第032話 俺の兄貴だ!
あれから数日後。
勝二兄が心配だった俺は真聡に合わせてくれと頼み込んだ。
するとその日の夕方には、面会していいって許可を取ってくれた。
性格に難ありだけど、優しいよな。あいつ。
そして休日の今日。
俺は電車で
「やっぱり本物の都会って違うよねぇ〜!!」
「…今日は面会と情報収集に来たんだ。遊びに来た訳じゃないぞ」
「わかってます〜!!」
何故か真聡と
…1人で行くって言ったんだけどな。
…由衣は遊びに来たわけじゃ…ないよな?
病院の受付は真聡がしてくれた。
少し待たされたが、結構すぐに面会の許可が下りた。
勝二兄の病室は3階らしく、俺達は病室に向かう。
病室近くまで来たとき、真聡が驚くことを言った。
「じゃあ、また後でな」
「一緒に来ねぇのか?」
「私達は別に会う人がいるから」
「あ?聞いてないぞ」
「え?言ってないの?」
「最低限聞いて欲しいことは言っただろ」
「違うでしょ!?」「違うだろ!?」
俺と由衣の驚きの声が重なる。
真聡ってあれだよな。言葉が足りねぇ。
そしてこの顔は何で突っ込まれたかわかってねぇ顔だ。
真聡に聞いても無駄だと思い、俺は由衣に事情を聞く。
「…誰に会うんだ?」
「もう1人、堕ち星から人間に戻った小野君もここに入院してるの。私たちは小野君から話を聞いてくるから、勝二さんからは志郎君にお願いするって話だったんだけど…」
「だからそのために聞いて欲しいことを言っておいただろ」
「いやだから、そうじゃねぇだろ!?別行動なら先にそう伝えておいてくれよ…」
「…あぁ。そういうことか。悪かったな」
「はぁ…」と俺と由衣はため息をつく。
いや、こんな言い合いをしてる場合じゃねぇ。
勝二兄に会いに来たんだから。
「じゃあ、行ってくるわ」と言って俺は病室をノックして勝二兄に呼びかける。
少ししてから中から「どうぞ」と返事があったので俺は病室の中に入る。
病室のベッドの上では勝二兄が横になっていた。
顔色は昔と比べると悪いが、堕ち星になっていたときと比べると格段に良さそうだった。
俺はベッドの脇に椅子を持っていって座る。
「勝二兄、具合はどうだ?」
「あぁ…だいぶ良くなってきた」
「そっか」
訪れる沈黙。
大事な兄弟子とはいえ、あんな事があったからなんて声をかけたらいいかわからねぇ。
困っていると先に勝二兄が口を開いた。
「…もう2度と会ってくれないかと思った」
「何言ってんだよ。会いに来るに決まってるだろ」
「だが俺は…許されないことをした。断片的にしか覚えていないけど、
「…でもそれは、あの力でおかしくなってたからだろ?」
「…そうかもしれない」
「だろ?だったら何も問題はないだろ」
「でも、違うかもしれない。あの言葉はずっと心のどこかで思ってた」
俺はその言葉に言葉を失う。
勝二兄は言葉を続ける。
「俺はずっと、志郎が羨ましかったんだ。先生は怒ったら怖いが、仲の良い家族。そしてお前は、先に習っていた年上の俺を追い抜いて強くなっていく。それが…羨ましかった」
「…でもだからと言って、それが理由で俺を殺そうと思ったり、俺の人生をめちゃくちゃにしてやろうと思ったことはなかっただろ」
「…あぁ」
「誰かを羨ましいと思うなんて普通だろ。俺は今だって強くて優しい勝二兄が羨ましくて憧れだと思ってるぜ?
