第030話 俺も2人みたいに

「もう駄目…動けない…」


 そう呟きながら由衣ゆいは靴も脱がずに玄関で倒れ込む。

 体は玄関ホールに上がってるが、足は土間部分に出されているので何も言うまい。


 むしろ戦いが終わってから平原道場までよく頑張って歩いて戻ってきた。

 労いたいが、俺も俺で限界なので無言で壁に体重を預けて座り込む。


 そんな俺たちを心配して平原ひらはら 志郎しろうの母が気にかけてくれている。

 とりあえず俺達は飲み物を受け取り、口にする。


 すると、少しだけ頭がはっきりしてきた。


 前ほどではないが今日も魔術を使いすぎてふらふらだ。

 帰って休みたいのが本当のところだ。


 だが休んでいる暇はない。

 戦いの現場の後始末は超常事件調査班の人に任せれるからいいが、こっちは俺にしかできないことだ。

 俺は靴を脱いで上がり、先に中に入った平原 志郎に声をかける。


「ん?なんだ?」

「お前、左手の甲を見せてみろ。」

「お?おぉ…ってなんだこれ!?」


 彼の左手には予想通り、星座紋章が刻まれていた。


「この形…やっぱりそういうことか…」

「なになに、どうしたの?あ!志郎君も選ばれたんだ!」

「え、なんだ?どういうことだ?」


 少し休んで復活したのか、由衣が話に入ってきた。

 ちょうどいいので、由衣にも言って俺達2人で左手の甲を見せる。


「これは…同じ…なのか?」

「うん!で、まー君。これは何座何でしょうか…?」

「これは獅子座だ」

「え、獅子座って勝二しょうじさんじゃなかったの!?」

「あぁ。1つの星座は1人しか選ばない。それにへび座の堕ち星が小獅子と呼んでいた。

 おそらくあの力は小獅子座で間違いないだろう。それならあの速さも、術を耐えられたのも納得がいく」

  

 詠唱魔術で辺り一面を炎の海にしたとき、対象を指定したはずなのに耐えられていたのがずっと不思議だった。

 相手が獅子ではなく、小獅子だったらあの速さも併せて納得がいく。

 あの速さは恐らく、固有能力だろう。


 小獅子は12星座でも、トレミー48星座でもないため星座の自力はそこまでないだろう。

 しかし、そこに本人のパワーや空手の技術が乗ってくる。

 獅子座ではなかったが、厄介な相手であることには変わりなさそうだ。


「おい、つまりどういうことだよ」

「お前も選ばれたってことだよ。俺達と同じくな」

「それって…」

「そう!志郎君も私達と同じように戦えるってこと!良かったじゃん!」


 本当に良かったんだろうか。いや、今はそこはどうでもいい。

 それは俺が決めれることでも、関与できるでもない。


 それにしても、魔術の対象を絞ると対象以外には威力が下がる。

 これはどうにかせねばならない。


 先程の戦闘で得た情報を感じたことを整理しながら今後について考えていると、俺たちの帰りを待っていたらしい大牙たいがさんがようやく口を開いた。


「志郎、どうだった」

「…やっぱ、勝二兄があの怪物だった」

「やはりか。それで?」

「それで…俺も戦う力に選ばれたらしい。だから、俺も2人みたいに戦う。俺が、自分の手で勝二兄を止めたい」

「…そうか」


 大牙さんは口を開かない。

 志郎は俺達の方を向き、言葉を続ける。


「だから、俺も勝二兄と戦わせてくれ!この通りだ!」

「頭下げないで!?」


 頭を下げる志郎に由衣が駆け寄り、頭を上げさせようとしてる。

 しかし、志郎は動かずに俺の方に頭を下げ続けている。


 おそらく、屋上で話したときに俺が怒ったことを気にしているのだろう。

 だが、答えはさっきの叫びを聞いたときから決めていた。

 俺は志郎に近づき肩を叩く。


「次がいつかわからない以上、急いでお前を戦えるようにする。休んでる暇はないからな、志郎」

「真聡…!あぁ!よろしく頼む!」

「やったね!これでちゃんと志郎君も一緒に戦えるね!」


 志郎はようやく顔を上げ、由衣とハイタッチしている。

 …なぜ由衣がそこまで喜ぶ。

 喜んでいる志郎に大牙さんが言葉を投げかける。


「志郎」

「な、なんだよ」

「やるからにはしっかりやれよ」

「…わかってるよ、親父」

「それと勉強の手を抜く理由にはするなよ、バカ息子」

「だぁ~〜〜!!!わかってるって!!!」


 その言葉に志郎を除く、この場にいる4人は笑いだす。

 本人としては笑い事ではないだろうが、俺もなぜか笑ってしまった。


 由衣が志郎に「私も勉強苦手だけど頑張るから一緒に頑張ろ?」とフォローを入れている。

 ただ、笑いながらなので説得力はない。

 そんな2人のやりとりを見ていると、大牙さんが俺に話しかけてきた。


「真聡君。息子を、よろしく頼む」

「はい。任せてください」

「それと、君もまだ学生なんだ。あまりで無理をするなよ」

「…俺は、できることをするだけです」


 その気持ちはありがたいが、どう返事をしたらいいか困る。

 そんな困る俺に今度は元気な2人が話に割り込んできた。


「なんだ?何の話をしてるんだ?」

「というかまー君!大変だよ!?」

「何がだよ」

「だって、志郎君に色々教えて特訓しないといけないでしょ?そして私たちも空手教わらないといけないでしょ?それに学校もあるし、何より体育祭の練習も始まるじゃん!つまり、これから凄く忙しくなるよ…?」


