第058話 夏休みなんだよ!?
外は蝉の声が響き、うだるような暑さなのが外に出なくてもわかる。
一方、俺の家には3人のペンを走らせる音だけが聞こえる。
そんな状況で1人が悲鳴のような声を上げれば普通よりもうるさく聞こえるは当然だ。
「うぁぁぁ〜〜〜!!飽きた!!!!」
「…まだ1時間も経ってないぞ。」
「だって……飽きたんだもん…」
「そんなこと言って手を止めてると、課題終わらないよ」
智陽の鋭い指摘に由衣はうめき声をあげる。
何故こうなったか。
それは今日の午前中のグループメッセージが原因だ。
まず由衣が「今日暇な人〜!!」と送ってきた。すると志郎と鈴保はそれぞれ用事があると返事をした。
次に由衣が「じゃあ3人で遊びに行かない?」と言ってきた。そこに智陽が「夏休みの課題は終わったの?」と返事をした。
答えは…残念ながら終わってなかった。
そこで俺は由衣と智陽を家に呼び、暇人3人組で課題をする事にした。
…いや別に俺は暇じゃないんだが。
しかし、夏休み後半に「課題終わってない…」という由衣の悲鳴は聞きたくない。
あと「星座騎士として戦ってたので課題が終わってません」なんて言い訳は絶対にさせたくない。不名誉極まりない。
なので俺はこうして、監視を兼ねて由衣に付き合うことにした。
「ねぇ…やっぱり遊びに行かない…?」
「でもそうしたら後で泣くのは由衣だよ」
「うぅ……」
「というかお前、最近長沢と遊びに行ってただろ。」
「そういや、カラオケ行ったって言ってたね」
「うん!楽しかった!麻優ちゃん歌も上手くて……って違う!確かに楽しかったけど私はみんなともどこかに行きたいの!だって夏休みなんだよ!?」
「私は別に…」
「同意見。というか課題やれ」
「2人とも厳しいよぉ…」
そう言いながら由衣は課題に戻った。
ちなみに俺と智陽は半分ほどは終わっている。由衣だけが3割も終わってない。そのため、俺達としては別にわざわざこんな事をしなくてもいい。
頼むから課題を進めてくれ。
そう願いながら俺はテキストのページを捲った。
☆☆☆
「飽きた!」
「あのなぁ…」
由衣がまた悲鳴をあげた。あれからまだ30分ほどしか経ってない。
「こいつこんなに勉強嫌いだったか…?」と思いながら、俺はもう1度「いいから進めろ。夏休み後半に泣くのはお前だぞ」と言う。
すると由衣が1つのお願いをしてきた。
「音楽かけて良い?」
「…それで集中できるのか。」
「…頑張る」
由衣は自分のスマホから音楽をかけ始める。
流れ出したのは明るい曲調と女性の歌声。年齢は…俺たちと同じか、少し上だろうか。歌詞は愛とか希望とか歌っている。
「あまりこういう曲は得意ではない」と思いながら俺は由衣を見る。
由衣はご機嫌そうにペンを持ち、プリント集と向き合っている。
鼻歌まで歌っているが…まぁ、これで効率が上がるならそれでいい。
曲の1番が終わり間奏に入ったとき、智陽が口を開いた。
「これって…歌ってみた?」
「そう!アスって名前で私のお気に入りの人なんだ〜!あ、A u sでアスね!」
「いや曲の方…これって原曲は合成音声の曲だよね?」
「多分…?私、原曲は詳しくは知らないんだけど…」
「原曲の方なら何回か聞いたことあると思って」
「そうなんだ!ちーちゃんは合成音声の曲よく聞くの?」
「聞くよ。こういう曲は聞かないけど」
「どんな曲聞くの?」
「…多分趣味合わないよ?」
「大丈夫!もしかしたらいい曲に出会えるかもしれないし!」
「そう?じゃあ…こんなの」
智陽のスマホから流れ出したのは激しい曲調。歌詞は強い言葉。機械による歌声だが力強く、冷たく感じる。
「治安…悪い…」
「ダメか……じゃあ…こっちは?」
