第044話 挫折

 私、砂山さやま 鈴保すずほは川にかかっている橋の欄干にもたれている。それはまるで干された布団のように。


 夜風が気持ちいい。

 夜でも蒸し暑い季節だけど、吹いてくる風はとても涼しくて気持ちがいい。

 だけどその風は、最悪な今日を吹き飛ばしてはくれなかった。

 私の頭の中でまた最悪な今日の振り返りが始まる。


 まず梨奈りなに捕まった。また「一緒に陸上をやろう」って言われた。

 するとそこに颯馬そうまもやってきて喧嘩になった。


 私は「陸上から逃げたやつ」だって。


 …颯馬に私の気持ちがわかるか。私の悔しさと、虚しさが。


 その後、怪物に襲われた。

 巨大な蠍だった。

 怪物の噂は聞いていたけど、実際に見たのは初めてだった。

 死ぬかと思ったけど、梨奈に庇われた。

 お陰で逃げれたけど、巨大蠍は私を追いかけてきた。


 …そういえば私をかばったとき、梨奈も転んでたよね。

 心配じゃないって言えば嘘になる。

 でも梨奈に連絡する気にはならなかった。


 梨奈からはメッセージが来てたけど。

 …なんなら親からもメッセージが来てたけど返す気にもならなかった。


 そして鎧を着たやつに助けられた。

 本当によくわかんないけど、中身は同じ星芒せいぼう高校の制服を着たやつだった。


 それにしてもムカつくやつだった。今思い出してもイライラしてくる。

 何で初対面のやつに言いたい放題言われないといけないの。

 でも1番ムカつくのは…


 ちょっとイライラしてきた次の瞬間、「ちょぉっと待ったぁ!!!」という大声と共に私の身体は後ろに引っ張られる。


 何!?不審者!?痴漢!?変質者!?


 とりあえず私は、両手で欄干掴む。

 離したら何されるかわからない。

 というか力強っ!?これ私両肩掴まれてる!?

 でも私は両手に力を入れて必死に抵抗する。


 ……でも少し冷静になってみると、私の肩を掴んでる推定不審者は何か言ってるよね?

 というか聞き覚えある声な気がするんだけど……。

 私は推定不審者の言葉に耳を傾ける。


「砂山!駄目だって!真聡ことは俺が代わりに謝るから!早まるなって!」



 ……これ、平原ひらはらじゃん。


 ☆☆☆


「あのさ、いきなり両肩を掴むのやめてくれない?不審者かと思って怖かったんだけど」

「それは本当に悪い…」


 私の両肩を掴んだのは平原だった。

 どうやらあれからずっと私を探してたらしい。

 そしてやっと見つけた私が橋の欄干もたれているのを、川に飛び込もうとしてると勘違いして慌てて引き止めようとしたらしい。


 そして落ち着いた私達は改めて橋の欄干にもたれながら話を始める。

 でも本当に怖かった。マジで不審者かと思った。

 怖かったけど、不審者じゃなくて知り合いで良かったと心底安心した私がいた。


「つまり…砂山は本当に死にたいなんて思ってないんだな?」

「だからさっきから無いって言ってるでしょ。あれはあまりにもイライラしてたから言っちゃっただけ。…八つ当たりみたいなもの」

「何だよ……」

「…怒った?」

「安心した…って言うほうが正しいかな」


 怒らないんだ。

 あれから約半日、探し回って結局無駄足だったのに。

 何?馬鹿だとは思ってたけどお人好しも極まってるの?

 そんな私を気にせず、平原は続けて私に質問を投げてくる。


「なぁ…砂山に何があったか聞かせれてくれねぇか?」

「何であなたに話さないといけないの」

「それは…そうだな…」


 「デリカシーとか無いの?」と言いそうになる。でも「平原はそういう配慮はできなさそう」と思ったので言うのをやめた。

 …でもちょうど気になってたから、さっきのやつについて聞いてみようかな。

 思い出すだけでもムカつくけど。


「さっきやつ誰なの?私に好き放題言ったやつ」

「あぁ〜…名前は陰星いんせい 真聡まさと

「陰星…真聡……。何なのあいつ。めっちゃムカつくんだけど」

「俺もあれはどうかと思うんだよな!自分の予想だけで人を決めつけるなって話だよな!」


 右手で作った拳で左の掌を軽く殴りながら平原はそう言った。

 一緒に怒ってくれてるのか、それとも平原自身も嫌だったのか。どっちなのかはわからないけど。

 でもそうじゃない。

 

