第056話 私の目的
スイッチを入れるとバチバチバチと電気が流れる音がする。
その音は俺1人しかいないビルのフロアに響く。
華山 智陽誘拐事件から数日後。
俺は警察からあのときに使われたスタンガンを預かっていた。
理由は改造されているからだ。
しかもそれはただの改造ではない。魔術による改造が行われていた。
恐らく使われているのは電流魔術と失神魔術。
電流魔術により身体を動けなくさせ、失神魔術で確実に気絶させる…という連携が狙いなのだろう。
しかし、問題はそこではない。
問題は何故あの男達がこのスタンガンを持っていたか。
わかってはいたが男達は魔術どころか、スタンガンが改造されていることすら知らなかった。
ではあのスタンガンはどこから?誰がこんな改造を?
一応俺も調べてみたが、残念ながら何もわからなかった。
そもそも俺は魔術師としては優秀でも何でもない。
そんな俺が使用された魔術から使った相手を探知できるわけがない。
男達もこれの送り主どころか、ギアとプレートを盗めと指示した相手すら知らないときた。
めんどうだ。しかし、気味が悪い。
俺は右手でスタンガンのスイッチを入れたり消したりしながら考える。
…やはり本部に報告して送り、調べてもらうべきか。
しかし誰が魔術をかけたか分からない以上、あまり不特定多数の手を経由したくない。
出来ることなら信頼できる人間に手渡しが1番なのだが…
「焔さんは今どこにいるんだよ…」とぼやいたそのとき、扉を叩く音がした。
俺は改造スタンガンをケースに戻し、ケースのロックをかける。
そして扉まで向かい、鍵を外して扉を開ける。
「来たよ!」
「やっと来たか…って全員いるのか」
ドアを開けると目の前に由衣が立っていた。そしてその後ろに志郎と鈴保もいる。
さらにその後ろには…
「…何で華山がいる」
「ほらやっぱり…」
誘拐事件の際に協力関係を終了した華山 智陽も来ていた。
今日は由衣から「話したいことがあるの。だからまー君の家に行くから出かけないでね!」というメッセージが来ていた。
「話したいこととは何だ?」と思っていったが華山を見て大体の事情はわかった。
「…話って華山についてか?」
「そう。まー君に聞いて欲しい話があるの」
「聞かない…と行ったら?」
「聞くだけ聞いてやれよ」
志郎のその言葉に俺はため息をつく。由衣が増えた気分だ。
だが聞くだけなら失うのは時間くらいだ。
そう思い俺は渋々4人を中に入れる。
「入れ。だが何も出ないぞ」
「わかってるよ。だから自分たちで買ってきた」
そう言いながら由衣と志郎はビニール袋をテーブルに置く。
1つ目の袋から紙コップと1リットルのペットボトルが出てくる。種類は炭酸とお茶とミルクティーとフルーツジュースが1本ずつ。
由衣はこういうとこ用意周到だよな…
呆れている間に全員が座ったので、俺は質問する。
「で、聞いて欲しい話とはなんだ」
「ちーちゃんを」
「由衣、ありがとう。でもここからは私が自分で話す。
…陰星、単刀直入に言う。私を、もう1回堕ち星との戦いに協力させて欲しい」
そうだと思った。こりてないのか華山は。
俺はため息をつく。
そんな俺を気にせず華山の言葉は続く。
「私には目的がある。その目的を果たすためには、やっぱり陰星達と行動して、堕ち星と戦うことだと思ってる。だからもう1回、私に協力させて欲しい」
「目的ってなんだ」
「もちろん全部話す。私の目的も、過去も。長くなるけど良い?」
俺が「昔話はそういうもんだろ」と返すと華山は話し始めた。
「まず、私はお母さんがもういないの。私が小さい頃に病気で亡くなった。だからその分、お父さんが寂しくないように頑張ってくれてた。私はそんなお父さんが好きだった。
でも、全てがそれで片付くわけでもなかった。
仕事の都合でお父さんが小学校のイベントに来れなかったときがあった。私は別に気にしてはいなかった。少し寂しくはあったけど。
だけど周りは残酷だった。私は事あるごとに「片親」とか「親無し」ってイジメられるようになった。
だけど私の不幸は、それで終わらなかった。小学校卒業して間もないある日。突然、お父さんが帰ってこなくなった。お父さんの職場に連絡してみても、いないと言われた。
職場は数週間後、閉鎖された。名前は…」
「「時代錯誤遺物研究所」」
華山と俺の声が重なる。
この場にいる全員が驚きの声と共に俺の顔を見る。
「知ってたの!?」
「いや、今の話を聞いていて推測した。本当に当たるとは思わなかったけどな」
「…やっぱり陰星は研究所のこと知ってたんだ」
「あぁ、俺の両親も同じ職場だったからな。…俺のお前の父親が疾走したのと同じ時期に事故で亡くなったが」
場の空気がさらに重くなるのを感じた。
まぁ、5人中2人が親がいないという話をすれば重くもなるか。
だが今の話の焦点はそこじゃない。
俺は華山に話の続きを頼む。
「お父さんがいなくなった私はお父さんの知り合いに手当たり次第連絡した。でも結局、何も情報を得られなかった。
私はあの日からずっと、お父さんを探してる。もちろん今も。
そして私は、ついに手がかりを見つけた。それが…」
「俺の使ってるギア…か」
「そう。私は何度か研究所に連れて行ってもらってた。そのときに研究室に保管されてるギアを見たことがある。それに、お父さんが残した研究資料にも書いてあった。
だから、ギアを使っている陰星に近づいた。一緒に行動すればお父さんについて何かわかるかもしれないと思って。
そして今、お父さんについて何もわかってない以上、やっぱり陰星を頼るしかないと思ってる。だからもう1度、私を堕ち星退治に協力させて欲しい。
これが私の過去と目的」
華山の事情はわかった。
協力の話を持ちかけてきたあの時から、何かあるとは思っていた。
…ここまで深刻な話だとは思わなかったが。
とりあえず俺は気になった点を聞く。
「いくつか質問いいか?」
「いいよ」
「華山はどうやって澱みや堕ち星が出現した場所を集めていたんだ?確か最初に消される前に見つけることができると言ってたよな?」
「それはこれを使ってるから」
華山が机に置いたのは彼女のスマホ。
スマホでどうやって?
