第082話 地下貯水路

 雨が降る中、俺達は住宅街の中を流れる川沿いに到着した。

 川は住宅地より低い場所を流れている。そして柵も整備されているために容易には降りれない。

 そして付近にはパトカーが何台か止まっていて、川の中には防水対策をした警察官が捜査をしている。

 異様な空気だ。

 まぁ、制服を着た高校生がこんな午前中に6人も集団で歩いてるのも異様だが。


 ちなみに俺は防水魔術を使えば傘がなくても雨に濡れない。

 そのため、身体能力向上などを組み合わせて先に行こうとしたら由衣に怒られた。

 …なんでだよ。


 しばらく川沿いに歩いていると、ようやく見覚えのある警察官を見つけた。


「丸岡刑事、お待たせしました」

「おぉ陰星、悪いな。授業を抜けてきてもらって」

「いえ、問題有りません」

「よしさっそく本題に入るか。

 行方不明になっているのは君達の学校の星芒高校生物部所属の生徒4人と顧問の教員1人。

 学校への届け出には文化祭の展示に向けて、この川のここ付近で生き物の生息調査をするとなっていた。そして行方不明になった。

 しかし、何も手がかりがなくてな…。付近の防犯カメラにも何も映ってない。だから怪物が絡んでる可能性があると判断されて俺達、超常事件捜査班と」

「俺が呼ばれたってわけですね」

「そうだ」


 なるほどな。だから俺が呼び出されたわけか。

 話を聞いた感じではまだ何とも言えない。とりあえず川を見て回るか。

 仲間達はまだ色々と話しているが、俺は朝から感じていた頭痛や不快感が学校を出てからまた感じるようになった。

 この状態で不必要な考え事を増やしたくない。そう考えた俺は逃げるように丸岡刑事に許可を取って、川を覗き込みながら歩き出す。

 それを追うように仲間達もそれぞれ別れて川を覗き始める。


 どうやら志郎と鈴保と智陽は反対側に、そして由衣と佑希は俺と同じ方向になったらしい。

 佑希は反対側を由衣は俺の後ろを黙ってついてくる。が、俺は気にせず確認を続ける。


 数分程覗きながら歩いただろうか。川の中に奇妙なものを見つけた。

 ちょうど反対側の岸壁の一部が黒い靄に包まれている。明らかにおかしい。

 俺は由衣に声をかけて、俺が見えるものが見えるか聞いた。


「見え………え何あれ?」

「やはりお前には見えるんだな」


 反対側にいる佑希も俺達のやり取りを見て確認したらしく驚いている。

 どうやら佑希も見えるらしい。

 そして佑希はこっちに合流しようと橋に向けて歩き出す。

 それを見て由衣が叫んだ。


「ゆーく〜〜ん!!!ついでに皆を呼んできて〜〜!!!」

「丸岡刑事も呼んできてくれ」


 俺も由衣程ではないが声を張り上げて頼む。

 佑希は来た道を戻っていった。


 その数分後、4人高校生と2人の刑事がやってきた。

 俺は丸岡刑事に聞く。


「丸岡刑事、あそこ何が見えますか?」

「……何も見えないが」

「そうだぞ学生!何もないぞ!警察をおちょくるのも大概にしろ!」

「末松!」


 …久々に末松刑事に文句を言われた気がする。いや、そんなことはどうでもいい。

 川を覗くと捜査している警察官も俺が指さした場所を見て首を傾げている。

 やはり普通の人間である警察官には見えないらしい。


 となるとまずは…あそこの靄を晴らす必要がある。

 そう考えた俺は下にいる警察官に「飛び降りるので離れてください」と呼びかける。


 警察官が困惑しながらも移動している間に俺は言葉を紡ぐ。


「我、一切水を受け付けぬ者也」


 そして1番近くにいた由衣に傘を預けて、柵を跨いで川に飛び降りる。

 着地と共に水飛沫が上がる。


 朝から降っている雨の影響で水かさはいつもより少し多く、靴が半分ほど浸かっている。

 だが防水魔術を使用しているため俺の足元は水に濡れないし、落ちてくる水飛沫でも濡れない。


 原理としては魔力、俺の場合は星力で身体に薄い膜を張って水を跳ね返している。かなり便利な魔術だ。


 着地した場所は例の黒い靄の眼の前。この靄は十中八九澱みだろう。

 とりあえず………流すか。天気は雨で場所は川。周りには多量の水。周りの水を使えば星力が節約できるだろう。

 俺は警察官が離れていることを確認してから左手を靄に向けて伸ばす。そして言葉を紡ぐ。


「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、眼の前に溜まる澱みを流し清め給え」


 すると足元の川の水と雨が俺の左掌に集まる。

 そして集まった水を黒い靄目がけて放つ。


 十数秒後、一旦中断して魔術を止めて左手を下ろす。

 その理由はいまいち手応えがないからだ。

 しかし、完全に無意味というわけでも無いようだ。

 黒い靄は少し晴れていた。岸壁には何やら術式が刻まれている。

 これは……何かの封印か?とりあえず、解いてみるしかない。

 俺はもう一度術式に向かって左手を伸ばし、今度は別の言葉を紡ぐ。


「我、星の力を分け与えられし者也。故に我、神秘を宿す者也」


 身体中が痛む。

