第059話 星鎖祭り
「出かけたくない」という気持ちを抑えながら、俺は扉に鍵を閉める。
そして、そろそろ慣れてきたビルの階段を5階分降りて蒸し暑い街に足を踏み出す。
真夏の夜は蒸し暑い。だけどこうして外に出たのには理由があった。
そう、由衣との約束で星鎖神社で行われる星鎖祭りに行くからだ。
本当は行きたくない。めんどくさい。
だが約束した以上、行かなければならない。
あれから何度か俺の家に集まって課題をやった。志郎と鈴保は毎回は来れなかったが。
志郎がほとんど課題に手を付けていなかったり、俺の家に集まって課題をやり始めたときに澱みが現れたり…など色々あったが由衣は約束通り課題を終わらせた。
つまり、今ここで行くのをやめると約束をやぶるのは俺になる。それは駄目だ。
そう思いながら俺は慣れた道を歩き白上家へ向かう。
近くなってきたので「もうすぐ着く」というメッセージを送り、道を曲がる。
少し歩き、また道を曲がる。
すると見慣れた白上家が見えてきた。
玄関には見慣れたはずなのに見慣れない感じがある2人の幼馴染がいた。
由衣が俺を見つけ、「来た来た!おーい!」と呼びかけてくる。
…やっぱり由衣はいつも通りだ。
残念感と言うか安心感と言うか。謎の感覚を覚える。
「っていつもと変わらない服じゃん!!」
「…浴衣を持ってると思うか?」
「それなら言ってくれたら…」
「ないでしょ」
「……流石にない」
「あったほうが驚くよ」
見慣れない感じの理由。
それは彼女達の服装が俺と違い浴衣だからだろう。
由衣も日和も普段より髪型などが気合入っている。
流石の俺でもわかる。
由衣は普段からお洒落に気を遣ってるらしいが。
…というか今更な話だが、由衣も日和もそこそこ美形だ。今日は普段よりも力が入ってるからか、いつもより綺麗に見える。
…再会してからもう4ヶ月ほど一緒にいるのに何故今更そう思ったのかは自分でも不思議だが。
そんな事を考えていると「まー君?どうかした?」と由衣に言われ、我に返る。
「俺は何でもない。行くぞ」と返し、星鎖神社に向けて歩き出す。
何故星鎖祭りに行くメンバーが星座騎士で動く5人ではなく、俺と由衣と日和の幼馴染3人なのか。
それぞれの理由はこうだ。
まず智陽には断られた。まぁ、そうだろう。あいつはこういうの好きじゃないからな。わかっていた。
鈴保は部活仲間の2人と行くそうだ。だから向こうで会えると言っていた。
志郎は…「まぁ向こうで会えるからな!」と言っていた。由衣は「だったら一緒に行こうよ!」と言っていたが何故かそれは断られていた。
そんな訳で「じゃあせっかくだし、ひーちゃん呼んで3人で行こうよ!」と由衣の言葉で日和が誘われた。
日和には「由衣と俺だけということで行く。神社で他の友達にも合うはず」と伝えた。
そうしてこの3人になった。
そろそろ星鎖神社に登る階段が見えてくる。
そのとき、いきなり後ろから背中を押される。
左側に気配を感じるので見てみると、少し後ろを歩いていた由衣が隣にいた。
「というわけで決まりね!」
「何がだ」
「由衣がこれ飲みに行きたいんだって」
右側に来た日和が反対側の由衣のスマホを指差している。
俺は由衣のスマホを覗き込む。
表示されていたのは有名コーヒーチェーン店の限定商品の画像だった。
「課題も終わったしいいでしょ?」
面倒だが断った方が面倒なことは目に見えている。
そのため、俺は「わかった」としか言えなかった。
それとほぼ同時に星鎖神社への階段の下にたどり着く。
俺達はお互いの予定を確認しながら階段を登る。
そして行く日が決まり、階段も登りきった。
そんな俺達の目に飛び込んできたのは、煌びやかな出店の明かりと楽しそうな人々の姿。
星鎖神社は1つ目の階段の先は広場になっており、こういう行事の日には出店が出る。
本殿は広場の奥のもう1つの階段を上った先にある。
「懐かしい〜!!」
「いや去年も一緒に来たでしょ」
「でもそのときはまー君いなかったじゃん!」
「それはまぁ…そうだけど」
「…ゆー君とさっちゃん。どうしてるのかなぁ」
「連絡取ってないのか」
「年賀状は毎年来てたんだけど…今年は来なかったんだ…」
