第055話 その涙は

 陰星に怪物退治の協力は今日で終わりと言われた。

 ショックではあるけど、覚悟はしていた。むしろ、存在を消されたり記憶を消されるのを覚悟していたから安心した。


 しかし、お父さん探しは振り出しに戻った。


 これから1人でどうやって手がかりを探そう。

 この先の不安はある。不安しかない。

 でも、気持ちは少し楽になった。

 私は病室のベッドに背中を預け、横になる。


 これで、良かったんだ。これで。


 頭も心も空っぽにして目をつむる。

 しかし、人間の脳みそはそんなに単純ではない。

 数時間前までの監禁生活が頭の中でぐるぐると回る。


 その瞬間、病室の扉が再び勢いよく開いた。


「智陽ちゃん!!!……どうしたの?…大丈夫?」


 白上の声で私は我に返る。

 私はいつの間にか両手で掛け布団の端を握りしめていた。

 慌てて掛け布団から手を離して「何も無い。大丈夫」と返しながら、体を起こす。


 白上に続いて平原と砂山も病室に入ってくる。

 何で戻ってきたの。ほっといてよ。

 私は早く1人になりたくて、追い返そうと質問をする。


「何で戻ってきたの。」

「何でって…智陽ちゃんが心配だからに決まってるじゃん!」

「…私はもう、みんなの協力者じゃない。だから心配される理由はない」

「…協力者じゃなくても、私は智陽ちゃんの友達だよ?私は、友達が悩んでるなら全力で力になりたい」

「私は…白上のこと友達だなんて…」


 思っていない。

 私に友達なんていない。味方なんて、いない。

 そう思っているはずなのに、私は言葉を言い切ることができなかった。

 そんな私より先に、白上が口を開いた。


「智陽ちゃんが私のことを友達だと思ってなくても、私は友達だと思ってる。

 それに私達、遠足も一緒に行って、体育祭も楽しんだし、プラネタリウムにも行ったじゃん。あと期末テストの勉強会もしたじゃん。どれも私は楽しかったよ。

 智陽ちゃんは?」

「私は…」


 私だって楽しくなかったわけじゃない。どこかで楽しいと思っている自分もいた。

 だけど、私が陰星に近づき、このメンバーの行動に混じっているのは私がお父さんを探すためだ。


 友達になりたくて、一緒にいるわけじゃない。


 それにこの事を私は誰にも言ってない。無断で利用しているだけ。


 そんな私がみんなと一緒に何かを楽しむ資格なんてない。


 だけど、その言葉は喉で詰まる。口から出ない。

 するとまた白上が先に口を開いた。


「…今はまだ、友達と思われてなくても。私は諦めない。絶対智陽ちゃんと友達になるから」

「…私は…そんな風に思ってもらう資格はない。さっきも言ったけど私はみんなを騙して、利用しようとしてた。結果、私はみんなを不必要な危険に巻き込んだ。私はそんな酷い人。私はあなた達と…」


 私の言葉を遮るように白上が私の手を掴んだ。


「友達の資格って何?それに智陽ちゃんは自分のことを「私達を騙して、利用しようとしてた酷い人」って言うけど、私はそうは思わないよ。だって、私は智陽ちゃんが優しい人だって知ってる」

「優しさなんて…いくらでも誤魔化せる…」

「……確かにそうかもしれないよ。でも、今のその涙は嘘じゃないでしょ?」

「え?」


 タイミング良く平原が自分のスマホを渡してきたので、私はそれを受け取る。

 スマホはインカメラになっていて画面に私の顔が映る。


 そこに映ってる私は、確かに泣いていた。


「今、涙が出るってことは騙して利用してたことを後悔してるってことでしょ?なら、智陽ちゃんは優しいよ。智陽ちゃんは私達と同じ、普通の高校生だよ」


 私は何も言えない。

 とりあえず平原にスマホを返す。

 すると今度は砂山がポケットティッシュを渡してくれた。

 私はそれを受け取り涙を拭う。


「私は、智陽ちゃんの力になりたい。智陽ちゃんに目的があって私達に近づいたならそれを聞かせて欲しい。私に出来ることならなんだってする。まー君だって説得する」

「でも、私は…」


 今度は小学校の頃の記憶が蘇る。

 もう、あんな風に虐められたくない。

 だから、話せない。話したくない。

 悩んでいると、白上が突然大きな声を出した。


「…わかった!私だって覚悟決めた」

「…え?」

「…私は、自覚はなかったけど、まー君がいきなりいなくなった後、中学入ってから1年ぐらいは別人のように暗かったって友達に言われました!」

「何の…話?」


 その場にいた白上以外の全員が状況を理解できていない。

 白上はベッドそばの椅子に座り、顔を赤らめて下を向いている。

 いや…どういうこと?

