第060話 どう思ってるの?

 俺はため息をつきながらさっき買ったベビーカステラ片手にベンチに座る。

 簡単に言うと由衣と日和と逸れた。

 2人は少し目を離した隙に人波に消えていってしまった。

 探しても良いが…確実に疲れる。

 そう思った俺は「座ってる」とメッセージを送ってここに来た。


 それにしても、この4ヶ月でかなり変わった。

 高校入学前の俺に現状を話しても、きっと信じないだろう。

 「由衣と日和に再会して昔のように会話している。そして共に戦う仲間ができた」なんて1ミリも考えていなかった。ましてや由衣が星座に選ばれるなんて。

 そして同時に入学前の俺は怒るだろう。


 お前は、また同じ過ちを繰り返すのか。


 だけど、由衣達も選ばれた。ホルダーの基準を満たした。


 しかし、あいつらは一般人だ

 魔術師は普通の人間と生きてる世界が違う。


 いや、違う。今はこれで良い。

 むしろ遠足に行ったあの日、今のままでは駄目だと思ったから今がある。



 だがいつかはまた、別れなければならない。



 胸の中に泥のようなものを感じながら、俺はベビーカステラを口に運ぶ。


 そのとき、聞き慣れた声で俺の名前が呼ばれた気がした。

 あたりを見回すと、浴衣を着た誰かがこちらに歩いてくる。その誰かは目の前まで来て「ちゃんと来てたんだ」と言った。

 俺は彼女が目の前まで来て、ようやく声の主が誰かわかった。


「…鈴保か」

「何その反応」


 しまった。一瞬誰かわからなかったのが気づかれたか?

 何故わからなかったのか。

 簡単に言うと鈴保の雰囲気が普段と違うからだ。

 普段の鈴保は由衣の言葉を借りるとボーイッシュ、かっこいいという印象を受ける。

 しかし、今日は浴衣姿で女性らしく美しい。

 …こいつもこいつで顔が美形ではあるんだな。

 だが、これを全部言うと色んな意味で怒られる可能性がある。

 そのため俺は言葉を選ぶ。


「…いつもと違う雰囲気に驚いたんだ。浴衣、よく似合ってる」

「…………は?え?……………ありがと」


 これは…照れているのか?

 とりあえず誤魔化せたようで安心する。

 いや、嘘は言ってないが。


「というか、私より褒めてあげるべき人がいるでしょ」

「…あ?」

「由衣は褒め…由衣は?」

「逸れた」

「あぁ〜………とりあえず、隣座るよ」


 そう言いながら鈴保は俺の隣に座る。

 確認や許可ではなく宣言だな…


「で、褒めたの?」

「…あいつを褒めたらどうなるかわかるだろ」

「まぁ…気持ちはわかるけどさ…こう…」


 鈴保は最後まで言い切らずため息をついた。

 何だ。俺は何か間違ったことを言ったか?


「…真聡は由衣のことどう思ってるの?」

「どうってなんだ」

「どう思ってるの?」


 どういう意味だ。どう答えたら良いんだ。

 しかし聞いても答えてくれなさそうなので、素直に答える。


「そうだな……目が離せない…子犬…」

「子犬っ…!!」


 鈴保は笑い出す。

 「何故笑う」と聞いても笑い続けて答えない。

 それにしても笑いすぎだ。俺は何かおかしなことを言ったか?

 数分後、鈴保はようやく落ち着いて口を開く。


「はぁ……気持ちはわかるけどさ、そうじゃなくてさ…こう…人間的にどう思ってる?」


 鈴保は呆れながらそう聞いてきた。

 人間的に?人間で例えなかったからあんなに笑ったのか?

