第067話 取引
俺は今、堕ち星を探して市街地を歩き回っている。
最初の被害者と前回襲われていたのは同じ中学校の生徒だった。
そこから超常事件捜査班は堕ち星に成っている人間はその中学校の生徒、もしくはその2人の共通の友人とみて捜査を進めている。
一方、俺達は堕ち星を探してひたすらに街を歩き回っている。
犯人が特定できず目的もわからない以上、分かれて堕ち星を探して近い者が現場に向かうしかない。
あと焔さんはこの街を去った。また星座の力を探しに行くらしい。
それはありがたいのだが、連絡ができるようになって欲しい。
まぁ今回は前回できなかった、超常事件捜査班の丸岡刑事と会わせることは出来たので良しとするか。
それにしても堕ち星のあの分身をどう破るか。
俺の戦い方だと確実に倒すには詠唱する時間が必要だ。そうなるとやはり誰かに前衛を頼まないといけない。
無詠唱での威力が上げれれば良いんだが…。
考えながら歩いていると澱みの気配を感じた。
次の瞬間、街中に響く悲鳴。
近い。
そう思った俺は走り出す。
角を曲がり、人の流れに逆らいながら進む。
すると誰かに腕を掴まれた。
「真聡」
「日和、どうしてここに。」
「学校帰りに買い物してた。…また怪物が出たの?」
「あぁ。だからここから離れろ。…あと悪いが由衣にメッセージを送っておいてくれないか。」
「…わかった。」
突然会った日和と別れ、俺はまた走り出した。
☆☆☆
堕ち星はすぐに見つかった。
繁華街の歩道で男子中学生らしき人を襲っている。
やはり耳と尻尾から考えるにこぎつね座と考えていいだろう。
俺はこぎつね座の側面を狙い素手で火の弾を撃ち出す。
こぎつね座は着弾後にこちらを向きながら、後退する。
俺はこぎつね座の狙いが自分になるように引き付ける。
そして無詠唱で身体能力上昇魔術を使用しながらビルの間の路地に駆け込む。
ビルの間の細道を走りながらギアを喚び出し、プレートを生成する。
反対側に抜ける前に足を止め、振り返る。そしていつもの手順で左手を時計回りに1周させる。
その瞬間、こぎつね座飛びかかってくる。
しかし残念ながら弾き飛ばされた。
ギアにプレートを差し込み、12星座の紋章が出現したときから星鎧を生成するまでの間はいわゆる無敵状態になっている。
その間は星鎧を生成できる星力が周囲に集まっている。
それを貫けるものがいるなら本物の神ぐらいだろう。
俺は左腕を左にを伸ばし、目を隠すように目の前に戻す。
「星鎧生装。」
その言葉を唱えると共にギア上部のボタンを押す。
するとギア中心部から山羊座が飛び出し、俺の身体は光りに包まれる。
光の中で俺の身体は紺色のアンダースーツと紺色と黒色の鎧に包まれる。
そして、光は晴れる。
「また来たのかお前」
「お前が人に害を与える限り俺は来るぞ。」
「なんだよ…だから邪魔するなって言ってるだろ!」
その叫びと共に4体の分身が現れ、前後から飛びかかってくる。
しかし、俺も無策で来たわけではない。
俺は短く言葉を紡ぐ。
「風よ。吹き荒べ。空へと昇れ!」
俺の足元に白の魔法陣が現れる。そこから風が地上から空へ向けて吹き上がる。
こぎつね座の分身は風に阻まれる。
俺は杖を生成してからその風によって浮き上がる。
そしてビルの壁を蹴って、5階ほどの高さまで来た。
この高さがあればいけるはずだ。
俺は言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りし、こぎつねの座を洗い流し給え!」
杖先に青い魔法陣が現れ、そこから多量の水が溢れ出す。
その水はビル5階ほどの高さから滝のように地上へと落ちていく。
空から襲いくる水に5体のこぎつね座は為すすべなく呑み込まれる。
俺はビルの壁を飛び移りながら少しずつ地上へ降りる。
そして水が引くのに合わせて地面に降り立つ。
戦いの場には本物のこぎつね座だけが残った。
第2ラウンドだ。
俺は杖を消滅させ、距離を詰める。
その代わりに右腕に星力を集中し、言葉を紡ぐ。
「炎よ。我が右腕に宿りて、澱みを焼き尽くせ。」
そしてその右腕を打ち込む。
こぎつね座はその拳を両腕で防ぐが反動で後ろに下がる。
俺は追い討ちをかけるようにこぎつね座に問う。
「何故こんな事をする。」
「俺を裏切るからだよ!最初は一緒にやってたくせにさ!俺を必要としないやつなんてみんないなくなれば良いんだよ!」
その叫びと共にまた分身が現れる。
やはり無限に出せるのか?星力切れにはならないのか?