 数十秒後、ようやく変な空気だということに気づいた白上が口を開いた。


「ほ、ほら!人の話したくない秘密を聞こうとしてるんだから、私があまり話したくない事を話せば平等かなって!」

「何だよそれ」「何それ」


 平原と砂山が笑い出す。

 2人の言うとおり。何それ。わけわかんない。

 そして2人は一通り笑ったあと、平原が話し始める。


「んじゃあ、俺もこの場にいて聞くことになるから言ったほうがいいよな。と言われてもなぁ……あ!あるわあるわ。

 俺はな。昔親父が怖かったんだ。というか泣き虫だったんだよな。」

「嘘でしょ!?」

「信じらんない…」

「やっぱりか〜。小学校の頃を知らない人にはみんなそう言われるんだよな〜」


 私だって信じられない。

 でも私は「人を殴ったって噂の彼」ではなく「本当の彼」を知ってる。

 だから少し納得できる気がした。


「最後!すずちゃん!」

「私…私は…あ、この1年が黒歴史。だからもうみんな知ってるから話すことはない」

「何それ!?」

「そんなのありかよ…」

「ないものはないの」


 白上と平原が「本当にないの?」と砂山にしつこく聞いている。

 砂山はそれを少し鬱陶しそうにあしらってる。

 確かにズルい気はする。でも、自暴自棄になってた話なんてあんまりしたくないと思う砂山の気持ちもわかる気がした。


「で、智陽の話が聞きたいんだけど?」


 砂山が2人の追求から逃げるように私に話を振ってきた。

 話したくはない。

 でも、ここまでしてもらって話さないのはかなり酷い人間だと思う。 

 それに、ここにいる人は他人を馬鹿になんてしない。

 だからきっと、話しても大丈夫。


 私は覚悟を決めて私の目的を、私の過去を話し始めた。


 ☆☆☆


「これで私の話は終わり」

「ち…智陽ちゃん!!!」


 話し終わると同時に白上が私の手をぎゅっと握りしめてきた。

 その目にはうっすら涙があった。

 え、何で泣いてるの?


「大変だったよね…辛かったよね…」

「ストップ由衣、話が進まないから」

「あっ…そうだよね…ごめん」


 砂山が言葉で白上は椅子に座りなおす。

 白上は私の手を離して、椅子に座りなおす。

 そして平原がこれからの課題について話し始める。


「つまり…やっぱり真聡に話をする必要がある…ってことだよな?」

「だよね。でも…大丈夫なの?あれ。話しに行ったら凄い口撃に合わない?」

「そんなことは…ないと思う」

「何で言いきれるの?」

「それは…ほら、しろ君ならわかると思うんだけど。最初にまー君と話したときって凄く怒ってたじゃん?」

「あぁ〜…そんな事もあったな…」

「でもあれってさ、今から考えると、私達が嫌いとかじゃなくてまー君なりの優しさだったって思わない?」

「確かに…」

「そして今回はさ、口数が少なかったじゃん?」

「そうだね。…あれ怒ってるから口数が少なかったんじゃないの?」


 白上は「う〜ん…」と悩み始める。

 私も砂山と同じ意見。

 私は白上や平原に怒ってたところを見てない。だから比較が出来ない。

 それに本気で怒ると淡々と怒る人もいる。

 今回の私がしたことから考えると、陰星が本気で怒っていてもおかしくはない。

 陰星が本気で怒ったところを見たことはないけど。


 私も私で考える。

 すると悩んでいた白上は言葉がまとまったらしく、再び口を開いた。


「ほら!この前智陽ちゃんさ、まー君に話し方について文句言ってくれたんでしょ?」

「うん」

「だったらやっぱりさ、本気では怒ってないと思うんだけど…」

「だから何でそう思うの?」

「本気で怒ってるんだったらもっと責める気がするんだよね……だから、まー君にも何か考えがあって協力を終わりにしようって言ったんじゃないかなぁ…」

「まぁ…ここでうだうだ言ってても仕方ねぇしよ。由衣の考え通りだとして話進めようぜ?」

「もし違うかったらどうするの」

「そのときは………俺も謝る」

「解決策になってる?それ…」


 砂山が平原に呆れてる。

 白上が話を進めようとしたそのとき、病室の扉が開いた。


「もうすぐ面会終了時間となりますので、面会の方は帰宅準備をお願いしますね」


 看護師はそれだけ言うと扉を閉め、去っていった。


「と、とりあえず!智陽ちゃんが退院できたら、みんなでまー君に話をしに行くってことで!」

「だな」「わかった」

「じゃあ今日は帰るね!また明日も来るから!ちーちゃん!」

「またな〜」「じゃあね」


 そう言い残して3人は帰っていった。

 騒がしかった…。

 私は疲れてベッドに倒れる。

 もともと疲労感はあったけど、さらにどっと疲れた気がする。


 もう1度、頭を空っぽにして目をつむる。

 私の意識はそのまま穴に落ちるように暗闇に落ちていく。


 次に目を覚ましたのは看護師に夜ご飯で起こされたときだった。



 怖い夢もフラッシュバックもなく、すっきりと目が覚めた。

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