それに、優しいお袋も妹もいて親父も立派な人なんだろ?」
「……それは違う」
「え?」
勝二兄は窓の外に視線を向ける。
不味いことを聞いたかもしれねぇ。
しかし、勝二兄はゆっくりとだが話を続けてくれた。
「…怪物になった俺にお前は確か、なぜ空手を始めたかって聞いたよな。原因は…父親だ。
俺の父親は…酷い人だった。働かず、昼間から家で酒をずっと飲んでた。
外出したかと思うと、パチンコで負けたとか言って金をよこせと母さんを殴るような酷い父親だった。
流石に母さんも危険を感じたんだと思う。俺が小学生の頃に母さんは俺と妹を連れて家を出た。でも俺は、あのときの記憶が忘れられなかった。あのときの恐怖がずっと俺の中にあったんだ。
そんなとき、お前の家の空手道場を知ったんだ。俺は自分が強くなれば、恐怖が消えると思った。俺が強くなれば、母さんと妹を守れると思ったんだ。
それが空手を始めた理由だ」
「じゃあ、勝二兄も俺と同じじゃねぇか。誰かを守りたいから空手を始めたんだろ?やっぱり勝二兄は優しい勝二兄のままだって」
「でも俺は…怪物になった。人を襲った」
「…なぁ、何で怪物になったんだ?突然なるわけじゃないだろ?」
「…覚えてないんだ」
「覚えてない?」
「…あぁ」
「…そうなる前に何があったかとか聞かせてくれないか?もちろん、無理にとは言わないけどよ…」
勝二兄は窓の外を見てる。
顔が見えないからどういう感情なのか余計わかんねぇ。
でも勝二兄はぽつりぽつりと話してくれた。
「…この前の連休だ。そのときに父親が現れたんだ。俺1人で出かけてるときだった。
あいつは俺だとわかると殴りかかってきた。俺はあいつを母さんと妹に近づかせたなくて必死に抗った。
父親は強かった。落ちてる物を拾って武器として使ってくるし、確実に急所を狙ってきた。
俺が長い間抵抗するから人が集まってきて、警察も呼ばれたから父親は逃げていった。
そのとき俺は思ったんだ。「俺ってまだまだ弱いんだな」って。
その後からは記憶が断片的にしかない。気づいたら…怪物になってたんだ」
「…全身鱗の怪物に覚えはないか?」
「…誰かと話した記憶はあるんだが…それがどんなやつかは覚えていない」
「そうか…。俺は全身鱗の怪物に無理やり力を与えられそうになったから、勝二兄もかと思ったけど…覚えてないのか…」
「志郎も…?」
「あぁ、でもいらねぇって抵抗してたら何故か力が手に入った。真聡は選ばれたって言ってたな…」
「やっぱり、お前は強いな。俺とは全然違う…」
「だぁぁぁもう!!」
俺はじれったくなって立ち上がり、ベッドの反対側に周って勝二兄の正面に立つ。
「俺は!ずっと勝二兄の強さとか優しさに憧れて、ずっと追いかけてきた!それは勝二兄がどうであろうとも、怪物になろうともその日々は消えねぇ!
もしまた勝二兄がおかしくなったら今度も俺が止める!勝二兄はいつまでも俺の兄貴だ!
それに、話聞いた感じ勝二兄は悪くねぇだろ!
悪いのは大事な家族に酷いことをする父親と、心の弱みに付け込んで勝二兄を怪物にしたやつだ!だから勝二兄は悪くねぇ!
だから…もう自分のこと責めるのやめてくれよ…」
勝二兄から返事はない。
…何か間違ったこと言ったか?
内心不安になっていると、ようやく勝二兄は口を開いた。
「…でもお前に酷いことを言って、お前を殺そうとした事実は消えない。それでもお前は俺のことを兄貴って言ってくれるのか?」
「だから言ってるだろ!勝二兄はいつまでも俺の兄貴だって!