そんな疑問が頭をよぎるが、今は考えている場合ではない。分身の対処が先だ。
しかし、今度は前後だけではなく、上からもこぎつね座が襲いかかってくる。
残念ながら1度見せた手は通用しないようだ。
これでは上に逃げられない。
先程杖を消滅させたことを後悔している。詠唱する暇もない。負傷覚悟で切り抜けるか?
そう思ったとき、突如として視界が白くなる。
何も見えず、何が起きたかわからない。
この無防備な状態で道の真ん中に立つのは危険と判断した俺は左右わからないが移動をする。
するとビルの外壁だと思われるものに手が触れる。
俺はそれに背中を預け、耳に意識と魔力を集中させる。
聞こえる音は2つの足音。恐らく分身は消滅した。
代わりに何かが弾き合う音が聞こえる。
誰かが戦っているのか?
俺は急いで目を回復させるために魔力を集中させる。
視界が回復するまで長くはかからなかった。
俺は急いで状況を確認する。
こぎつね座と戦っていたのは左側だけが黄色の鎧の星座騎士。
双子座の佑希だ。
しかし、様子がおかしい。
攻撃に明らかな殺意がこもっている。
こぎつね座は応戦しているが逃げ腰だ。
そしてついにはこぎつね座は押し倒され、佑希の剣が喉元に突きつけられる。
止めなければ。
俺は急ぎ言葉を紡ぐ。
「草木よ。縛れ!」
左手が触れている外壁に緑の魔法陣が現れる。
そしてこぎつね座と佑希の真横の外壁から蔓が生え、両者に絡みついて引き離す。
俺は縛られている佑希の前に出て、今の行動を問う。
「お前、どういうつもりだ。」
「お前だって堕ち星を倒したいだろ。なら邪魔をするな。」
「今、お前は殺そうとしてたよな。」
「あぁ。堕ち星は人を傷つける。ならさっさと殺すべきだろ。」
その瞬間、蔓が引きちぎられる音がした。
しまった。詰めが甘かったか。
「何かよく知らないけど仲間割れしてくれてありがとう。ただもう邪魔するなよ!」
そう言い残し、こぎつね座は姿を消した。
佑希が追いかけようとするが、蔓の影響により動けない。
「真聡なぜ邪魔する。」
「それはこっちの言葉だ。何故殺そうとした。相手は堕ち星だが人間なんだぞ。」
「だからどうした。堕ち星である以上誰かを傷つける。ならば一刻でも早く殺しておくべきだろ!」
「堕ち星である以前に人間だ。あれにも家族はいる。「怪物になったから殺しました」なんて言えるのか。」
「…言える。怪物と成った家族なんて…必要ないだろ。」
「それは人によるだろ。奪った命は戻らない。殺したあとに返してくれと言われたらどうする。」
「それは…」
佑希は言葉に詰まる。
俺はこの際聞いておこうと思い、再会してから抱いていた疑問を口にする。
「佑希、お前…何があった。昔は殺意を出すようなやつじゃなかっただろ。それに…本当に佐希は、高校が忙しくて連絡できないのか。」
「………お前に、関係ないだろ。」
「そうかもな。…これだけは聞かせろ。お前はなぜ戦う。」
「…俺は、倒したい相手がいる。俺はそいつを倒すために星座騎士として、ミステリアスホルダーとして戦うことを決めたんだ。」
俺はその発言に衝撃を受ける。
佑希はミステリアスホルダーについて知っている。
つまり、協会についても知っていることになる。
俺は恐る恐る問う。
