第046話 私のやりたいこと

 時間は陰星いんせい 真聡まさと達が情報共有していた頃まで遡る。


☆☆☆


 教室には午後からの部活に備えて昼を食べてる生徒たちの話し声が響いていた。


 聞こえてくるのは遊びに行く打ち合わせや、夏休みに何をするかといった内容。


 私はそんな教室に用事もないのにまだ残っていた。

 教室にいるのも嫌だったけど、家に帰る気にもならなかった。


 夏休み。


 やりたいこと。


 昨日、平原ひらはらと話したときからずっと自分のやりたいことを考えていた。


 でも結局、槍投げに戻ってきてしまった。

 だけど「本当にまたやりたいのか」という疑問が私の中にあった。


 それは梨奈りな颯馬そうまと会いたくないからか。


 また怪我するのが怖いからか。


 それとも本当にもうしたくないのか。


 理由はわからないけど、行動を起こす気になれなかった。


 だけど、学校にいても仕方ない。

 また梨奈とか颯馬に捕まって喧嘩を売られるなんて絶対に嫌だ。


 私は中身がほとんど入ってない鞄を持って下駄箱に向かう。



 廊下を歩いていると悲鳴が聞こえた。


 思わず足が止まる。


 絶対また怪物が出たんだ。

 最悪。

 もう関わりたくないんだけど。


 2回目にして少し慣れ始めてる自分がいた。

 まぁ、噂は前から聞いていたし。


 とりあえず、鉢合わせたくないから何とか避けて帰ろう。


 そう思ったとき、今度は誰かの話し声が聞こえた。


「また校内に怪物が出ましたよ!」

「2日連続じゃないですか!田村先生、どうなってるんですか!」

「もう既に陰星が戦ってますんで」

「そもそも、生徒に戦わせるのはどうなんですか!」

「それは田村先生ではなく、理事長の判断なので…」


 そしてため息が聞こえる。


 今のは教師同士の会話だろうか。

 でも私には関係ない。

 さっさと帰ろう。


 下駄箱に向けて歩き出そうとしたとき、今度は助けを呼ぶ声が聞こえた。


「先生!昨日襲われた人が、怪我をしてて逃げ遅れてるんです!」

「どっちだ!?」

「こっちです!」


 話し声は聞こえなくなり、足跡が遠ざかっていく。


 


 


 …きっと梨奈だ。

 昨日私を庇ったときに怪我をしてたんだ。



 次の瞬間、私は走り出していた。


 その行き先は下駄箱ではなく、遠ざかった足跡の方向へ。


 私は2階と1階の間の踊り場の窓から外を見る。


 やっぱり梨奈が昨日の巨大蠍に襲われていた。


 このままだと梨奈が危ない。


 それはわかってる。


 でも私はもう怪物とは関わりたくない。


 それに平原や陰星がいる。私が行く必要はない。



 でも……本当に?


 友達が怪物に襲われている。

 それを私は見てるだけでいいの?


 梨奈は昨日、私を怪我をしてでも助けてくれた。 


 なのに私は何もしなくていいの?


 私の、やりたいことは何?


 私は階段を駆け下りて、再び走り出す。


 途中で何故か立てかけてあった箒を持って走る。

 校舎の扉付近で集まっている先生達をかき分けて走る。


 そして、振り下ろされている蠍の尻尾を思いっきり箒で叩く。


 巨大蠍は驚いたのか後ろに下がった。

 私はそのまま巨大蠍と梨奈の間に入る。


鈴保すずほ…!?どうして…?」

「…私は、颯馬の言う通りずっと逃げてた。大事なときに怪我して、3年間の努力が無駄になったって思った。そう思ったら、もう何もかも嫌になった。

 そしたら学校に行く気力もなくなった。たまに行っても梨奈も颯馬もほとんど話しかけてこないから、私には本当に何もないんだと思った。もう私たちは友達じゃないんだって。

 だけど昨日、梨奈は私を庇ってくれた。足を怪我してでも。だから、今度は私が梨奈を助ける。

 私は、もう1回ちゃんと梨奈と話したい。これが、今の私のやりたいこと!」


 私は思ったことを全部口に出す。


 考えてたって、後悔したって、腐ってたって始まらない。


 前に進みたいなら行動を起こさないと始まらない。


 それにもし、人は役目を果たすまで死ねないのなら。


 まだ私の何か役目があるならここでは死なないはず。


 ここで死んだら、梨奈を助けることが私の役目だったってこと。


 …それはそれで悪くないと思った。

 だってどちらにしても、前に進むには何かをしないといけないんだから。


 巨大蠍の尻尾がもう一度振り下ろされる。

 私は持っている箒でその尻尾を弾き返そうとする。


 しかし、避けられた。逆に私の箒が弾き飛ばされた。


 そして、もう1度尻尾が振り下ろされる。

 私は反射的に両手を頭の上に上げる。


 次の瞬間、左手が刺された感じがした。


 そして左手に感じる激痛。


 その激痛はやがて全身に広がっていく。


 私の口から言葉にならない悲鳴が漏れ出す。


 梨奈が何か言っている。


 でも、私には何を言ってるか理解ができなかった。



 そして、私の視界は暗転した。

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