「私も。あの頃はスマホ持ってなかったから、メッセージでも繋がってないし」
ゆー君とさっちゃん。それは由衣が児島 佑希と児島 佐希につけたあだ名。この2人は俺達の幼馴染で毎日遊んでいた双子の兄妹だ。
しかし小学校5年生の頃、親の仕事の都合で転校していった。
毎年来ていた年賀状が今年だけ来てないのは少し妙だな。
2人の話に何か引っかかるものを感じる。
少し考えていると日和が「暗い話は終わり。お祭りを楽しむために来たんでしょ」と言い、歩き出す。
由衣がそれを追いかけていく。
俺も置いていかれるわけにもいかないので追いかける。
「何に行きたいか」「何を食べたいか」そんな話をしながら俺達は屋台を見て回る。
しかし、由衣があれもこれもと言い決めれないので俺たちは歩き回る。
そんな中、屋台から声をかけられると足が止まるのは必然だ。
「そこのお兄さんお姉さん。ベビーカステラはどうですか〜」
「ベビー…カステラ…う〜〜ん………」
「一袋買って3人で分けたら良いんじゃない?」
「それだ!!」
かけられた声がどこかで聞き覚えのある気がして悩んでいるうちに、由衣と日和はその出店に並びに行った。
幸い、その出店はそれほど混んでいない。すぐに帰ってくるだろう。
暇なので俺は他の出店でも眺めておこうか。
そう思ってると由衣の「あ〜〜!!」という声が響く。
その声を聞いた俺はすぐに出店に向かう。
運良く、由衣達の後ろには誰も並んでいない。
「何だ。どうした」
「あ、まー君。…どしたの?」
「お〜!やっぱりちゃんと来てたんだな!」
今度は出店の店員から凄く聞き覚えのある声が聞こえる。
俺は店員の顔を確認する。その顔を見て俺は反射的にツッコんでしまった。
「何で志郎がここにいる」
平原 志郎がベビーカステラの出店の店番をしている。
…なるほど、そういうことか。
「うちの道場に通ってる人に毎年出店出してる人がいてな。俺と勝二兄はその人の手伝いでやってるんだ」
「だから「向こうで会える」って!」
「何故先に言わなかった」
「いやぁ…驚かしたくってな!」
「志郎、この人たちは…」
「そうそう!何度か話してる俺の友達!」
俺はようやく隣の店員の顔を見る。その店員は以前小獅子座の堕ち星となり、俺達と戦った深谷 勝二だった。
退院したという話は聞いていた。しかしそれ以降に会うのは初めてだった。
元気そうで何よりだ。そして関係も元通りのようだ。
「あぁ…君たちが。その節は迷惑をかけたね…」
「いえ。それが俺の役目なんで。…元気になったようで何よりです。」
「俺“達”でしょ〜?」
由衣が肘で俺をつつきながらそう言う。
由衣が一緒に戦うのも、さも当然のようになったな…
そうぼんやり考えていると、由衣は勝二さんと話をしている。
いや、ベビーカステラを買うんじゃなかったのか?
そう指摘しようとしたとき、後ろから声をかけられる。
「君達、喋ってるだけなら邪魔なんだけど。どいてくれないか?」
「その言い方は良くない。不快な思いをさせたらすみません。ベビーカステラ20個入り1つ頂けますか?」
振り返ると浴衣がよく似合っている男女が立っていた。
しかし、年齢は俺たちと同じくらいだろうか。
勝二さんがテキパキと袋に詰めて渡し、お金を受け取る。
そして男女は去っていった。
「何だあいつ。感じ悪いなぁ…」
「ね。せっかくの美形が台無し」
志郎と由衣が文句を言ってる。
…言われてみれば男の方は顔立ちがとても良かったな。
いや、そんなことはどうでもいい。
「悪いのはずっとここで喋ってる俺達だ」
「でもあそこまで言わなくて良くない?」
「…世間にはあんなやつがたくさんいる。今回は俺たちが悪い。そう考えるとあいつはまだマシな方だ」
「えぇ〜…」
「…ねぇ、いつまでここにいるの?」
日和が放置されすぎて不満そうな顔をしている。
そのため俺達はベビーカステラを買い、志郎の「店番終わったらメッセージ送るわ〜!」という声を背に店を後にした。
俺は美形の男に感じた違和感をすぐに忘れてしまった。
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