第036話 黒服の男
「娘に付き合ってもらってすまないね」
「いえいえ!私こそ星座について色々な話を詳しくわかりやすく教えてもらって楽しかったです!」
男性学芸員は
彼は娘が褒められたからか、少し照れくさそうに笑ってる。
見鏡先輩は父親が科学館の学芸員のため、小さい頃からよく科学館に来ていたらしい。
そのため、ここまで星座のことが好きになったとかなんとか。
今は見鏡先輩の父親の案内でこの館にある天文台に案内してもらっている。
とは言っても入口までだが。
流石に学芸員の身内がいるとは言え、見学イベント以外では中に入れてもらえないようだ。
天文台へ向かって歩いているとき、黒服の男が前から歩いてきた。
その男は何食わぬ顔で俺達とすれ違い歩いていく。
その男に違和感を覚えた俺は見鏡先輩に小声で質問する。
「見鏡先輩はここの学芸員の顔をほとんど覚えているんですか?」
「まぁ、大体の人は…」
「今すれ違った人に見覚えは?」
「そう言われると…始めて見た気がするわ…」
その言葉を聞いて俺が覚えた違和感は確信に変わった。
俺は振り返り、黒服の男の背中に言葉を投げる。
「おいお前。ここで何してる?」
黒服の男は振り返ることなく、俺の言葉に答える。
「ちょっと迷ってしまってね。来た道を戻るところだよ」
優しい、言うなれば王子様のような喋り方。
だが俺の耳には胡散臭さしか残らなかった。
由衣が「ちょっと何してるの!?」と言っているが、俺は気に留めず言葉を続ける。
「普通の人にはそれで通るだろうな。だが、俺は誤魔化せないぞ。堕ち星!」
俺が覚えた違和感。
それは黒服の男とすれ違ったときに僅かに感じた澱みの気配だった。
普通の堕ち星は澱みを抑えることは基本ない。
しかし、この男は意図的に抑えている。
つまり、この男は手練れだ。
しばしの沈黙の後、黒服の男は言葉を発する。
「…バレないようにコソコソしてたのにバレちゃったか。君、もしかして噂の山羊座君?」
「その言い方は初対面か。蛇ではないなら何座だお前」
「それは秘密だ。ここで戦っても良いんだけど…今日のやることはもう終わってるんだよね。だから帰らせてもらうよ」
男がそう言い切ると澱みが一斉に湧き出す。
そこまで広くない通路に、かなりの数の澱みが現れた。
もちろん俺達は囲まれている。
黒服の男は澱みが湧いたのを見ると、立ち去っていった。
このままだとあの男に逃げられる。
俺は急いで指示を出す。
「
「まー君はどうするの!?」
「あいつを追う。ここは任せるぞ」
由衣と志郎が何か言ってるが、今は揉めている場合ではない。
俺は左手を男が逃げた方向に構え、短く言葉を紡ぐ。
「風よ、吹き荒べ。澱みを吹き飛ばせ!」
左手を中心に前方に向けて突風が吹く。
澱みは吹き飛ばされ、消滅していく。
そして俺は自分に認識阻害と身体能力向上の魔術をかけながら走り出す。
館内はまだ騒ぎになってなかった。
だとすると恐らくあいつは普通に出口から出たはずだ。
そう考えた俺は出口に向かって走る。
科学館の出たところで黒服の男に追いついた。
雨はまだ降っている。
男は傘をさして、科学館から立ち去ろうとしていた。
一方、追いついた俺は傘をさしていない。
だが、防水魔術を使用していたので濡れてはいなかった。
「追いついたぞ、堕ち星」
「おっと。追いついてくるとね。じゃあちょっと相手をしてあげようかな?」
その言葉と同時に黒服の男の姿は異形の姿へと変わる。
背中から翼が生え、口のあたりに嘴が現れる。そして全身は黒い羽毛に包まれている。
「その姿…からす座だな?」
「正解~!」
そう言いながら、からす座は羽根を飛ばしてくる。
俺はそれを横に転がって避ける。
俺は転がりながらもギアを呼び出し、立ち上がりいつもの手順で星鎧を身に纏う。
「やっぱり君が山羊座か……じゃあお手並み拝見といこうかな?」
