第050話 逃げたくない

 私と梨奈りなの部活仲間である小坂こさか 颯馬そうまが異形の姿に変わった。

 これは堕ち星ってやつだと思う。


 梨奈が「颯馬………?嘘………嘘………」と口にしながら後退りする。

 しかし、残念ながらその言葉は颯馬の耳には届いていないらしい。


「お前ハ…俺ヲ……裏切っタ!」


 その瞬間、梨奈の身体が横に飛ぶ。

 そして河川敷の斜面を転がり落ちていく。


 私は梨奈の名前を呼びながら斜面を駆け下って追いかける。



 斜面の下で停止した梨奈の身体を揺すり、声を掛ける。



 しかし、返事はない。



 意識がない。



 颯馬が異形の姿の堕ち星になったショックで気を失ったのか、それとも頭を打ったのか。

 どっちかはわからない。

 でも頭からの出血は見当たらないから大怪我はしてないみたい。


「鈴保…俺ハ…お前ヲ…許さなイ!!」


 今度は私の身体が宙を舞う。

 そして背中に痛みを感じる。


 全身が痛く、何をされたかわからない。

 わかるのは私は颯馬に吹き飛ばされたってこと。

 今、目の前に見えるのは空だけ。


 そして、私の身体は地面に落下する。


 …早く逃げないと。


 私は何とか立ち上がって、状況を確認する。


 颯馬はさっき私がいた梨奈の隣からこちらに向かって歩いてきている。


 梨奈は動けないのに私の方へ来るってことは私が狙い?

 だったら私がここから逃げれば颯馬は私を追ってきて、梨奈から遠ざけることができる?


 でも、断言はできない。

 それに私が逃げれば梨奈を先に狙うかもしれない。


 だったら梨奈と一緒に逃げる?

 いや、無理。担いで逃げれない。


 そもそも私が颯馬から逃げ切れるわけがない。

 今は堕ち星になってるから絶対無理。


「お前さエ…いなけれバ……!!!」


 迷っているうちに颯馬が目の前まで来ていた。

 右足での蹴りが来た。

 私はそれをなんとか右に避けて転がり、距離を取る。


「颯馬!何でこんな事するの!?」

「うるさイ!!お前さエ…お前さエ…!!!」


 颯馬もう目の前にいる。

 速い。


 でも攻撃は見えた。

 足首を狙った蹴りをなんとか飛んで避ける。

 しかし、次の攻撃は見切れなかった。


 私の身体はまた宙を舞い、地面を転がる。

 頬を殴られたみたい。

 口の中が切れたのか血の味がする。



 ……何で私がこんな目に。



 何がいけなかったの?



 私が、ずっと部活から逃げてたから?



 私が、梨奈や颯馬とちゃんと話をしなかったから?



 私が怪我をして大会に出れなかったから?



 「これデ………終わりダ!!!」


 颯馬がまた目の前にいる。

 もう既に蹴りの構えに入ってる。


 私は倒れたところから上半身を起こした状態。

 たぶん首の辺りが狙われてる。



 ……結局、私の役目わかんなかったじゃん。


 陰星いんせいに悪態をつきながら私は目を閉じる。



 でも、颯馬に殺されるのはちょっと嫌だな。



 「終わらせるかよ!!志郎しろう!!」

 「おう!!」


 私はその声で目を開ける。

 颯馬は蔦で縛られてさっきよりも遠いところにいる。


 そんな颯馬に紺色と橙色の鎧が突撃する。

 颯馬は吹き飛ばされて地面を転がる。

 そして紺色と黒色の鎧が私の傍に来た。


砂山さやま、無事か」

「何とか。でも梨奈が…」

「梨奈ちゃんは大丈夫ー!!」


 声がする方向を見ると紺色と赤色の鎧が梨奈の傍にいた。

 声的に今隣りにいるのが陰星で梨奈の方にいるのが白上しらかみ

 となると消去法で橙色が平原ひらはらか。


「で、この堕ち星は」

「…小坂 颯馬。昨日から連絡が取れてなかった」

「長くて2日…か。2人!こいつも速いから気をつけろ!」

「おう!」「うん!」


 3人が颯馬との距離を詰める。


「邪魔ヲ……するナ!!!」


 その言葉と共にまた澱みが湧き出す。

 3人は行く手を阻まれる。


「またかよ!?」

「どれだけ湧くんだ…」


 3人は澱みと戦い始める。

 …颯馬は?

 あたりを見回すが、見当たらない。

 じゃあどこに?