「待て。お前…聞いているのか。ホルダーの話を。」
「あぁ。焔さんから一通りの話は聞いている」
俺はその発言による衝撃で言葉に詰まる。
由衣達をこれ以上巻き込みたくはない。
だから誰にも協会関係の話はしないつもりだった。
まさか焔さんが喋ってしまっていたとは。
これは完全に想定外だ。由衣達が知ってしまうリスクが増えた。
俺は非常に困ってしまい、言葉が出てこない。
しかし、そんな俺の反応で佑希はこちらの状況を察したらしい。
「まさかお前…由衣達は何も知らないのか」
「…最低限のことしか話してない。」
「どうしてだ」
「これ以上…巻き込みたくない。」
沈黙が訪れる。
先に口を開いたのはまた佑希だった。
「よし。じゃあ取引しよう。俺は由衣達にホルダーや魔術師、協会に関することは何も話さない。あと今後お前の指示に全面的に従う。その代わりに、俺のことを詮索しないでくれ。俺の目的を…邪魔しないでくれ。」
飛び出したのは願ってもない条件だった。
だが、先程の殺意と会話から俺は妙な引っ掛かりを覚えていた。
しかし、1番避けたいのは由衣達が知ってしまうことだ。
「…わかった。条件を呑もう。だが1つだけ言わせろ。」
「聞くが…その前にこれ、解いてくれないか…?」
そう言われて気付いたが、俺達は星鎧も解かずに会話していた。もちろん、佑希を止めるために発動した草木魔術もそのままだった。
俺は慌てて魔術を解く。
そして2人は星鎧を消滅させ、元の制服姿に戻る。
「で、何だよ」
「あぁ。佑希」
そこまで口にしたとき「やっと見つけた!」と元気な路地に声が響いた。
「ってもう…終わってるね…」
「逃げられたんだ。由衣が来るのが遅かったせいじゃない。なぁ真聡」
「…そうだな。とりあえず移動しよう。」
そう言って俺は由衣の横を通り、路地を出る。
するとそこには…
「真聡」
「日和、帰ったんじゃなかったのか。」
「由衣への連絡を頼まれたから由衣が来るまで待ってた。それでそのままついてきた」
「…悪かったな。」
「別に。これぐらいは手伝う」
そんな話をしていると由衣と佑希が追いついてきた。
「あれ?日和」
「佑希?何で2人と一緒に…もしかして」
「…真聡。日和は…知ってるのか?」
「あぁ。軽くな。」
「うん。…そう、佑希も。」
「ねぇねぇ。ひーちゃんこのあと暇?良かったらさ」
「…ごめん。帰る。課題やらなきゃならないし。部活の課題もあるし。」
「…そういえば何部に入ってるんだ?」
「生物部」
「じゃあさ!一緒に帰ろうよ!」
「いい。1人で帰る。それに3人はまだすることがあるでしょ。…また学校でね。」
そう言って日和は帰っていってしまった。
由衣はものすごく残念そうにしている。
しかし、それを気にしてる場合ではない
「で、このあとどうする?」
「とりあえず超常事件捜査班に連絡する。その後は…作戦会議だな。そろそろ本気でこぎつね座の対策を考えなければならない。」
「だな。」
「由衣を頼むぞ。」
「はいよ」
そう言って俺はまた路地に戻り、スマホで電話をかけ始める。
結局、佑希に言葉の続きを言うことはできなかった。
「復讐心に囚われるな」と。
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