無数の可能性が頭の中に浮かび上がる。
俺が結論を出すよりも先に、由衣が口を開いた。
「まさか…手作業?ずっと見てたってこと?」
「流石にそれは非現実的でしょ」
鈴保にツッコまれ「そうだよね…」と由衣は呟く。
俺以外に由衣にツッコんでくれるやつがいるの助かるな…
謎の感激を覚えていると華山が答えを口にする。
「まさか。正解は…スター、聞こえる?」
『はい。聞こえていますよ、チハル』
「「喋った!?」」
…喋ったな。
口には出さなかったが、由衣や志郎と同じ感想を持ってしまった。
「AIを使ってたの。名前はスターって言うらしい」
『はい。私の名前はスターです。よろしくお願いします』
「説明のために名前を言うと反応するの面倒…」
「言うらしいって?」
「多分お父さんが名付けただと思う。お父さんのパソコンに入ってたし。今も本体はパソコンにあって、私のスマホから本体に遠隔でアクセスしてる状態。」
「なんか良くわかんねぇけど凄いな…」
「AIをどうやって使ってたんだ。」
「ネット上に投稿されるものから、この街の澱みや堕ち星に関係ありそうなものを探してもらってるの。
ネットに投稿された瞬間にチェックが入るから、情報が消される前に複製が取れる。そこから信憑性が高そうなものを陰星たちに知らせてたって訳」
「AIって…凄いね…」
由衣と志郎がよくわかってなさそうな顔をしている。
いや、多分わかってますよ感を出してる鈴保もよくわかってないだろう。俺も本当に理解できているのか怪しい。
だが、どうやって澱みや堕ち星の出現情報を得ていたのかはわかった。
俺は次の質問をする。
「お前、一人暮らしなんだろ?」
「うん」
「生活費とかはどうしてるんだ。」
「あ、それ気になってた。どうしてるの?」
「お父さんの貯金があったから使わせてもらってる」
「…働き始めるまで足りるのか?」
「それが、月に一度数十万円ずつ振り込まれてる。月によってバラバラだけどね」
「…マジ?」
「マジ。私はそのお金を振り込んでくれているのはお父さんだと思う。きっと、どこかから。だから私は、お父さんは生きてると思ってる」
「誰か別の人が振り込んでる可能性もあるだろ」と言いたかった。しかし華山だってわかっていると思い、俺はその言葉を胸にしまう。
そして、俺は最後の質問を口にする。
「先に言うと、これは無理に答えなくて良い。…お前を監禁していた連中、あれは何者だ?」
その瞬間、華山の両手が強く握られたのを俺は見逃さなかった。
やはりこれは聞くべきではなかったか。
だが後悔しても仕方ない。聞かなければわからないんだ。
丸岡刑事からは「華山はいきなり誘拐された」と聞いていたが、俺は華山はまだ何かを隠している気がしていた。
「まー君もああ言ってるし無理にしなくていいよ…?」
「…いや、話す。全部話すって決めてたから。
私は高校に入ってからもお父さんの情報を集めてた。そんなある日、確か…7月前半くらい。いきなり私の携帯にメッセージが来た。「父親の情報を知りたければ、ギアと星座の力を奪ってこい」って内容だった」
「それって!!」
「由衣静かにしろ。…続きを話してくれ」
「…私は知りたくて「やる」と返事してしまった。でも、落ち着いてから気づいた。私なんかがみんなから、陰星からギアを奪えるわけがないって。
その日からずっと悩んでた。1度はみんなから無理やり奪おうかとも思った。すぐに無理だと思ったけど。
そしてある日、いきなりあいつらに誘拐された。
監禁されてからはずっとみんなを誘き出せと言われていた。でも、みんなに嘘は言いたくなかった。
だから私は渋々、澱みが出たときにどこに行ったかを教えていた。
あとは陰星の知っての通り。
残念ながら、あいつらが何者なのか。最初に連絡してきた奴は何者なのか。私も全く知らない」
俺は「そうか」と返事をして、俺の前に置いてある紙コップにミルクティーを注いで口に運ぶ。
その前後時期から華山と行動することが増え、距離が近くなってきたと思っていた。まさかそういうことだったとはな。
しかし、実は華山をどうするかはもう既に決めている。
注いだ分を飲み干した俺は、その答えを口にする。
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