「私が1番ムカついたのはそこじゃない」

「え?」

「初対面のくせに、私の言葉が嘘だってことを見抜かれたのが1番ムカつく」

「それって…」

「私、何もかもが嫌なの。過去も未来も街も世界も。…前に進めない自分も。もう何もかもが嫌」


 そう。私は自分が思ってることを初対面のやつに見抜かれたのが1番ムカついた。

 私のこと何も知らないやつに何がわかるって言うの。

 というか、私は何で平原にこんな話してるの。ただ同じクラスなだけのやつに。

 そう思ってると平原が急に大きな声を出した。

 私は反射的に文句を投げる。


「何!?急に大きな声出さないでくれる!?」

「あ、悪い…いやな、真聡が言うことってやっぱ間違ってねぇんだな〜って。口悪い癖に」

「…何であいつと友達やってるの」

「…きっかけを聞いてるのか?」

「違う。理由。…あいつの魅力とか」


 私は平原だって陰星ってやつの文句を言ってるのに「言うことに間違いはない」と断言する理由が気になった。


「そうだな…あいつ口は悪いし冷たいけれど、芯が通ってるんだよな。自分がやると決めたことはやるやつなんだよ。

 あと噂とかに流されず自分の目で見たもので考えてる。まぁ…単に噂を知らないだけってのもあるかもしれないけどな。

 それに、名前も知らない誰かを怪物から守るために戦えるか?

 俺はそういうとこが良いと思ったんだよな。でも口は悪いけどな!」


 そう言い切って平原は笑ってる。

 これ笑いどころなの?

