第041話 ほっといてよ

 星鎧を纏ったまま住宅街を走る。

 あまりこの姿で走りたくないのだが、今回は状況が状況だ。


 巨大な蠍が現れ、どこかへ消えた。

 まだそう遠くへは行ってないはずだ。

 俺はわずかに蠍が残していったと思われる、星力の残滓を頼りに本体の居場所を探す。


 あれの正体はおそらく蠍座の概念体だろう。

 しかし何故12星座である蠍座の概念体が現れた?何が狙いだ?

 それ以前に星座概念体はわからないことだらけだ。

 今回の件で何かわかるといいのだが…。


 そう考えているとまた悲鳴が聞こえた。

 ここから遠くない。


 俺は聞こえた方向に走る。


 その路地に着くと、星芒せいぼう高校の制服を着た金髪の女子生徒が蠍座概念体に襲われていた。

 また尻尾が振り下ろされようとしている。

 俺は何とかその生徒の正面に周って、尻尾を受け止める。


 受け止めたものの体勢が悪かったため、尻尾の先が右腕に触れてしまった。

 毒を食らってピンチになるのもうゴメンだ。

 さっさと蠍座を倒さなければ。


 俺は全力で術を発動するべく、言葉を紡ぐ。


「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、荒ぶる蠍の座をも焼き尽くす炎となれ!」


 すると俺の手から炎が燃え上がる。

 今は蠍座の尻尾を掴んでいるので、当然その炎は蠍座に牙を剥く。


 やはり熱いらしく、蠍座は俺を振りほどこうと尻尾をブンブンと振り回す。

 残念ながら流石にサイズ差があるので、俺は吹き飛ばされ蠍座の後ろに落下する。


 このままだと女子生徒が危ない。

 そう思ったとき、蠍座は地面に溶けるように消えていった。

 もう蠍座の星力も感じられない。

 …どうやら完全に逃げられたらしい。


 そう思った瞬間、星鎧が消滅する。

 抗毒魔術を使っていたため、星鎧を維持できるほどの星力がもうないらしい。


 …まぁ今回は戦闘が終了したので影響はないが。

 ただ右腕は少し痛む。


 とりあえず、俺は女子生徒のところへ向かう。

 女子生徒は既に立ち上がっていた。

 というか前に会った事がある気がするな。


「怪我は」

「…何で助けたの」


 思わず「は?」と言いそうになるのを飲み込む。

 いや別に礼が欲しくてやってるわけではない。

 しかし怪我の有無を聞いたのにこっちが責められると「は?」とも言いたくなる。

 「助けないほうが良かったのか?」と口を開きかけたとき、騒がしい奴らが追いついてきた。


「やっと追いついた…ってもう終わってるね…」

真聡まさと、大丈夫か…って砂山?」

平原ひらはら……?何、あんたもこいつの仲間なの?」


 砂山と言う名前を聞いてようやく思い出した。

 体育祭で志郎しろうを呼びに来てたやつか。

 

 星芒学園は一応髪を染めてても校則違反ではない学校だが、基本的に染めてるやつはいない。

 だからこそ金髪は印象に残っていた。


 …つまりさっき由衣ゆいが止めようとした喧嘩をしてたのはこいつか。

 無言で記憶を辿っていると砂山さやま 鈴保すずほの矛先が俺に向いた。


「で、あんた。何で助けたの」

「お前を助けたわけじゃない。怪物に襲われているやつがいたから助けただけだ。何だ、助けて欲しくなかったのか?」


 砂山 鈴保から返事はない。

 由衣が「何で喧嘩腰なの!?」って言ってくるので「事実を言っただけだ」と返す。

 俺は喧嘩をしてるつもりはないし、喧嘩売ってるならそれは向こうだからな。

 そして砂山 鈴保がようやく口を開いた。


「…助けてなんて頼んでない」

「いや砂山、お前死ぬところだったんだぞ?その言い方はどうなんだよ…」

「別に。死んだっていい。むしろそっちの方が良い。」

「ちょっと何言ってるの!?」

「死んだっていい…か。本当に死にたいと思うなら、怪物に襲われて死ぬなんて不確定な方法を選ぶよりも、身投げや首吊りなど確実に死ねる方法が良いんじゃないか?」

「いやまー君も何言ってるの!?」

「それを選ばないってことは、死ぬのが怖いんじゃないのか?」

「うっさい!ほっといってよ!」

「あぁ。お前がどうしようが俺は知らん。好きにしろ。俺はただ怪物に襲われている人がいたら助ける。それが誰であろうと、自分の人生を終わらせて欲しいって願ってる人であろうともな。

 それにお前、本当は死にたいとは思ってないだろ。どちらかと言うと全部が嫌になってるだけだろ」

「うっさい!!!あんたに私の何がわかるのよ!!!」


 砂山 鈴保はそう叫んで、走ってどこかへ行った。


 …こいつがもし、蠍座に狙われているなら毎回こんな遣り取りをするのか?

 面倒なやつだと考えていると背中と頭に痛みを感じた。

 振り返ると由衣と志郎が凄まじい形相で立っていた。


「何考えてんの!?」

「何がだよ」

「砂山の口も悪かったが、お前もなんてこと言ってるんだよ!?」

「あ?」

「死にたがってる人に死ぬことを進めるようなこと言う?」


 華山はなやまも2人の後ろにいたらしく、会話に参加してきた。

 こいつら、俺が最後に言った言葉を聞いてなかったのか?

 仕方なく俺は自分の発言の理由を説明し始める。


「さっきも言ったが、砂山 鈴保…だっけか。あいつは死ぬつもりなんてないぞ」

「「え?」」

「あいつは死のうと思ってるやつの目じゃなかった。あれはどっちかと言うと何かを諦めきれてない目だ。だからあいつは自殺なんてしない」


 そもそも、本当に死にたいのなら概念体を見て逃げないだろう。

 逃げるということはまだ生きていたいと思っている証拠だ。


 それに俺は、前に一度本気で死のうとしていたやつを止めたことがある。

 そいつと比べると砂山 鈴保はまだ生きることに未練が多そうだ。


「いや、そんなのでわかんないでしょ!?」

「それにな。人間は産まれたからには大なり小なり何かしらの役目がある。その役目が終わらない以上死にたいと思っても死ねないんだよ。何故か生きることになる。

 例え、どれだけ死にたいと思っても、あの日あの時死ねれ良かったと思ってもな」

「…何だよそれ、それに結果論だろ。砂山がこのあと自殺したらどうするんだよ!お前のせいになるんだぞ!」

「死なねぇよ、あいつは」

「何でそんな自信満々に言えんだよ!…とにかく!俺は砂山を探しに行くからな。」

「私も行く」

「好きにしろ。俺はすることがあるから帰る」


 由衣と志郎が文句を言ってるが俺は気にせず家に向けて歩き出した。

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