しかし、誰かを確認するよりも早く足音が近づいてきて私の手を掴んだ。
「ひーちゃん?本当にひーちゃんだよね?」
手を握った相手の顔がようやく見えた。
やっぱり由衣だった。
つまりは助かったって考えて良いと思う。
私は少し安堵感に包まれながら「うん。……一応聞くけど本物の白上 由衣だよね?」と返す。
すると由衣は握った私の手を激しく振りながら答える。
「いや、私に偽物なんているわけないじゃん!」
「……それもそうね」
「でも本当に無事で良かった〜〜!!心配したんだから!!」
そう言いながら由衣は抱きついてくる。
やめて欲しい。他に人もいるし。
無理矢理押し返そうと思ったとき、さらに声が聞こえてきた。
「生物部の5人、全員いますか」
「あなた達は…」
「あぁ〜〜…生物の大捕先生ですよね。俺達、先生の高校の生徒です。訳あって助けに来ました。……それと由衣、日和から離れてやれ。嫌そうだぞ」
「あっ…ごめんひーちゃん」
佑希の指摘でようやく私は解放された。
というか真聡も佑希も…3人とも助けに来てくれたんだ。
嬉しくないわけじゃない。助かって良かったとは思う。
でも、私の心にはまだ劣等感と自己嫌悪が渦巻いていた。
私は、3人から離れようとしたのに。
私が悩んでいる間にも話は進んでいる。
「とりあえずここを出ましょう。出口はわかりますので」
「それと…これを」
真聡はそう言ってスポーツドリンクを人数分出してくれた。
……これ、1番脱水に効くとかいうやつだよね。
そんな事を考えながら受け取ってすぐに飲む。
すると喉の渇きが少し治まり、頭もだいぶ回るようになった気がした。
真聡達の会話が聞こえるので聞いてみる。
「それと由衣、智陽に連絡を入れてくれ」
「わかった。…………あれ?」
「どうした」
「……圏外なんだけど」
由衣のその言葉に真聡は疑いの返事をしながら自分のスマホを取り出す。
やっぱり圏外らしい。
それを確認した真聡は「本当にマズいかもな」と呟く。
……ホラー映画とかでよくある展開だよね。
真聡の言葉は続く。
「…早く出ましょう。俺が先頭を歩きます。由衣と佑希は後ろを頼む」
その言葉に由衣と佑希はそれぞれ返事をして、私達の後ろに回る。
そして真聡を先頭に歩き始める。
私は1番最後に歩き始めた。
なので当然後ろに来た由衣が話しかけてくる。
「ひーちゃん怪我とかしてない?……怖かったよね……でももう大丈夫だから!」
きっと由衣なりに気を使って私を元気付けようと考えてるんだと思う。
…………やめて欲しい。
私は3人と一緒に居たくない。
いや、居れない。
だから私はもう3人と縁を切ろうと思った。
友達を辞めようと思った。
あの頃の関係を終わらせたかった。
それなのに、由衣達に助けてもらうことになった。
凄く嫌だった。
そんな目に合うのが。
…でも、3人が助けに来てくれたことがとても嬉しいと思う自分がいた。
由衣は私がそんな矛盾する気持ちを抱えているとは知らずに話しかけてくる。
無視するわけにもいかないので、私はそれとなく返事をする。
何を言ってるか、頭に入ってこないまま。
するといきなり手を掴まれて、私は前に進めなくなる。
振り返ると由衣が私の手を掴んで「ひーちゃん?大丈夫?」と聞いてくる。
「何が」
「だって……さっきから返事が適当…だよ」
ちゃんと聞いていないことがバレていた。
だけど、考えてることを全部言うなんて出来ない。
絶対由衣は私の考えを否定してくる。
でもそれが嫌。
だから私は嘘をついた。
「……ごめん。頭が回ってなくて。」
「……そうだよね。半日ずっとこんなところにいて何も食べてないもんね。……私こそごめん」
「いいよ。別に。」
「でももうすぐ出れるから。もう少しだから!」
そう言って由衣は歩き出す。
会話はない。
でも手は握られたままだった。
いっそのこと、この手も離して欲しかった。
そのまましばらく何度か曲がりながら歩き続ける。
すると突然、前が詰まった。
先頭の真聡が「何か来てる」と言った。
私も耳を澄ましてみる。
聞こえたのは何かが這いずる音。遠くて小さくて反響して聞こえづらいけど。
……真聡はよく聞こえたね。
生物部の先輩達は「また蛇の怪物が来る」と怯え始める。大捕先生は落ち着くように言ってる。
「……前からだな。由衣、佑希。みんなを頼む」
「まー君は!?」
「ここで音の主を食い止める。お前らは先に脱出しろ」
「でも!!」
「……わかった。由衣、行くぞ」
「ゆー君!?」
佑希は元来た道を戻り始める。
先輩達や先生もそれに続く。
私と由衣が残った。
真聡はしゃがんで左手を地面について何か呟いている。
……私は、もう怪物に関わりたくない。
怪物と戦える3人にも。
私は何も言わずに先に行ったみんなを追いかける。
由衣もその私の後ろを何も言わずについてくる。
ところで来た道を戻ったら出れないよね。
そう思ったとき、後ろで何かが砕ける音がした。
嫌な予感がして振り向く。
目の前には既に水が迫っていた。
私は何もできずに水に飲み込まれた。
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