 元気2人組は何故か焦ってる。

 別に焦ることではないと思うのだが…。


☆☆☆


 6月に入り、日に日に日差しがキツくなっていく。

 そんな日差しの中、俺は学校の運動部の部室棟の壁にもたれて座っていた。


 今は放課後の体育祭練習の休憩時間だ。

 正直めんどくさいが、参加しないと色々言われるので仕方なく半分くらい真面目に参加してる。


 あの戦闘から約1週間経ったが堕ち星は現れていない。

 そのおかげで、志郎は最低限星座騎士として戦えるようになってきた。

 レプリギアの予備があって助かったと心の底から思った。

 まぁ、志郎に渡したのでまた作ってもらわないといけないが。


 あと、由衣が何やら志郎が結構すぐに星鎧を生成できたことに不満そうだったが、それは気にしないことにした。

 俺はギアを使い始めてから星鎧を生成するまで2年ほどかかった。

 それに比べると由衣だって早いほうだ。


 それにしても、あのときは由衣の言葉を気にしていなかったが確かに忙しい。

 2人の星座騎士としての特訓、俺と由衣のフィジカルの特訓、そして俺自身の魔術などの技術向上。

 そこに学業に放課後の体育祭練習が加わる。

 たぶんここ数日の睡眠時間は減っているだろう。実際今も少し眠い。


 目を閉じて休んでいると、誰かが近づいてくるのを感じたので俺は薄目で見る。


「真聡君?…寝てる?」

「寝てはない。長沢ながさわ 麻優まゆか。何か用か」

「別に?用はないけど」

「じゃあ、話しかけるな」


 俺はもう1度、目を閉じる。

 不必要に他人と関わりたくないのもあるが、今の俺は必要のない会話をする気分じゃなかった。


「ちょっと〜?用がなかったら友達に話しかけちゃいけないの?」

「友達…か」

「あれ?そこそこ仲いいと思ってたから、友達と思ってたんだけど…もしかして思われてなかった?」

「…さぁな」


 ぶっちゃけ、友達とは思っていない。

 まぁ、他のクラスのやつは顔と名前の一致すら怪しいので、それと比べればマシだが。

 なるべく波風立て無いように返したつもりだが、残念ながら気に障ったらしい。


 長沢 麻優は俺の隣に座り、色々話しかけてくるが軽く受け流す。

 そこにさらにもう1人、元気なやつがやってきた。


「まー君…と麻優ちゃん?何話してるの?」

「あ、由衣。真聡君借りてるよ〜?まぁ、中身のない会話だけどね。そしてほとんど無視されてるけどね〜」


 長沢 麻優が笑いながら答える。

 …こいつ怒ってるんじゃなくて、面白半分で俺に絡んでるな?

 そして由衣は由衣で謎のフォローを入れ始める。


「麻優ちゃんごめんね〜?最近まー君忙しくて、普段の2倍増しで愛想が悪いみたいでさ〜…」

「そうなんだ。なんか忙しいんだね」


 そこから始まる他愛のない会話。

 もう聞いておく必要はないと思い、聞くのをやめる。

 というより、思考をとめる。


 どうやら自分が思っている以上に俺は疲れているのかもしれない。


 そこから何分経ったかわからないが由衣が俺の肩を叩いている。

 休憩時間が終わったのかと思い、目を開ける。

 すると、さらに見慣れた顔が1人増えていた。


「あ…?華山はなやま 智陽ちはる?どうした」

「ちょっと話があって」

「…じゃあ、私は席を外そうかな」


 そう言って長沢 麻優は去っていった。

 空気が読めないのか読めるのかよくわからないやつだ。

 まぁ、おかげで俺と由衣と華山 智陽だけになったが。


「で、何だ?」

「この前と同じ怪物。今回は駅前で暴れてるって」

「え…それマズいんじゃない!?」

「だろうな。助かった。由衣、急ぐぞ」


 俺は鞄を拾い上げ、由衣を連れて校門に向かって走り出す。

 しかし、由衣が大事なことを思い出した。


「待ってまー君!志郎君にも声かけなきゃ!」

「あぁ…そうだったな。あいつ今どこだ」


 俺達はまず先に志郎を探しに走り出した。

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