第048話 戦いたくない

「で、今やってるのがギアをどこでも喚び出せるようにしてくれてるの!」

「はぁ…」


 俺達4人は砂山さやま 鈴保すずほが歩けるようになってから俺の家に移動してきた。


 砂山はあれから1時間も経たずに動けるようになった。

 そのため俺は砂山の体調不良を「蠍座に選ばれたためである」と結論付けた。

 おそらく、身体が星力に適応する際の副作用だろう。

 現代の人間は神秘に抵抗がないからそういうこともあるだろう。


 そして今は由衣ゆい志郎しろうが砂山に砂山の身体に起きたことや星座騎士について、そして澱みや堕ち星についての説明を行っている。

 一方、俺は予備のレプリギアを砂山が喚び出せるように魔術の調整を行っている。


 ちなみに華山はなやまも着いてきていてスマホを見ている。

 そして今、召喚魔術の調整が終わった。


 「終わったぞ」と俺が声をかけると、由衣が「ほらやってみて!こう!」とお腹の上に手をかざし自分のレプリギアを喚び出してみせる。

 砂山も同じようにお腹の上に手をかざすと、俺の目の前からレプリギアが消えて砂山のお腹に巻かれる。


「よし、これでいいな」

「…つまり私も戦えってこと?……私、戦いたくないんだけど」


 その一言で場の空気が凍りつく。

 由衣と志郎は固まっている。

 …そんなに衝撃を受けることか?


 しかし、由衣はすぐに我に返ったのか反論する。


「で、でもせっかく澱みとか堕ち星と戦えるようになったんだしさ?私達としても一緒に戦ってくれたら嬉しいんだけど…」

「せっかくって何?私はそもそも怪物と関わりたくもないの。今日は梨奈を守るために前に出ただけ。それなのに戦う力を与えられたなんて迷惑なんだけど。

 それに私は赤の他人のために自分の人生とか命とか投げ出せない」

「え、えぇ〜〜………」


 由衣は反論できないのか言葉に困ってる。

 志郎も同じように困ってるのか頭をかいている。


 まぁ、この2人は自分で望んで戦いに飛び込んできたからな。

 巻き込まれた側の気持ちは分からないだろう。

 仕方ないので俺は自分の考えを口にする。


「別に戦いたくないなら戦わなくて良いぞ」

「まー君!?」

「砂山の言うことはもっともだ。というか普通はこう言うだろう。

 人間、自分の人生を生き抜くので手一杯なのが普通だ。それなのに「自分の命とか人生とか二の次にして人の命守れ」だなんて本当にどうかしてる。

 ………お前らだって無理に戦わなくて良いんだぞ」


 またしても空気が凍りつく。

 何だ、変なこと言ったか?

 次に口開いたのは由衣だった。


「えっと………まー君……それは………冗談?」

「……冗談だ。」

「だよね!?びっくりしたぁ…」

「お前も冗談とか言うんだな…」


 別に冗談ではないんだが。

 しかし、ここでモメると面倒なことになるのは目に見えたので誤魔化すことにした。


「…「絶対戦え」とか言わないんだ」

「言わん。俺をなんだと思ってる」

「…口悪男」


 その一言に由衣、志郎、華山は吹き出すように笑う。

 やっぱり、ここには失礼なやつしかいないのか?

 しかし、気にしても無駄なので俺は無視して話を続ける。


「…だが悪いが、選ばれた人間から星座の力を切り離す方法はわからない。だからその方法がわかるまではそのままでいてもらうぞ」

「…左手もこのまま?」

「それは隠す。応急処置みたいなもんだが。左手触るぞ」

「うん」


 了承がもらえたので俺は砂山の隣に移動する。

 自分の左手の上に砂山の左手を乗せ、右手をその上にかざす。

 そして言葉を紡ぐ。


「蠍の座に選ばれた証である星座紋章。何人たりとも視る事、識る事、認識する事叶わず」


 すると砂山の左手の甲から星座紋章が見えなくなった。


「…え、どうなってるの?」

「強めの認識阻害の術をかけた。これで誰からも見えない。

 特に砂山が選ばれたという事実を知らない他人。つまりここにいる5人以外には左手の甲に星座紋章があることすら認識できないはずだ。

 ただ、見えないだけで星座に選ばれたという事実も繋がりも消えたわけではない。それだけは覚えておいてくれ。

 蠍座の力を借りようとすると今の術は効果がなくなり、星座紋章が出てくるからな」

「つまり?」

「今まで通り普通に生活してたら問題ない…ってことだろ?」

「あぁ」


 それを聞いた砂山は「な〜んだ」と言う。どうやら安心したらしい。


「で…帰っていい?」

「え、鈴保ちゃん帰っちゃうの!?」

「…陰星、帰っていい?」

「あぁ。ただ、もし身体に違和感を覚えたら連絡しろ。それと澱みや堕ち星を見かけても連絡しろ」

「…わかった。」


 そう言い残して砂山は鞄を持って帰っていった。

 そして扉が閉まる。


「ねぇ本当に良かったの?」

「俺も人数増えた方が助かると思うんだけどなぁ〜」

「本人が戦いたくないと言ってるんだ。無理強いできるか。それに無理やり戦わせて足引っ張られても困る」


 そう言い切ってから俺は椅子の背もたれに体を預ける。

 由衣と志郎と華山はそのまま何か話してるが、俺の耳には入らなかった。


 現状、へび座とからす座の堕ち星が倒せなくて困っている。

 それに加えて、蠍座に選ばれた砂山から蠍座の力を分離する方法を考える必要ができた。

 たださえこの街に戻ってきた理由である、魔力の異常の手がかりすら掴めていないのに。


 そしてさっきの戦い。

 あの澱みの湧き方はおかしい。

 澱みの発生原因の最有力説は地球に溜まった人間の負の感情だ。

 しかし人類70億人以上いるが、4月からの3ヶ月間で1つの街にこれだけ湧くのは流石に何かがおかしい。


 これだけ澱みが人型で湧くのは異常事態だ。

 そもそも澱みは人型を取らないはずだ。


 それに矢の雨。

 あれは明らかに星力を帯びていた攻撃だった。

 …あの矢を撃ったのは何者だ?


 考える事が多すぎる。


「あ〜………頭が痛ぇ」


 思わず言葉が口から零れ落ちた。

 だが幸運な事に、この呟きは誰にも届かなかった。

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