第070話 最悪
何も見えない。何もわからない。
俺は自分が生きていることを確認するために自分の肌に触る。
自分の肌は暖かい。
つまりまだ生きている。
それを認識すると、自分が先程まで堕ち星と戦闘していたことを思い出した。
あれから…どうなった?
こぎつね座の堕ち星は倒した覚えはない。
ここは…どこだ?
その瞬間、目の前に人影が現れた。
あれは…由衣達か?
ここにいるということはひとまず無事なのか?
それを確認するために俺は目を凝らす。
そして近くに寄ろうと足を踏み出そうとしたとき。
俺はその人影が人型ではあるが、人ではないことに気づいた。
1つは、両肩に人の模様が入った黒い何か。
1つは、両手が鋏で尻尾の生えた黒い何か。
1つは、手足には爪があり鬣が生えた黒い何か。
1つは、手足に蹄があり頭には角、そして全身が毛皮に包まれた黒い何か。
これは、双子座、蠍座、獅子座、牡羊座の堕ち星だ。
そしてこの4つの星座はそれぞれ選ばれた者がいる。
つまりこの堕ち星の正体は
由衣達だ。
「違う。違う。違う。違う違う違う違う!!!」
俺は目の前の光景を受け入れられず、膝をつき両手で頭を押さえる。
違う。これは現実ではない。
しかし、目の前には仲間たちが堕ち星に成っている。
そして頭の中に響く声。
『お前が、巻き込んだからだ。全部お前のせいだ。』
「俺は………俺は………俺は!!!!」
その瞬間、何かが潰れる音が聞こえた。
同時に頭を押さえている両手に違和感を覚える。
何か、ねっとりしたような感触。
両手を頭から離し、目の前に持ってくる。
その両手は赤く染まっていた。
俺は反射的に先程目を逸らしたものにまた目を向ける。
そこにはもう堕ち星の姿はない。
その代わりに地面は赤く染まっている。
そしてそこには
児島 佑希が
砂山 鈴保が
平原 志郎が
白上 由衣が
倒れている。
『お前が、殺した。あのときと、同じように。』
「やめろ…やめろ…………やめろぉぉぉ!!!」
こうなるのが怖かったんだ。
こうなるから嫌だったんだ。
俺はまた友人を手にかけた。
約1年前と同じように。
だから独りで戦うつもりでいたんだ。
大切な人を失わないように。
巻き込んだ結果、また堕ち星に成らないように。
そして、自らの手でその命を奪わずに済むように。
だが結果として、目の前には最悪の想定が広がっている。
俺の身体からは力が抜け、両手すら重力に抗う力を失った。
俺は結局、最悪の想定を回避できなかった。
「まー君!!!!!」
由衣が俺を呼ぶ声がする。
ストレスによる幻聴だろうか。
しかし次の瞬間、周りを縦横無尽に半透明の羊達が走り回る。
今までに見たことない大群だ。
それと同時に目の前の景色が薄れていく。
黒と赤の世界に薄っすらと色が付いていく。
すると、頭の中に欠けていたものが埋まった。
そうだ。違う。これは幻覚だ。
俺はこの状況になる直前にこぎつね座の堕ち星に幻覚をかけられた。
つまりこれは俺の恐怖が映し出されているに過ぎない。
あいつらは生きている。堕ち星に成ってない。
俺は力を入れ立ち上がる。
すると世界が反転するかのように、駅前の広場に景色が戻った。
俺の身体は星鎧を纏っている。
やはり、ただの幻覚だったようだ。
俺は深く息を吐く。
そんな俺のそばに星鎧を纏っている由衣がいた。
「まー君…大丈夫?」
「…大丈夫だ。」
「良かった…凄く苦しそうだったから…」
俺は急いで状況を確認する。
志郎と鈴保が2人でこぎつね座と戦っている。
一方、佑希は膝をつき、頭を抱えたまま動いていない。
全員星鎧を纏っている。
やはりあれは幻覚だった。ならばすることは1つ。
「佑希を頼む。」
「まー君は!?」
「…決着をつける。」
そう言い切って俺は踏み切り、一気にこぎつね座との距離を詰める。
志郎と鈴保は迫る俺に気づいたのか、譲るかのように退いた。
俺はそのままこぎつね座に突っ込み、地面に押し倒して馬乗りになる。
