第042話 言葉の切れ味
階段を上り、ビルの5階フロアにある自宅にたどり着いた。
そしてドアの鍵を開けて中に入る。
「お邪魔しま〜す」
さて、あの蠍座をどうするか。
1番現実的なのは「戦って星力切れを起こさせて、プレートになったところを回収する」だろう。
わし座もそうやって回収した。
しかし、相手は12星座である蠍座だ。強敵であることは間違いない。
倒しきれるか不安だが、やるしかない。
しかし、欲を言うなら俺が蠍座の力も使えたらいいのだが。
ただ、1人が複数の星座の力を使うなんて先例は存在しない。
…星鎧生成したのが俺が史上初なので当たり前のことなんだが。
しかし、やってみないとわからないのも事実だ。
幸い、俺が実験で使う用のレプリギアをまた1つ作って届けてもらった。
ギアが複数あれば複数の星座を使えるのかを試せる。
まぁわし座やはえ座では無理だったが…。
しかし、12星座であれば話は変わるかもしれない。
現在、星鎧が生成できたのは12星座だけだ。
データ収集という意味でも蠍座はなんとしても回収したい。
こんなときこそ
棚や協会から貰った記録が入ったノートパソコンを見ながら考えていると、誰かの声が俺の耳に入った。
「
「…待て、何でお前がいる」
声がした方向を見ると
「追いついたときには声をかけたし、入るときもしっかりお邪魔しますって言ったよ?」
…全く気づいてなかった。いや、気にしていなかったの間違いか。
言われてみれば途中で声をかけられた覚えがある。
この部屋にも一緒に入ってきた気がする。
どうやら誰かと行動を共にする時間が増えすぎて、人と行動することに違和感を覚えなくなっているのかもしれない。
考え事をしながら歩くのも気をつけないといけないが、もう少し気を引き締めないとな…。
俺は自分の変化に呆れながら華山に疑問を投げかける。
「何でついてきた。というかお前、普通に俺達と行動するようになってきたよな」
「悪い?」
「いや、変わったなと思っただけだ」
華山からの返事はない。
おかしいと思い手元のパソコンから彼女に視線を移すと凄い目で見られていた。
…どういう感情だ?あの目は。
しばらく視線が合い続ける。
先に口を開いたのは華山だった。
「前に陰星君が私に口調について質問したの覚えてる?」
「あぁ…したな。それがどうした?」
「今頃答えるけど、絶対直した方が良いよ」
「何だ、さっきの話か?俺は事実を言っただけだぞ」
「あのね、例え事実でも言わない方がいいことだってあるの。事実は人を傷つけることもあるから。だから、もうちょっと言葉の切れ味を落とした方がいいよ」
「…だが鋭くないと、負けるだけだぞ」
「…言いたいことはわかるけどさ。今陰星君が戦うのは怪物であって、人じゃないでしょ」
それはそうだ。
星芒高校は同級生が敵だったあの学校とは違う。
…あの学校の連中は思い出すだけでも忌々しい。
自分の記憶に悪態をついていると、華山は追い討ちをかけてきた。
「それに怪物の情報収集のためには、人と話すことだって多くなるでしょ。だったら絶対言葉遣い直したほうがいい。せめてもっとオブラートに包んで話せるようになった方が良いと思う」
確かにそうだ。
まず戦いはどれくらい続くかわからない。
これから、どれだけ初対面の人と会話することになるかわからない。
華山の言うことはもっともだ。
それに以前に志郎や
…流石に何とかするか。
「…善処はする」
「それと、今度
「それは相手次第だ」
華山がため息をついた。
これはおそらく呆れによるため息だろう。流石にわかる。
そのため息以降、華山は話しかけてこない。
俺はパソコンに視線を戻して、情報整理作業に戻った。
☆☆☆
7月中旬の日差しは暑い。体を動かすのには不向きだ。
こまめに休憩を入れる必要が出てくるため、効率が悪い。
室内訓練場がある協会が羨ましい。
俺も一応、世の平和と世界の秘密を守る為に戦っているんだ。もう少し優遇してくれても良いだろ。
やはり、今の協会の上層部はケチだ。
心のなかでそんな悪態を付きながら俺はいつもの駐車場跡地の小さな日陰に仰向けに倒れ込む。
蠍座をどうやって倒そうか。
決め手になりそうなものが見つからない。
それにからす座も現れる可能性がある。
…どうしたものか。
日差しが痛いので、目を右手で覆いながら考える。
そこに突然額に冷たいものが乗ったのを感じた。
俺は反射的に左手でそれを掴む。
この形は…ペットボトルか?