 そう考えた俺は何か良い例えがないか考える。

 答えはすぐに出た。


「…強いて言うなら………妹」

「うんっ…もういい…フフッ」


 鈴保は呆れているのかと思いきや、笑っていた。

 何が聞きたいんだこいつは。いきなり現れて…

 そのとき俺の中に別の疑問が生まれた。


「お前、あの2人と来てたんじゃなかったのか」

「あ〜…実は私も逸れたんだよね」

「探さなくて良いのか?」

「いやぁ…2人きりにさせとこうかな〜って」


 俺はその言葉の意図が理解できない。

 しかし、こちらの答えはすぐにわかった。


「…まさか」

「梨奈は颯馬のことが好きらしいからさ〜。ま、これは中学生の頃の話で今はどうか知らないけど」

「…もしかしてお前があの2人と距離を置いてたのって」

「いや、それは違う。あのときはそんな事考えている余裕はなかったから」

「…悪い。嫌なことを聞いたな」

「別に、もう終わったことだし」


 そのとき俺はもう1つ、鈴保に言わなければならないことを思い出した。


「……もう1つ。最初にお前を概念体の蠍座から助けたとき、キツく言い過ぎた。悪かったな」

「あのときは…私も悪かったから。それにもう気にしてないし。それももう終わった話」

「そうか」

「あ、でもあのときは凄くムカついたから…今日何か奢ってもらおうかな~」

「どっちだよ」

「冗談」


 鈴保はニヤッと笑う。

 そのとき、鈴保の名前を呼ぶ声がした。

 鈴保はすぐにその声の主を見つけて手を振る。


「やっと見つけた…」

「勝手にどっか行くなよ」

「消えたのはそっちでしょ」

「喧嘩しない!…って陰星君!?」


 浴衣姿の好井 梨奈と小坂 颯馬がやってきた。

 俺は2人と挨拶を交わす。

 小坂 颯馬も以前堕ち星と成り、戦った相手だ。

 だが、成っていた日数が短かったためすぐに元の生活に戻れたようだ。

 3人の関係は…まぁ、前よりはマシになったんではないだろうか。


 鈴保は「じゃあまた」と言って立ち上がり、2人と去っていった。

 暇になった俺はスマホを確認する。

 しかし、由衣と日和からメッセージは来てなかった。

 どこに行ったのやら…

 俺はベビーカステラの袋に手を入れる。


 するとどうやら最後の1個だったらしい。

 とりあえず口に入れる。

 これからどうするか。


 そう思ったとき、また俺の名を呼ぶ声がした。

 今度は誰だが呼んだかはすぐに分かった。


「やっと見つけた…」

「日和か。…メッセージか電話でもすれば良かっただろ」

「これで出来ると思う?」


 彼女は両手に屋台の食べ物を持っていた。


「…無理だな。悪い」

「別にいいけど。あ、これあげる」


 そう言って渡されたのは、たこ焼き3つだけが残っているプラスチックのフードパック。

 それを俺に渡し、日和は隣に座る。


「何で3つだけのを」

「10個入り買ったから、それ真聡の分。由衣から預かってきた」


 何でそういうとこだけキッチリしてるんだ…

 そう返そうと思ったが、肝心の由衣がいないことに今気づいた。


「由衣はどうした」

「逸れた。他の友達に会って話し始めたから後ろからついて行ってたんだけど…見失った」


 そう言い切ると日和は持っていたわたあめを食べ始める。

 由衣らしいが…日和が少し可哀想だ。


「悪いな」

「何が?」

「誘ったわりに蚊帳の外になることが多くてつまらんだろ」

「まぁ…でも、元の由衣に戻ったから安心したって気持ちもある」

「それ…どういう意味だ?」

「あっ………聞かなかったことにして」


 そう言って日和はそっぽを向き、わたあめに集中する。

 俺が呼びかけても返事をせず食べている。

 だが、あそこまで言われたら気になるのが人間だ。

 俺は食べ終わった頃を見計らい、もう1度呼びかける。


「あそこまで聞かせて終わるのは酷くないか」

「………わかった。でも、由衣には絶対私が話したって言っちゃ駄目だからね?」

「わかってる」

「由衣…真聡がいなくなってから凄く元気なかったんだよね。何というか…ずっとうわの空って感じで。心配して聞いてみてもなんにもないって言うし。

 まぁ、3年生になる頃にはだいぶ戻ってはいたんだけどね」


 俺はそれを聞き、何とも言えない気持ちになる。

 確かに無言でこの街を去った俺も悪い。しかし…


「あ、いや、真聡責めてるわけじゃないよ。ただ、ずっと一緒にいた友達として元に戻って良かったと思っただけ」

「…そうか」


 その言葉で会話が終了する。

 俺は冷めかかっているたこ焼きを口に運ぶ。

 …やはりできたての方が良い。

 そう思っていると、また日和が口を開いた。


「…由衣のこと、よろしく頼むね」


 その言葉は、どこか遠いところに行くような言い方だった。

 俺は思ったことをそのまま返す。


「…お前も友達だろ。俺と同じ、由衣の幼馴染だろ」

「…そうだね」


 今の言葉の真意はただ俺の方が由衣と一緒に行動する時間が長いからなのか。それとも、本当にどこか遠くに行くのか。

 俺は何故か聞けなかった。


 そのとき、元気な「やっと見つけた!!!」という声が聞こえる。

 この方向を見ると由衣がようやくやってきた。

 しかも小走りで。


「ひーちゃんごめんよぉ〜!」

「別に。気にしてないよ。」

「これ…2人の分も買ってきたから…許して?」


 そう言って渡してきたのはチョコバナナだった。

 とりあえず俺達は受け取る。


「よくそれ持ったまま走れたな…」

「というか普通浴衣で走る?」


 後ろから現れたのは店番が終わったであろう志郎と来ないと言っていた智陽だった。

 ちなみに2人は普通の私服だ。


「お前、来ないって言ってただろ」

「そのつもりだったんだけどね。焼きそば食べたいなって思って」


 確かに智陽は焼きそばを持っている。

 そして隣のベンチに座り、食べ始める。

 その隣に志郎が座り「とか言って寂しかったんじゃねぇのか〜?」と意地悪そうに聞く。

 しかし「そんなことない」と一蹴された。


「…でもまぁ、せっかく友達いるんだし、こういうのも悪くないかなとは思った」

「ツンデレってやつか〜!?」


 そう言いながら志郎は智陽の肩に手を置く。

 しかし、今度は「違う。食べてるんだからやめて」と一蹴された。


「というか智陽…なんか…キャラ変わったか?」

「それは俺も思った。」

「何というか…物静かなやつだと思ったけど…鈴保みたいだな?」

「お前それは怒られるぞ」

「いや、悪い意味じゃないぞ?わかりやすいかなと思ってだな…」


 そこに智陽が私を挟むなと言わんばかりにため息ついた。

 いやお前の性格が変わったのが原因なんだが。


「変わったんじゃなくて、元がこうなの」

「今までが作ってたってことか?」

「そう。もう作る必要もないと思ったの」


 志郎がわかってるのかわかってないのか、微妙な返事をする。


 そこに今度は「まだここにいた」という声が聞こえる。

 声の方を見ると鈴保と好井と小坂が戻ってきていた。


「あ!すずちゃん!梨奈ちゃんと颯馬君も!」


 そう言って、日和の隣に座っていた由衣が立ち上がり話を始める。


「行っちゃった…」

「…いつものだろ」

「まぁね……でも、真聡も昔と変わらずすぐ友達できるじゃん」

「そんなことない」

「じゃあまぁ…そういうことにしておく」


 左を見ると智陽と志郎が何か話している。

 右では由衣が鈴保達と話している。


 確かに、友達は増えた…のかもしれないな。


 高校生たちの賑やかな喋り声は、お祭りの喧騒に飲み込まれていった。

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