「よくもやってくれたな。」
「何がだよ」
「…あれはお前の意思ではないのか。」
「だから何の話だよ!」
そう叫びながらこぎつね座は暴れて抵抗する。
俺は抜け出される前に動きを封じるために言葉を紡ぐ。
「草木よ。この星に循環をもたらす草木よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りしこぎつねの座を縛る枷となり給え。」
唱え終わると地面から蔓が生えてきて、こぎつねの全身を縛り地面に抑えつける。
俺はこぎつね座から離れ由衣を呼ぼうとする。
しかし、こぎつね座は力ずくで蔓の拘束から脱出しようとしている。
恐らく、このままでは人間に戻す前に拘束から抜けられる。
そう考えた俺は急いで術を重ねるべく言葉を紡ぐ。
「氷よ。世界に永遠を与える氷よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りしへびの座に永遠の停止をもたらし給え。」
こぎつね座が足元から凍りついていく。
「何でだよ…何で俺ばっかり…」
「…どんな理由があろうとも、人を害することは許されない。神秘の力を使うなんて尚更な。」
「何でだよ…」
その言葉を最後に四肢が氷に包まれたこぎつね座は動かなくなった。
俺は後ろを振り向いて由衣に声をかける。
すると「準備できてるよ」と言われて、俺は上を見る。
俺の頭上には既に巨大な羊が準備されていた。
俺が離れると巨大な羊はこぎつね座の上に落下し、包み込む。
しばらく経ち、羊が消滅した。
そこには元の人間の姿に戻った森住 晶が倒れている。そのすぐそばにはこぎつね座のプレートが転がっている。
俺はそれを拾い上げ、他に澱みが残っていないことを確認する。
そして戦闘終了を伝えながらギアからプレートを抜き取る。
すると元の姿に戻った4人が集まってきた。
「終わったね」
「…あぁ。」
「…悪い。結局分身を消す方法は役に立たず、さらに後半は戦闘にも参加できなくて。…役に立ってないな」
「そんなとこないよ!きっと私だけだったら、しろ君とすずちゃんが来るまでにまたピンチになってたかもしれないし…この前みたいに…」
「そうそう!今回は相手がそれだけ強かったんだよ。な!真聡」
「…あぁ。そもそも俺がこぎつね座の能力を見誤ってたのが原因だ。佑希は悪くない。」
「ほらな?だから気にすんなって」
そう言いながら志郎は佑希の肩に手を回し、鈴保も巻き込み会話を続ける。
俺は超常事件捜査班に連絡を入れるため、4人と距離を取りスマホを取り出す。
しかし、魔術を使いすぎたのか。
はたまた先程の幻覚によるダメージがあるのか。
足元がおぼつかない。
「まー君、大丈夫?」
「…大丈夫だ。」
それを見られていたのか由衣が駆け寄ってきた。
しかし、由衣も隠そうとはしているが足元がふらふらしている。本調子ではなさそうだ。
俺は「お前こそ無理するな」と言葉をかける。
すると由衣は少し恥ずかしそうに「あはは…」と笑いながら言葉を返してくる。
「…でもみんな頑張ってるし、まー君もゆー君も辛そうだったし。だったら私が何とかしたくてさ」
その言葉から推察するに、やはり幻覚の最後に見えた羊の大群は由衣が全力で作り出したようだ。
無理はしてほしくないが、あれで助かったのは確かだ。
俺は礼を言いながら、抱いた疑問を口にする。
「…お前はあのとき何を見た。」
「…言わないとダメ?」
何故か由衣は少しだけ恥ずかしそうに返事をした。
何で恥ずかしそうなんだ。
しかし、この反応から恐らく俺と違うものを見ていたことは間違いなさそうだ。
俺は一安心する。
「別に言いたくないなら言わなくて良い。…電話をかけてくる。」
そう言って由衣からも少し離れて通話ボタンを押す。
こうして、こぎつね座との戦いは幕を下ろした。
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