第033話 機嫌が悪そうな人

 照りつける日差し。

 梅雨入りしたと聞いたが、今日はその話を疑いたくなるぐらいの雲一つ無い青空が広がっていた。


 いや、梅雨に入ったとはいえ毎日雨じゃないことぐらいわかってる。

 だが、今日という1日校庭に居ないといけない日に限って何で雲が1つもないんだと少し恨めしく思った。

 若干不機嫌な俺とは対照的に、星芒せいぼう高校の校庭は楽しそうな熱気に包まれていた。


 そう、今日は体育祭。

 別に俺としてはどうでもいいというのが1番の感想だ。

 めんどくさいので休みたかったのだが…由衣ゆいがうるさいのと、色々と融通してくれる担任のタムセンに悪い。

 そのため、諦めて校庭に設置されたテントのうち、隅にある陰に座っている。


 まぁ結局、由衣は来てもテンションが高くうるさかったのだが。

 やたら写真を撮ろうだのなんだかんだうるさい。


 だが今はどこかに行っており、俺は1人で座っている。平和だ。

 しかし、その平和もすぐに終わりを迎えた。


「まー君!まー君!来て!急いで!大至急!!!」

「あ?なんだよ」

「説明は後!良いから来て!お願い!まー君の力が必要なの!」


 と言いながらも由衣は俺の手を掴み引っ張っている。

 拒否しても引きずっていかれるやつだろ、これ。

 俺は諦めて立ち上がり、着いていく。


 俺の力が必要ってなんだ?

 今澱みや堕ち星が出たわけでもあるまいし。


 そう考えながら連れて行かれたのは自分のクラスのテント。

 ロープを挟んでトラック側に誰かがいる。あれは…


長沢ながさわ 麻優まゆ?」

「麻優ちゃん!連れてきたよ!」

「ありがと由衣!真聡まさと君!ほら行くよ!」


 今度は長沢 麻優に腕を掴まれトラックを縦断する。

 辿り着いたのは運営テント。

 …どういう状況だ?


「はい!お願いします!」


 長沢 麻優は勢いよく持っていた紙を渡す。

 そして、渡された体育委員の生徒は少し驚いた顔をした後、俺のことを見てる。めっちゃ見てる。

 そして数秒ほど見られ頷いた。


「合格です」

「やったぁ!流石真聡君!友達で良かったよ〜!」

「は?」


 「訳が分からん。説明しろ」と言う前に俺達は誘導され、トラックの中で座らされる。

 そして、スピーカーから放送部の実況が響く。


『今、3組が1位でゴールしました!他のクラスも頑張ってください!』


「説明しろ。」

「え、本気で言ってる?……あ、もしかして今何の競技してるかわかってない?」

「興味ないからな」


 長沢 麻優は信じられないって顔をしてる。

 悪いかよ。

 そして競技名を聞こうとしたとき、他のクラスが順番にゴールし、何もわからないまま競技が終了した。


☆☆☆


 退場門には由衣、日和ひより、そして華山はなやま 智陽ちはるがいた。

 合流し5人で退場門から離れる。

 歩きながら会話が始まった。


「2人ともお疲れ〜!!まー君大活躍だったね!」

「いやぁ、本当に大活躍だったよ〜。真聡君が友達でいてくれて本当に助かったよ」

「おかげで1着だったもんね!…で、お題何だったの?麻優ちゃんお題見た瞬間直に私のとこに来たけど…」

「あぁそれはね。「機嫌が悪そうな人」だったんだ…」


 その瞬間、俺以外の4人が全員笑い出す。

 普段あまり笑うところを見ない、日和と華山ですら笑っていた。

 というか、さっきのは借り物競争だったのか。

 いやお題としてどうなんだ。色々怒られそうなお題を混ぜるな。


「それ…間違いない…!まー君が1番だよ…!」

「白上さんに同意。陰星君なら間違いなく1番」

「…お前ら失礼じゃないか?」

「文句が言いたいならその前髪と目つきを直すべき」


 日和のツッコミは間違っていない。

 「前髪で目が隠れていて目つきが悪い」と言われたら機嫌が悪いと言われても仕方はないかもしれない。

 いや、それでも失礼だろ。

 それに俺は目つきを意図的に悪くしてるわけじゃない。何なら自覚はないぞ。


 そんな会話をしているうちに、最初にいた校庭端のテントに辿り着いた。

 俺は反論するのもめんどくさくなったので諦めて座る。

 すると、4人もそのまま座った。


「そうだ真聡君、髪型変えたかったらうちに来なよ!」

「そう言えば、麻優ちゃんの家は美容室なんだっけ?」

「そうそう!」


 そこから始まる雑談。

 …何でここでするんだ。

 そう疑問に思ったとき、もう1人の元気なやつが現れた。


「ここにいたのか!見てたぜ〜さっきの!」

「あ、志郎しろう君!お疲れ〜!」

「おう、お疲れ!で、さっきのお題何だったんだ?」

「それがね…機嫌が悪そうな人だったんだって!」


 平原 志郎は思いっきり笑い始める。

 やっぱりこいつら失礼だな?