 やはり澱みを使ってかけられた封印は普通ではない。それに堕ち星が仕掛けた封印ならば神秘の力が宿っているはずだ。

 澱みに加えて神秘、そうなれば封印解除に危険が伴う。それどころか大抵の魔術師では手出しができないだろう。

 だが、俺にも同じ神秘の力である星座の力がある。同じ系統の神秘同士ならばあとは技術の差だ。

 俺は気合を入れ直して言葉を最後まで紡ぐ。


「その神秘において命じる。汝が秘匿せしものを解放せよ。我、澱みを祓い、世を照らす星の光也!」


 紺と黒の光が封印にぶつかり、2色の閃光が走る。そして、ガラスが砕けるような音がした。


 すると目の前にコンクリート製の水路が現れた。

 上手く封印が解除できたようで何よりだ。

 一安心していると上から末松刑事の叫び声が聞こえた。


「あ〜〜!!そうだ!地下貯水路だ!おかしいと思ってたんですよ。何で思いつかなかったんだろうな…」

「末松、叫ぶな」

「あっ……すみません」


 やはり解除したら見えるようになったのか。

 恐らく認識阻害の効果があった……いやそれが主か?

 それにしても地下貯水路か。いかにも何か潜んでそうな雰囲気だ。

 そう思ったとき、地下貯水路から黒い靄が吹き出してくる。尋常じゃない濃さの澱みだ。

 それと同時に納得がいった。


 だが先にこの澱みの対処をしなければ。

 俺は感知魔術の使用をやめる。次に最初に唱えた言葉をもう1度唱え、澱みに向けて水を放つ。

 すると地下貯水路は少しだけ奥への見通しが良くなった。

 だが……とりあえず上に戻って作戦会議だな。


 そう思った俺は無詠唱の身体能力向上魔術を使ってから思いっきり飛び上がる。

 ちょうどよく柵の高さまで飛び上がれたので、柵を掴んで道路に着地する。

 そして、柵を乗り越える。


「……何から聞けば良いんだ?」

「私達にも説明して〜!」


 丸岡刑事と由衣が説明を求めるので、俺は頭の中を整理しながら話し始める。


「まず、今俺が解除したのは何者かが仕掛けた封印です。恐らく仕掛けたのは堕ち星だと思います。

 ですが行方不明の5人がこの中にいるとは限りません。だから俺1人で突入します。お前らは念の為に待機しろ」

「何で1人で行こうとするの!?」

「……確証がないのと危険だ」

「だからって……1人で行かせたくない。それにまー君、今日調子悪いんでしょ。無理しないで」

「あぁ。それなら多分原因はわかった」

「え?」

「俺はいつも澱みや堕ち星の気配を感じ取れる術を使っている。

 それがここ数日はあの地下貯水路…この街の地下に溜まっている澱みを感じ取っていたらしい。だからその術の使用を止めれば楽になる…というかなった」


 先程、地下貯水路から澱みが吹き出したときにわかった。

 恐らく、家や跡地、学校には結界が張ってあるため地下の澱みは感知できなかったんだろう。だからその3箇所では身体に不快感がなかったんだろう。

 しかし、由衣はこの説明では納得できないらしい。


「それなら良かった……いや良かったけど良くない!そうだけどそうじゃない!

 とにかく、1人では絶っ対に行かせないから。まー君があの中行くなら私も行くから」

「俺も行く。どう考えてもあの中に怪しすぎるでしょ。それに現状、あの中しか日和の居場所は考えられない」


 由衣だけではなく佑希まで着いてくると言い出した。

 だから地下貯水路に行方不明の5人がいるとは限らないんだが……それに危険度も未知数だ。

 俺1人で行きたいんだが……

 しかし仲間からの言葉は終わらない。


「俺も行くぜ。あの靄…澱み?の量どう見ても普通じゃねぇだろ」

「そうそう。あんなにあるなら、あの中に堕ち星がいても不思議じゃないでしょ。もしそうなら、真聡1人に行かせて私達が後から追いかけても間に合わない可能性高いでしょ。だから私も行くから」


 結局、星座騎士の4人は全員付いてくると言い出した。

 普段ストッパーよりの佑希や鈴保まで着いてくると言い出すとは思ってなかった。

 何でこういうときにストッパーにならないんだよ…頭が痛くなってきそうだ。

 …もう頭痛も不快感はないが。

 そう思ってると智陽までも質問をしてくる。


「というか、澱みっていつものあの人型のことじゃないの?さっきからあの靄も澱みって言ってるけど」

「……澱みの本来の形はあの靄だ。人型になって人を襲う今の方がおかしいんだ」

「え、あれが本当の姿なの!?」


 智陽の質問に答えたはずが由衣が驚いている。

 由衣は続けて「何で人型になるの」と聞いてくるが「知らん」と返す。

 その理由は協会本部の人間でも知らない。俺が知りたいぐらいだ。

 そんなやり取りをしていると丸岡刑事が口を開いた。


「じゃあ華山以外は行くってことでいいな?」

「はい!」

「じゃあ準備をして少し休息を取ってから途中してくれ」

「わかりました!」


 …何でか本当に星座騎士全員で行くことになっている。

 どうしてこうなった。

 俺の口からは思わず溜息がこぼれた。

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