からす座は飛び上がったかと思うと、こちらに突っ込んできた。
俺はそれを受け止め、力比べが始まる。
最初は互角と思えたが、俺は押し負けた。
俺は体勢を崩す前に受け流すようにからす座をそらして横に転がる。
やはり、この堕ち星は強い。
正面からやり合うのはよくない。
ならばどう攻めるべきか。
その答えはすぐに思いついた。
なぜなら、今日の天気は雨だ。成功するイメージはできてる。
からす座がもう一度羽根を飛ばしてくる。
俺は体の前で左手を払い、風の壁を作り防ぐ。
そして右手で杖を生成し、言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りしカラスの座を貫き給え」
唱える終わると同時に、杖先をからす座に向ける。
すると周りの雨水や地面の水たまりが手の平ほどの水球になった後、一斉にからす座に向かって飛んでいく。
その水弾が逃げるからす座を追いかける様子は、まるでアニメなどである追尾するレーザーのようだ。
からす座は逃げ続け、水弾を壁や水弾同士、さらには自分の羽根などで潰して減らしていく。
それに対して、俺は減った分を補充するように落ちてくる雨水に星力を与え、水弾にする。
そして、からす座を追尾させる。
勝ったのは俺の水弾生成速度だった。
からす座は水弾に囲まれ、四方から水弾に被弾する。
からす座の姿は多量の水が衝突したことにより見えなくなる。
ひとまずは一撃を入れた。次はどう来る?
そう考えた瞬間、俺は真上から黒い何かが落ちてくることに気がついた。
からす座だ。やつがかかと落としで突っ込んできた。
俺はそれをギリギリの所で避けて、地面を転がる。
からす座は先程まで俺が立っていたところに立っている。
「外したかぁ…。ところで俺、濡れると飛べなくなるんだけど。それをわかってて今の攻撃をしたの?」
「あぁ。鳥は濡れると羽の油分がなくなって飛べなくなるんだろ?だがお前は飛んでいる。何故だ?」
「単純だよ。上に逃げたから当たっていない。それだけのことさ。」
なるほどな。
確かに俺が操れるのは俺の周りの雨水だけだ。
上空の雨水はコントロールができない。
となると仕留めるなら、からす座が逃げ回るなら俺も追いかけて、適度な間合いを保たないといけない。
しかし、俺の魔術では鳥のように飛ぶことは不可能だ。
ならば。
奥の手を出すしかない。
俺はギアから山羊座のプレートを抜き取る。
そしていつも持ち歩いてはいた、わし座のプレートを取り出してギアに差し込む。
俺は集中し、身体の中の魔力回路を駆け巡る星力を再認識する。
大丈夫だ。今の俺はあの頃よりも強い。
そして俺は言葉を紡ぐ。
「星鎧 生装」
その瞬間、身体中に激痛が走る。
堪えろ。今あいつを倒すにはこの方法しかない。
だから何としても成功させなければならない。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、それも虚しく星鎧は消滅してしまった。
俺は痛みに耐えれず、地面に膝をつく。
この失敗が致命的な隙となった。
「何か面白そうなことしてるけど、失敗したみたいだね」
ゴロゴロと雷鳴が響いている。
俺は痛む身体をおして、ギアにもう一度山羊座のプレートを差し直す。
「そうはさせないよ?」
既にからす座は目の前いた。
そして蹴りが俺の鳩尾に入る。
俺は吹き飛び、地面を転がる。
「君を倒しておくと蛇君が喜ぶと思うんだよね。だから悪いけど、ここで死んでもらうよ?それに、隙を晒した君が悪いんだから」
またもやからす座は既に目の前にいた。
右足は既に上げられており、俺に向かって振り下ろされた。
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