 というより…


「何でお前ら集ってくるんだよ」

「え?」


 全員が俺の方を見る。

 次に口を開いたのは由衣だった。


「やっぱり機嫌悪いじゃん!」

「違う。理由を聞いてるんだ。疑問を口にしたら悪いか」


 そう言うと微妙な空気になった。

 「何だよこいつら」と思いながら俺は話を続ける。


「由衣と日和はわかる。あと、志郎もな。そっち2人、長沢と華山は何でだ」


 実際、他にも友人が多い長沢と人と関わるのが好きじゃない華山がここにいるのが不思議だった。

 先に口を開いたのは長沢だった。


「私は…真聡君が面白いからかな?あとはちゃんと友達になりたいな〜って」


 よくわからない理由だ。ちゃんと友達になりたいってなんだ。

 俺は「俺のどこが面白いんだ」と返しながら次に華山に理由を聞く。


「私はどこ行ってもうるさいから、まだあなた達の側にいた方がマシかなって。その方が変な言いがかりもつけられないだろうし」


 それもそれでどういう理由だよ。俺達は隠れ蓑か。

 華山 智陽は何を考えているかわからない。

 黙って考えていると今度は由衣が口を開いた。


「…いや別に理由なくていいでしょ。楽しければそれで良いじゃん!」

「そうそう。真聡君は難しく考えすぎなんじゃない?」


 由衣と長沢は「ね〜!」と言い合う。

 仲いいなこいつら。


 そこからまた雑談が始まる。

 わざわざ移動するのも面倒なので諦める。

 すると今度は志郎が話しかけてきた。


「真聡…お前、由衣以外の女子にもその話し方なんだな…」

「何が言いたい」

「え、怒らねぇ?」

「怒らん。ここまで言われて止める方が気になる。言え」

「そうか?いやぁ……お前もう少し普通に喋れねぇのか?」

「普通とはなんだ」

「あ~こう…なんというかよ?もう少し…優しく?丁寧に?喋れねぇのか?」

「別に必要ないだろ。それに必要な会話はしてるだろ」

「あ~……まぁいいか!それはお前の自由だもんな!この話は忘れてくれ!」


 こいつもこいつで何だ。必要な会話はしてるから良いだろ。

 俺がそう考えているとき、志郎を呼ぶ声がした。

 「ん?誰か俺を呼んだか?」と志郎は聞いてくる。

 しかし、ここにいる5人は誰も呼んでないため全員が否定する。


「平原。やっと見つけた」

「おぉ!砂山じゃねぇか!どうした?」

 

 女子生徒が現れた。

 スポーツ少女のような外見、だか髪の毛が金色に染まっているため…少しグレてるような印象を受ける。

 由衣が横から志郎に誰かを聞いている。

 名前は砂山さやま 鈴保すずほ。志郎と同じクラスで体育委員らしい。


「で、何しに来たんだ?」

「何しに来たじゃないでしょ。集合時間なのにあんたがいつまでも来ないから探しに来たんだけど」

「あっ……悪い!急いで行くわ!じゃあみんなまたな!」


 そう言って志郎は走っていく。砂山 鈴保も去っていく。


「あれ?私たちももうすぐ集合だよね?」

「そうね。もう行っとく?」

「行こっか!じゃあまた後でね〜!」


 そう言って、由衣と日和は去っていく。

 あの2人はどうやら同じ競技に出るらしい。

 こうして俺と長沢と華山が残された。


「みんな行っちゃったね〜」

「私は静かな方がいい」

「同じく」


 そして訪れる沈黙。

 ただでさえ周りが騒がしいんだから、少しぐらい静かな方が良い。

 しかし、長沢は嫌なようだ。


「ねぇ、なんか話すことない?」

「「ない」」


 華山と否定する声が重なる。前にもあったなこんなこと。

 長沢は何やら不満そうだが「まぁ、これはこれで悪くないよね」と言い口を閉じる。

 

 生徒たちの声が校庭に響いている。


 俺は別に高校生活を送るためにこの街に戻ってきたんじゃない。

 この街で観測された魔力の異常を調べるために来たんだ。

 だから俺は、こんなことをしてる場合ではない。

 だが、情報を集めるためには普通に生活をしなければならない。

 悩ましいところだ。


 …普通と言えば、やっぱりさっきの志郎の話が引っかかっていた。

 俺は残った2人に聞いてみる。


「2人、俺の話し方どう思う?」

「どう思うって…急にどうしたの?」

「さっき「もう少し丁寧にとか優しく喋れないのか」と言われた」

「誰に」

「お前らが知らないやつだ」


 志郎はさっきの一瞬しか一緒にいなかったので、2人からすれば知らないやつだろう。

 2人は黙り込む。

 先に口を開いたのは長沢だった。


 「まぁ、私は慣れたからなんとも思わないけど…変えようと思うなら変えたら良いんじゃない?

 それに…真聡君、実は顔は良いから喋り方を優し〜くしたらモテるんじゃない?」

「そういう話ではない。そもそも興味がない」

「だよね~…ま、もう少し丁寧な喋り方の方が人当たりはいいと思うけど、真聡君の自由だと思うよ?」

「そうか。…華山は」

「私はノーコメントで。人当たりが悪いのは人のこと言えないから」

「そうか」


 再び沈黙が訪れ、盛り上がる生徒の声だけが響く。

 そこに放送部の声が響いた。


「次の競技は、二人三脚です!」


「二人三脚は由衣ちゃんと…日和ちゃん?も出るよね。せっかくだし見に行かない?」


 長沢に言われて俺は考える。

 面倒くさいから行きたくない。

 しかし、行かないと確実に戻ってきた由衣に何か言われるのは間違いないだろう。

 絶対文句を言われる。


「…行くか」

「え、行くの」

「ちょっと予想外」


 2人がなんか言っているが、面倒くさいので俺は聞こえてない振りをして立ち上が。

 そして、トラックの方へ向けて歩き出した。



 ちなみに、由衣のペアは1位でゴールした。

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