 私が結論に至ると同時に颯馬の声が後からする。


「今度こソ!!!」


 間一髪、前に飛び込んで攻撃を避ける。


 そのまま横に転がり身体を起こす。



 …さっきから逃げてばっかり。もう疲れた。



 いや、逃げてばっかりなのはこの1年間ずっとだった。



 怪我をしたことから。


 大会に出れなかったことから。


 梨奈と颯馬から。


 部活から。学校から。


 何もかもから逃げてた。



 やっと前に進もうと思ったのに、これ。



 颯馬が距離を詰めてきてもう目の前にいる。

 そして蹴り、殴り、蹴り。

 私はそれを立ち上がって何とか避ける。


 そして上から拳が来る。

 それをなんとか受け止める。


 力が強すぎる。

 こんなの人間が受け止めれるものじゃない。


 私は押し負け、姿勢が低くなっていく。


 そこに足払いが飛んでくる。

 私は避けれず、体勢を崩す。


 そこに颯馬の蹴りが脇腹に叩き込まれる。

 吹き飛んで地面を転がる。



 もう、嫌だ。



 「すず…ほ…」


 私はその声で吹き飛ばされたときに閉じた目を開ける。


「すず…ほ…だいじょう…ぶ?」

「梨奈…」


 私は梨奈のすぐそばまで吹き飛んでいたらしい。

 意識が戻った梨奈が私を心配してくれている。


 私は颯馬の方を見る。

 首の後ろの鬣、頭の上から生えている耳、手足には蹄、そして尻尾。

 明らかに人間の姿ではない颯馬。


 そのとき、私は白上が星座騎士の説明のときに言った言葉を思い出した。


『堕ち星は人の良くない感情が刺激されてるんだって。だから言ってることは本当に思ってることを大げさに言ってるって思っていいってまー君が』


 つまり、今の颯馬も同じはず。

 それにこんな姿に成った颯馬を梨奈にこれ以上見せたくない。



 そっか。やっとわかった。



 颯馬がこっちへ来る。



 やり方は聞いている。



 覚悟は、できた。



「私はもう、逃げたくない!」


 左手から始まって全身に熱いエネルギーのようなものが回るのを感じる。

 私はお腹の上に左手をかざし、陰星がレプリギアと呼んでいたものを喚び出す。


 次に左手を私の顔辺り中心に時計に見立てて、7時の場所に掲げてプレートを生成する。

 そしてそれをレプリギアの上から入れて、左手を7時場所から時計回りで一周する。


 …ここからは自由って言ってたよね。

 ヤバい何も考えてない。

 でも迷ってる時間はない。何となくで決めるしかない。


 私は左手を引き、右手を前斜め上に突き出す。


「星鎧、生装!」


 その言葉と同時に右手でレプリギア上部のボタンを押す。

 するとレプリギアから蠍座が飛び出し、私の身体は光りに包まれる。


 光の中で私は紺色のアンダースーツと紺色と深紅色の鎧に包まれる。


 そして、光が晴れる。


 戦いたくはない。

 知らない誰かのために命なんてかけたくない。

 でも力があるのに戦わない、それで逃げ続けるのはもっと嫌。


 だったら私は、戦う方を選ぶ。


 颯馬はいつの間にか吹き飛んだらしい。

 だけどもう既に体勢を立て直してこっちへ向かって来てる。


「鈴保ォォォ!!!」

「調子に………乗るなっ!!!」


 私はそれを正面から殴り返す。

 話しても無駄ってことはわかってる。

 それでも私は自分の疑問を投げずにはいられなかった。


「颯馬!あんた何が不満なのよ!私が陸上から逃げたこと!?それとも私が戻ってきたこと!?」

「俺ハ………俺ハ……………違ウ…………違ウ!!!」


 また突っ込んでくる。

 さっきと同じように正面から殴ろうとするも、避けられた。

 代わりに颯馬からのパンチが飛んでくる。


 私はそれを何とか避ける。

 しかし、次の蹴りは避けられなかった。

 私はまた吹き飛ばされ、地面を転がる。


 でもさっきほど痛くない。

 私はすぐに立ち上がり、さっきの続きの言葉を叫ぶ。


「じゃあ何!?何が不満なの!?何でそんな姿になってまで梨奈や私を襲うの!?」

「俺ハ…俺ハ…!!!!」


 颯馬が頭を抱えだす。

 どういう事?

 さっきまであんなに殺意があったのに、今は全く感じられない。


 そう思った次の瞬間、颯馬の姿は目の前にあった。

 もう既にその異形の体は宙にあり、飛び蹴りの体勢に入っている。


 油断した。一瞬の油断が本当に命取りになった。


 しかし、颯馬の体は私の目の前から右側に吹き飛んでいく。

 代わりに私の前には星鎧を纏っている陰星が着地した。

 …また助けられた。


「無茶するな」

「…ありがと」

「澱みは片付けた。終わらせる」

「…うん」


 陰星は既に颯馬と距離を詰めている。

 私も後を追う。


 陰星は飛び上がり、炎を纏った右足で蹴りを叩き込む。


「俺もいるぜ!」


 平原が横から現れ、追撃を決める。

 私も追いついた。そして2人を追い抜く。


「元に…戻りなさいよ!!!!」


 右手を思いっきり振り抜く。

 その拳は颯馬に命中し、吹き飛ばす。


「すずちゃん左に避けて!!!」


 私はその声で左に移動する。


 すると私がいたところを大量の透明な羊が駆け抜けていく。

 その羊の群れは颯馬を飲み込んで、颯馬の中心に回り出す。



 羊の群れが消え去ると、そこには元の姿に戻った颯馬がいた。

 よくわからないけど、終わったってことかな。


 陰星、平原が颯馬の様子を確認して、何かを拾い上げた。

 そしてこちらを向いて話し出す。


「やっぱり子馬座だったか。というか、由衣。あの羊の動きなんだ」

「大きいの1匹よりも、小さいのが沢山の方が良いかなって思ったの。それなら回ったほうが良いかなって」

「…そうか。とりあえず、戦闘終了だ」

「おう!お疲れ!」

「お疲れ!…すずちゃん大丈夫?」

「鈴保…大丈夫?」


 いつの間にか元の人間の姿に戻った白上が隣にいた。梨奈も一緒にいた。

 白上に体を支えられているけど。


「レプリギアからプレートを抜き取れ。元の姿に戻れる」

「砂山…大丈夫か?」


 陰星も平原も既に元の姿に戻ってた。

 私は返事もせずに言われた通りにプレートを抜き取る。

 すると星鎧が光になって消え、私も元の姿に戻れた。


 さっきから頭がぼーっとする。

 立ってるのか座ってるのかすらわからない。



 そう思った次の瞬間、私の視界は暗転した。

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