 わからないからそこは無視する。


 でも陰星は実際、私をあの巨大蠍から助けてくれたときも正面から尻尾を受け止めてた。

 その後投げ飛ばされてたけど。

 もし私に同じことができるかって聞かれたらきっと無理。

 戦う力があってもできないと思う。


 そういえば平原は同級生を殴ったって噂があったっけ。

 私がそもそも人と関わるのを避けてたから気にしてなかったけど、実際喋ってみると平原はそんな人には思えない。


 ……きっと平原も色々大変だったんだろうな。


 何となくだけど、平原が陰星を評価する理由がわかった気がした。 

 そして私は何故か平原に質問をしていた。


「平原ってさ、挫折とかしたことある?」

「挫折?あ〜…あるにはあるな。一瞬で復活したけど」

「じゃあいい」


 やっぱり聞く相手を間違えた。

 この性格だから自分ですぐ復活できたとかそういうやつでしょ。


「いやいや!砂山ほどではないと思うけど、俺は俺で大変だったんだぞ?なんか自分でこう言うと不幸自慢みたいだな…」

「……わかった。聞く」


 まぁ、聞くだけなら損はしないし。聞いたのは私だし。

 平原は「まぁ、参考になる話かわからないけどな…」と言ってから話し始める。


「俺さ、兄貴だと思ってた人に殺されかけたんだよな。それとボロクソに恨んでるし憎んでるって言われたんだよ。それで1回心が折れちまってさ」

「待って。どういうこと?」

「あ~…その人、怪人になっちまってさ。それで普段思ってる事が誇張されたとか何とか…」


 あ、これ原理は本人もよくわかってないやつだ。

 私は早く話を進めて欲しいので続きを急かす。


 「んで、そんときに言われたんだよな。「兄貴と過ごした日々がどうあれ、俺の中にあるものは嘘じゃない。俺の中にあるものは簡単に消えたないだろ」って。

 その言葉で立ち直れたんだよな。あのときああ言われなかったら…俺はどうなってたんだろうな。

 ま、もしもの話なんかしてもしょうがないか!これが俺の挫折と復活」


 …思ったよりも重い話だった。軽く見積もってた自分を少し反省する。

 そして、私は私で覚悟を決める。


「…私はさ、陸上やってたんだよね。でも中学3年間の最後の大会直前で怪我して、出れなくなった。

 そこから何か、全部がどうでも良くなってさ。私、何のために頑張ってたんだろ〜って。

 そう思ったら部活も勉強も、学校も頑張る気がなくなったんだよね。そしたら挙句の果てには同じ部活のやつから「お前は陸上から逃げた」って言われるしさ。

 じゃあ、どうしろって言うの?どうしたら良いのかわかんないのにさ。」


 沈黙。

 道路を走る車の音、そしてかすかに風の音が聞こえる。

 少ししてから平原が口を開いた。


「…やりたいこと、やれば良いんじゃね?」

「だからそれがわかんないんだって」

「あ〜…うまく言えないけどさ、小さなことでも良いんじゃねぇか?

 あ、ほら。お前髪の毛、それ染めてるんだろ?」

「そうだけど」

「何で染めたんだ?」

「…何となく。気が晴れるかなって」

「それってつまり、少しはやりたいと思ってやったんだろ?

 染めたのと同じようにさ、少しでもやりたいと思ったことやれば良いんじゃねぇか?

 だって前に進むにしても、まずは一歩踏み出さないと進めないだろ?

 それに自分の人生なんだしさ、他人の言葉なんて気にしないで、好きなようにやれば良いんだよ!

 ま、人に迷惑をかけない範囲でだけどな〜」


 そう言い切るとまた平原はまた少し笑う。

 こいつよく笑うな…。

 少し呆れてる私を気にせず、平原の言葉は続く。


「それと、これは砂山が走ってった後に真聡が言ってたんだけど「人は産まれたからには何かしらの役目がある。それまでは死ねない」だってよ。俺にはよくわかんないんだけどさ」

「よくわかってないことを伝えないでくれる?何が言いたいの平原は」

「あ〜…まぁ俺が言いたいのは「その役目がわかるまでは自分のやりたいことをやれば良いんじゃねぇか?」ってこと。…さっきの話と同じか?これ」


 何それ。人間70億人以上いるのに全員に役目があるわけないじゃん。

 と反論しようかと思ったけど、平原は「人に何かを伝えるのって難しいな〜…」と呟いている。

 …反論するなら平原じゃなくて陰星にするべきか。


「…でもまぁ、少しだけスッキリしたかな」

「お、マジ?」

「少しだけね」


 今度はガッツポーズして喜んでる。

 本当になんなの?こいつ。

 私はそこまでして喜ぶ理由がわからなかったから見なかったことにする。

 何となくでスマホを見るともう21時を過ぎていた。


「…私。そろそろ家に帰ろうかな」


 そう言うと平原もポケットからスマホを取り出して時間を確認する。


「まぁ〜…こんな時間だもんな…」

「…付き合わせて悪かったね」

「いや、俺は…砂山のことが知れたし良かったかな」

「え、何それ。気持ち悪いんだけど」

「いや!変な意味じゃねぇって!」


 反射的に思ったことをそのまま言ってしまった。

 平原は慌ててる。

 どうやら私が悩みを話してくれて少しでもスッキリできたのが嬉しかったらしい。 

 …じゃあ、今のは素で言ったってこと?

 私はますます平原のことが理解できない気がした。


「まぁ…また何か困ったら相談してくれよ。聞くことしかできないかもしれないけどさ」

「調子に乗らないでくれる?」

「酷くないか!?」

「今のは冗談。……ありがと」


 私は平原に背を向けて家に帰ろうとする。

 私の背中に向けて平原の声が飛んできた。


「…また怪物に出会ったら知らせてくれよ。助けに行くから」


 私は振り返らずに言葉を返す。


「…平原も戦えるの?」

「真聡ほどじゃないけど…少しはな。それに、真聡もきっと来てくれる」


 陰星 真聡。

 本当によくわからない。

 口悪いし冷たいのにここまで誰かに信頼されてるなんて。


 それに、誰かのために自分を顧みず怪物と戦うなんて。正気とは思えない。

 でもまぁ、もう怪物とは関わらないでしょ。というか関わりたくないし。

 そう思いながら私は平原に「出会ったらね」とだけ答え、家に向かって歩き出した。

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