今度は静かな曲調だが生きづらさを感じる歌詞だ。こちらも機械による歌声だが生き苦しさが伝わってくる。
「暗い!」
「やっぱりダメか。由衣に任せる」
「任せて!じゃあ次は…これ!」
由衣のスマホから流れ出したのは爽やかな曲調の夏らしい曲。
歌声から考えるにどうやらさっきと同じAusという人なんだろう。
本当に好きなんだな…
「この曲は結構聞くかな。原曲だけど」
「本当!?初めて好みがあったね!…まー君はどう?」
「…課題をやってくれ」
「「あ」」
智陽まで由衣を遊ばせたら意味が無いだろ…
そう思いながら俺は天を仰いだ。
☆☆☆
「アイスおいひぃ〜………やっぱり頭を使った時は甘いものですなぁ……」
あのやり取りから数時間。時間は16時過ぎ。
あれからは特に脱線もなく、由衣も「飽きた!」という悲鳴を上げなかった。
しかし15時半頃に「長めの休憩を取りたいです…」と溶け始めたので、休憩を取ることにした。
そして由衣の提案で、近くのコンビニまでアイスを買いに行った。
そして今は帰ってきて食べているところだ。
由衣は大きなカップアイス、智陽はいつしか食べていたアイスバー、そして俺は…
「まー君、こんなときまでそういうのなんだね…」
パウチタイプのやつだ。
普段からよくゼリー飲料を口にしてるからか、無意識に選んでしまった。
「こっちも美味しいよ?一口食べる?」
「いらん」
「…あ、やっぱり同じスプーンは嫌だよね。…スプーンどこにあるの?」
「だからいらん。さっさと食べ切れ」
「は〜い…」
由衣は少し不服そうな声で返事をして、またアイスを口に入れ、味わう。
既に何口か食べているのに、初めてこの美味しさを味わったような顔をしている。
何なんだこいつは。
俺は休憩してるはずなのに逆に疲労感を覚える。
そんな俺にアイスを食べきった智陽が「これ。できたから」とUSBメモリを渡してきた。
「この前言ってた星座の力をもう1つ使うための装備。スターに研究資料にあるギアの情報を参考に似た感じで作ってもらった」
「助かった。俺も確認する」
「…どうやって作るの?」
「協力者にデータを送る。その協力者が作れると思ったら作ってくれるはずだ」
「ふ〜ん…お父さんの研究資料はどう?何かわかった?」
「いや、まだ何も」
「だよね…」
俺はあの日の翌日に智陽から研究資料のコピーを受け取っていた。
資料にはギアについての研究が書いてあった。
…残念ながら知っている情報しかなかったが。
しかし、それだけではなかった。
資料には鍵かかっていて見ることができない項目が存在していてた。
どうやら智陽にもスターにも解けないらしい。
俺も関連しそうなワードを入れてみたが何一つヒットしなかった。
基本的な情報と鍵がかかった情報。つまり現状、収穫はなかった。
智陽が「見せてくれ」と頼んだときの反応も納得だ。
「まぁ、また何か思いついたら試してみる」
「うん。私も何か思いついたら挑戦してみる」
「ご馳走様でした。…何か難しい話してるね」
「食べ終わったなら続きやるぞ」
話に入ってきた由衣にそう言うとまたうめき声をあげる。
智陽の「今日もう少し頑張ったらあとが楽だよ」という言葉で由衣は再びペンを手に取った。
☆☆☆
「もう…無理です…」
「でもよく頑張ったよ」
「本当!?」
時刻は18時過ぎ。由衣は燃え尽きていた。真っ白に。
まぁ時間も時間だし、今日は解散で良いだろう。
そう思い、俺は自分が広げているものを片付け始める。
「で、どのくらい進んだんだ。」
「ん〜〜と……もうすぐ5割……かな?」
「…頑張ったな」
「本当!?やった〜!!」
由衣は両手を上げて喜ぶ。
俺の「ちゃんと終わらせないと意味ないぞ」という言葉は残念ながら届いていない。
それにしてもそんなに喜ぶことか…?
