第049話 力があるのに

鈴保すずほ…大丈夫?」

「何が?」

「部の空気…悪くなかった?」

「私が悪いんだから気にしてない」

「鈴保は強いね…」


 私が戦う力を押し付けられた日から数日経った。

 だけど、それまでと特に何か変わったわけではなかった。


 いや、それは嘘。部活に行くようになった。

 だから何も変わってないは嘘。


 あの日の翌日。

 陸上部の顧問の先生に謝るのと入部届けを書きに行った。

 そしたら顧問から「元から砂山は入部済みだぞ?」と言われた。

 入試の時期はヤケになってて、周りに言われるがまま試験を受けてた。


 だから私は、部活での実績も考慮される入試で合格したことを全く覚えていなかった。

 その試験で入学した生徒はその時点で強制入部の決まりだった。


 つまり私は推薦入試で入部してるけど無断で部活に来ない幽霊部員になってたらしい。

 …だいぶヤバい1年じゃん、私。


 ちなみに先生には全く怒られなかった。

 むしろ「やっとやる気になってくれたのか!」と喜ばれた。

 怒られるのを覚悟して行ったから肩透かしを食らった気分。

 安心したけど。


 でも先輩を初めとした他の部員には白い目で見られた。

 わかってたことだけど。


 そして今は部活帰りで梨奈りなと住宅街を歩いている。


「…今日も颯馬そうま、来なかったね」

「私が復帰したからでしょ」

「そんなことないよ…たぶん」


 私が陸上に復帰した。

 すると今度は私が復帰した翌日から颯馬が部活に来なくなっていた。

 それも


 どうやらメッセージを送っても既読すらつかないらしい。

 

「私のこと嫌ってたし、梨奈も私側についたと思ってスネてるんじゃない?」

「何それ…私はどっちかの味方とかじゃないんだけど…前はこんなんじゃなかったじゃん…」

「私に言われても困る」


 梨奈がため息をついてる。

 でも実際言われても困る。

 私としては颯馬が普通に話してくるなら普通に返すつもりだし。


「…鈴保は颯馬とこのままでいいの?」

「別にどっちでもいい」


 そう返事をしたとき、妙な感覚がした。

 周りの空気が少し濁ったような感覚。

 私は気味が悪くて辺りを見回す。


「どうしたの?」

「今なんか…変な感じが…」

「え…?…もしかして、この前あの怪物に刺されたのが」


 梨奈がそう言い切る前に地面から泥のような何が湧き出し、そして人の形になる。


 …これ澱みってやつだよね。

 とりあえず逃げないと。


 私は慌てる梨奈の手を掴み「逃げるよ!」と言いながら走り出す。

 そして走りながらメッセージから平原ひらはら 志郎しろうを探して、通話をかける。


「早く出て!」


 私の祈りが通じたのか平原は2コールで通話に出てくれた。


砂山さやまから通話なんて珍しいな!どうした?』

「どうしたじゃない!澱みに追われてるの!早く来て!」

『お、おう!場所は!?』

「学校の近く!走ってるから切るよ!」


 そう言って通話を切る。

 周りを確認すると澱みの姿は見当たらない。

 通話している間に数回道を曲がった。


 …逃げきれたと思って良いのかな。


 とりあえず、私達は足を止めて道の端で息を整える。

 流石に通話しながら走るのはキツい。

 それに運動部とは言えど復帰したてと、マネージャーだから体力がとてもあるわけでもない。


「もう追ってこない…?」

「たぶん。助けは呼んだから大丈夫」

「…助けってこの前の陰星いんせい君とか由衣ゆいちゃん?」

「…そう」

「…あのとき、鈴保に何が起きたの?」


 私は結局、梨奈に私に何が起きたかを話していなかった。

 陰星に「あまり人に話すな」と言われていたのもあるけれど、私自身が戦うつもりなんてないから言う必要もないと思っていた。


 でも、こうやって澱みとか堕ち星に遭遇するたびに助けが来るまで逃げ回らないといけない。



 私には、戦う力があるのに。



 「鈴保…大丈夫…?」という梨奈の言葉で我に返る。

 どうやら私は無意識に左手の甲を右手で握っていたみたい。

 「何もない。大丈夫。」と返したその瞬間、周りの地面からまた澱みが湧き出した。


 私はまた「逃げるよ!」と梨奈に声をかけて私達は走り出す。


 しかし、走り出した先の曲がり角からも澱みが現れる。

 逃げてきた方向と違うのに澱みが現れた。

 私達は足を止める。


 流石に私もおかしいと思った。

 でもそんなことは気にしてられない。

 今、私達は囲まれている。

 前からも後ろからも澱みが迫ってくる。



 でも、逃げる場所がない。



 そう思ったとき、誰かが私達の目の前に着地した。

 そして私達の目の前の澱みは炎に包まれた。


「2人共、怪我は?」

「陰星…」


 陰星 真聡が私達を澱みから守ってくれた。

 というか、生身で炎を出したの?


 衝撃を受けている私に陰星は「走れるなら走れ!」と叫ぶ。

 その声で私は我に返り、梨奈と一緒に前へ走り出す。



 走って。



 走って。



 走る。



 気がつくと河川敷にたどり着いていた。

 私達は足を止めて、再び上がった息を整える。


 陰星が来たということは、平原や白上も来てるはず。

 もう澱みは追ってこないはず。


 そう安心したとき、河川敷の道の上に人影を見つけた。

 その人影はゆっくりとこっちに歩いてくる。


「…颯馬?」


 その人影はどこからどう見ても、颯馬だった。

 3年の夏以降はほとんど会わなくなっていたけど、流石に見間違えるはずはない。


 昨日から連絡がついてなかった颯馬がなぜ今ここに?

 私はそんな疑問を抱いた。


 しかしその疑問について考える間もなく、梨奈は小走りで颯馬に向かっていく。

 私も後を追う。


「何でメッセージ返してくれないの!?というか2日間何してたの!?心配したんだよ!?」


 梨奈はそう言いながら颯馬の前で足を止めた。

 颯馬は何も言わない。

 近くに来てようやく私は気づいた。



 颯馬の顔色か明らかに悪いことに。




「梨奈…お前ハ…俺ヲ…俺ヲ…!」




 その言葉と同時に颯馬の姿が人ではない異形の怪物の姿に変わった。

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