俺と勝二兄の絆は1回怪物になったぐらいじゃ壊れねぇよ。
だからまた、俺に稽古つけてくれよ。な?」
「…どっちかと言うと俺が稽古をつけられるんじゃないのか?」
ようやく勝二兄の顔に笑顔が戻った。
一安心した俺も思わず笑顔になる。
少し笑いながら、俺は言葉を返す。
「でも勝二兄、あの足癖で反撃を誘ってそこからさらに反撃するのは流石だと思ったぜ?俺にはとっさにあんな賢いことできねぇよ」
「…ありがとな。でもあの癖、そろそろ直さないとなぁ」
勝二兄は少し声を出して笑う。
俺も釣られて笑う。
病室には少し控えめの笑い声が響いた。
☆☆☆
その後はしばらく世間話ってやつをした。
勝二兄の大学生活や俺の高校生活の話をした。
まぁ、俺の高校生活の大半は真聡と由衣の話なんだけどな。
俺は噂のせいで他の生徒にはなんとなく避けられてるから。
面会終了時間が迫ってきたので俺は帰る準備をする。
「じゃあ勝二兄、また来るからな!」
「お前も忙しいだろうから、無理に来なくていいぞ。」
「…まぁ、時間があれば来るから。あ、でも退院が決まったら連絡してくれよな!」
「あぁ」
俺は扉を開け、病室の外に出る。
閉める前に勝二兄が言葉を投げてきた。
「志郎」
「お?」
「お前、いい友達を持ったな。大事にしろよ」
「…あぁ」
扉を閉め、あたりを見回す。
そういやあいつらはどこにいるんだ?
落ち合う場所も時間も決めてなかったので俺はメッセージで聞く。
そうしたら「1階の待合で座ってるよ〜!」と由衣から返事が来た。
俺は1階に降りて2人と合流して、病院を後にする。
病院を出て少し歩いてから、ようやく真聡が口を開いた。
「何か情報を得られたか。」
「何で先にそっちを聞くの?」
「あ〜…いや、堕ち星なった原因とかはわからなかった。誰かと話したとは言ってたけどよく覚えてないらしい」
「そうか。こちらと同じか」
「もう…で、勝二さんはどうだった?仲直りはできた?」
「あぁ、具合は良さそうだった。仲直りもしっかりしてきた」
「良かった〜!やったね!」
そう言いながら由衣が拳を出してくるのでグータッチをする。
そんなやり取りをしてる間にも真聡は1人で先に歩いていってる。
由衣は走って追いかけて何か文句を言ってる。
そのとき、自分の中に疑問が生まれた。
思わず立ち止まって考える。
すると心配した由衣が戻ってきて話しかけてきた。
「志郎君?どうしたの?悩み事?…まさか実は勝二さんと仲直りできてないとか!?」
「違う違う。ただ…俺はこの先もお前たちといていいのか?」
「へ?」
「だって俺は勝二兄を元に戻すために戦い方を教えてもらった。で、勝二兄が元に戻った今。俺はこれからも2人と共に戦い続けて良いのか?」
真聡も流石に隣りにいた由衣がいなくなったから戻って来ていた。
そして俺に言葉を投げかける。
「お前「俺が戦えば誰かが助かる」って言ったくせに、勝二さんを元に戻したらそれで終わるつもりだったのか?」
「そうだよ!私はこれからも一緒に戦ってくれると思ってたよ?」
真聡の目は真っ直ぐ俺を見ている。
由衣は少しわかってないような顔で俺を見てる。
俺はもうちゃんと仲間だったんだな。
「…これからもよろしく頼むな」
「もっちろん!こちらこそ改めてよろしくね!」
俺は謎の安心感を覚えた。
2人はまた何やら言い合いをしている。この光景も安心感を覚えてきたな。
「ねぇ、やっぱりせっかくここまで来たんだしさ、どこか寄っていこうよ!改めて志郎君の歓迎会を兼ねてさ!」
「必要ない。帰るぞ」
「え〜!?ねぇ、志郎君からもなんとか言ってよ!」
「俺?いやぁ…俺は別にどっちでも…」
「なんでぇ〜!?」
「ほら帰るぞ」
「え、ちょっと待ってよ!?」
俺達は1人で先に駅に向かって歩く真聡を追いかける。
ちなみにこの後、結局寄り道することになった。
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