そんな疑問はさておき、ちゃんと終わらせてもらわないと困る。
…仕方ない、苦肉の策だがやるしかないか。
「由衣、お前明日は暇か?」
「何!?遊びに行くの!?」
「違う。明日もここに来て課題をやれ。見といてやるから」
「うっ……あ……明日は……用事が……あったようなぁ…」
「絶対ない反応でしょそれ」
「うぐぅ…………ありません……」
「決まりだな」
「で、でも特訓とかしなくていいの?」
「お前この暑さの中、外で体動かしたいか?」
「…嫌です」
「だろ。文句を言わず来い」
由衣は「そんな〜!!」と叫ぶ。
…実際この暑さの中、外で体を動かして熱中症になったら困る。
それに特訓中に澱みや堕ち星が出て、そのまま出撃となると…地獄だろう。
それに、由衣も志郎も澱み相手なら余裕があるほどには強くなった。あとは実戦を積むだけでも問題はないだろう。
最近入った鈴保は心配だが…まぁカバーすれば良い。
考え事から意識を外に戻す。
すると由衣は智陽に「海とか花火とか行きたくない?夏休みなんだよ?」と訴えていた。
まぁ、智陽に全部あっさり断られているんだが。
「早く片付けろ」
「2人とも酷い〜!」
「酷くない」
「…他2人も呼ぶか。友達で集まって勉強をするのもまた夏休みらしいだろ」
「そんな夏休みらしいの嫌だ〜!!前半の補習で十分だよぉ…」
「ま、志郎も終わってなさそうだし良いんじゃない?」
「だろ」
「あ!」
「何だ」
「…1つ、お願いがあります」
「どうしたの」
「もうすぐ近くの神社でお祭りがあるの覚えてる?」
「あぁ…あったね」
「それ…みんなで行きたいなぁ〜って…」
近くの神社。
そう言えば小学校の夏休みに行った記憶がある。
まだやってたのか。名前は…確か星鎖祭りだったか。
俺が記憶を辿っていると、由衣は智陽を必死で誘っている。残念ながらまた断られているが。
…仕方ない。
「わかった」
「行ってくれるの!?」
「ただし、課題が終わるか終わる目処がついたてたらな」
「うぅ………わかった!頑張ります!」
由衣が少し気合の入った声で返事をする。
実際行くのはめんどくさいが…由衣がやる気を出して課題をやってくれるなら仕方のないことだ。
「ところで…まー君今日どうする?」
「何がだ」
「お母さんまた「晩御飯食べにおいで」って言ってたたけど…」
「あぁ…」
最近は夜遅くまで由衣と一緒にいることもなかったので、1学期初めよりは白上家から足が遠のいていた。
それでも定期的に呼ばれていたが。
今日は課題の監視をしていたから疲れたんだが…
と悩んでいると由衣は何故か智陽を誘っていた。
「そうだ!智陽ちゃんも来ない?」
「何で?迷惑でしょ。」
「多分喜んでくれるよ?」
「…私は由衣の両親と面識ないから嫌だ。死ぬほど気まずい」
「そっかぁ……で、まー君どうする?」
「…お邪魔させてもらう」
「本当!?」
「あぁ。お前の両親に「明日も課題をやるのを監視します」って言う必要があるからな。そうしたら絶対来ないといけないだろ」
「いやいいよ!!そこまでしなくて!!」
「そうでもしないと逃げそうだからな。」
「何でそんな信頼ないの!?」
「今の…うちに…終わらせておくとっ…後半遊べるよっ…?」
智陽は何故か凄く笑ってる。何が面白いんだか…
由衣が「何でそんなに笑うの!?」と聞くが、智陽は笑って答えられない。
数秒後、この部屋に「そんなに笑わないで〜!!」という由衣の叫びが響いた。
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