するとペットボトルを置いたやつの声が頭の上から聞こえる。
「勢い怖い」
「周りが見えてないやつの額に無言で物を置くな。というか、帰ったんじゃなかったのか」
右手をどけて、目を開ける。
すると華山 智陽が俺の顔を覗き込む形でしゃがんでいた。
ここに移動するときには着いてきていたが、いつの間にかいなくなっていた。
俺は帰ったと思っていたんだが…
「家から保冷バッグ持ってきて、それ買ってきたの。あげる」
掴んだペットボトルを見ると、スポーツドリンクだった。
まぁ…ありがたく頂くか……それにしても華山はこんなやつだったか?
スポーツドリンクを見つめながら考えていると華山が口を開いた。
「もしかして甘いもののほうが良かった?流石にこっちの方が良いと思ってそれにしたんだけど」
「いや、そうじゃない。…お前、こんなに気の利くやつだったか?」
「陰星君は私をなんだと思ってるの?私は無闇に人と仲良くしないだけ」
まぁ、言いたいことはわからんでもない。
華山は周りに興味がないタイプだと思っていたが、もしかしたら誤解しているのかもしれない。
俺は貰ったものを飲みながらそんな事を考えた。
すると華山からさらに言葉が飛んできた。
「私も質問して良い?3つほど」
「答えるとは限らん」
「…じゃあ1つ目。何でそこまでして戦うの?」
定期的に聞かれるな、これ。というか華山には前に言った気がするんだが…
「…俺がやるべき事をやってるだけだ」
「それは陰星君じゃないと駄目なの?」
「…それもある。あとは自分のためだ」
「自分のため?…人を助けるのが趣味なの?」
「違う」
「じゃあ何で?」
「これ以上は答えん」
華山は「そ」と言いながら持っているビニール袋からアイスを取り出し、外袋を開けて食べ始める。
…こいつ実は自分のアイスのついでに俺に差し入れを買ってきたのか?
そんな無粋な考えが浮かんだが、口の悪さが怒られたばかりなので流石に口に出すのはやめた。
「2つ目。じゃあ普通の犯罪とか見かけたらどうするの?」
「どういう意味だ」
「助けるのか。無視するのか。どっち?」
つまりさっきの質問の続きか?角度を変えて俺の本性を探りたいのか?
…それは嫌だが、この質問はさっきと角度が違うから答えることにした。
「規模による。そういう方面では俺は普通の高校生と変わらない。ひったくりや泥棒なら犯人の妨害をする。規模が大きいものなら警察に連絡する。それだけだ」
そう答えると華山は「ふぅ〜ん」と言いながら、棒アイスを口に運ぶ。
…凄く適当に聞かれている気がするが、まぁ気にしないでおこう。
「最後の質問。星座の力って1人1つしか使えないの?」
「今のところはな」
「不便だとかは思わないの?他にも回収はしてるんでしょ?」
「…使えたらと思うことはあるな」
「使えたら…と思う…ねぇ」と言いながら華山は食べ終わったアイスの棒をアイスの袋に入れる。
最後の質問だけ先の2つと方向性が違うことに俺は違和感を覚えたが、答えても支障はない内容だ。 そのため俺は気にしないことにした。
その代わりに、俺ももう1つ質問をすることにした。
「華山、お前何でここまでついてきた」
「暇だから。それと、私がいたら陰星君がスマホ見てなくても、2人から連絡が来たら伝えれるでしょ?」
確かにそうだな。魔術を調整している最中などにスマホが鳴ってても気づける自信がない。
俺は「そうか」とだけ言い、立ち上がる。
もう少し蠍座とからす座の対策を考えるか。
だがその前に、もう1つ言い忘れてたことがあるのを思い出す。
「…スポーツドリンク。ありがとな」
「どーいたしまして」
しかし、結局その日は澱みも堕ち星も星座概念体も現れなかった。
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