第029話 そんな力

 今でこそ俺は空手の大会で結果を残せるぐらい強くなった。

 それで高校にも入学できたし、なんか成績にも加算されたりする。あと親父とも口喧嘩したりもする。

 でも実は昔の俺はすげぇ弱くてビビリだったんだ。

 あの頃の俺は空手なんて絶対やらないって思ってし、親父も怖くて仕方なかった。


 でも小学生のある日、同級生が中学生のやつらにカツアゲされてるのを見た。

 そのときの俺は怖くて何もできなかった。


 でも、それが悔しかった。


 弱い自分が嫌だと思った。


 だからその日以来、俺は勇気を出して怖いと思ってた親父から空手を習うことにした。


 ☆☆☆


「あ、智陽ちはるちゃん?どうしたの?」


 家の道場で俺は親父と一緒に怪物と戦う真聡まさと由衣ゆいに稽古をつけていた。

 その休憩中に由衣に電話がかかってきた。

 何かあったらしく、慌てた声で真聡に話しかける。


「まー君!堕ち星が出たって!」

「場所は」

「メッセージで送ってくれるって」

「わかった。行くぞ」


 堕ち星…ってことはきっと勝二兄だよな。

 真聡は立ち上がり、鞄を持ち由衣と共に下駄箱に向かう。

 その2人を親父が引き止めた。


「待ちなさい。鞄は預かっておくから置いて行きなさい」

「いいんですか?」

「持っていくと邪魔だろう」

「…助かります」


 2人はカバンを置き、靴を履き急いで道場を出ていく。

 俺はなんとなく見送ろうと外に出るが、2人の姿はもう無かった。

 2人とも…足速いな…。


 俺はフラフラと道場内に戻る。

 することがなくなったので、このあとどうするかを悩みながらとりあえず座る。

 すると親父が話しかけてきた。


志郎しろう。お前はどうするんだ」

「どうするって…俺じゃあ歯が立たないからここで待つしかないだろ」

「お前はそれでいいのか」

「なんだよ…。相手を見て拳を振るえって言ったのは親父だろ。勝てない相手に無謀にやられに行けってのか?」

「そうだ。それは違う。しかし、黙って待ってるのが今のお前のしたいことか?」

「それは……」

「今のお前には手を貸してくれる友がいるだろう。そして、相手をしっかりと見て判断もできるだろう」


 …そうだ。

 どうして勝二兄しょうじにいがあんな姿になったのか。

 あいつらだけに任せて待ってるだけなのは俺の性に合わない。

 そう思った俺は「俺やっぱ、行ってくるわ!」と言い残して道場を飛び出した。


☆☆☆


 ようやく堕ち星が現れたって場所に辿り着くと、そこは火の海だった。

 何がどうなってるかわからねぇけど、この火はきっと真聡が出したんだろう。


 火が収まると、2人の鎧を着たやつが見えた。

 あれは真聡と由衣だろう。

 もしかしてもう終わったのか?


 状況を確認しようとあたりを見回す。

 すると2人の反対側に堕ち星がいた。

 昨日と同じ鋭い爪がある怪物。


 勝二兄だ。


 俺は気がつくと走り出していた。


 そして俺は怪物に駆け寄って肩を掴む。


「なぁ!あんたは勝二兄なのか!?」


 すると怪物の姿が変わり、人間の姿に戻った。


 その姿は紛れもなく俺の兄弟子であの優しかった勝二兄だった。


 しかしその優しかった面影はなかった。目つきは悪く顔色も悪い。

 そんな勝二兄の口から言葉が発される。


「あぁ、そうだ」

「な…なんで…なんでだよ勝二兄!なんでこんなことするんだよ!?

 昔俺が「誰かを守るためにもっと強くなりたい!」って言ったら「いい夢だ」って言ってくれたよな!「一緒に警察官目指すか?」とも言ってくれたよな!?

 なのになんでこんなことすんだよ!?なんで人を襲うんだよ!?」

「…そうだったか?」

「……じゃあ全部嘘だったのかよ……じゃあ勝二兄は俺のことを…どう思ってたんだよ!」

「俺は…お前のことが憎かった。恵まれた環境の癖に逃げるお前が。

 ようやくその環境のありがたさに気づいたかと思えば、俺をすぐに追い越していくお前が!

 俺は恵まれすぎているお前が!その才能が!憎かった!」


 俺は言葉を失う。


 なんだよそれ。

 あの優しい笑顔の裏では俺のことをずっと憎んでたってことかよ。


 俺は力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 そんな俺に勝二兄は追い討ちをかける。


「だがそんな日々も、もう終わりだ。俺はこの力を手にした。俺はもう…誰にも負けない力を手にしタ!」


 勝二兄の姿が再び怪物の姿になる。

 このままだと殺られる。

 頭ではわかっていたが、もうどうでも良かった。

 逃げる気力も、避ける気もなかった。

 俺は目を閉じる。


「じゃあナ…シロウ…!」


 体の横側から衝撃を感じた、俺はそのまま吹き飛ぶ。

 しかし、それは攻撃による衝撃ではなかった。

 目を開けると俺は紺色と赤色の鎧を着た由衣に庇われていた。


「志郎君!折れちゃ駄目!」

「けどよ…」

「前も言ったけど堕ち星ってのは澱みで汚染されてるの。だからきっと今の勝二さんは思ってもないことまで言ってるの。私達が絶っ対に勝二さんを元に戻すから、だから折れないで!」


 そう言い残すと由衣は走って真聡の援護に行った。

 だが勝二兄は目では追えない速度で、2人を圧倒している。

 結局、2人は吹き飛ばされて俺の前に転がってくる。


「…こんなの勝てるわけ無いだろ。」

「確かに、勝二さんは強いよ。でもまだ私もまー君も立てる。だから私たちは諦めないよ」

「…仮にあいつとの日々が嘘だったとしても、お前の中にあるものは嘘じゃないだろ。

 前にお前が俺に言った「俺が戦えば、誰かが助かる」って言葉。それはあいつが堕ち星になって、今までが否定されたことで消えるようなものだったのか?」

「それは…」


 目を閉じ、言われたことについて考える。


 …違う。確かに勝二兄は好きだった。

 本当の兄貴だと思ってた。


 だけど、俺が怪物と戦いたいと思った理由に勝二兄は関係ない。

 なんなら空手を始めた理由とも関係ない。


 俺は小学生のあのとき、自分で戦えない誰かが助けを求めているなら助けたい思ったんだ。



 だから俺は強くなるって決めたんだ。



 俺は目を開く。

 真聡と由衣はまだ戦っている。

 勝二兄は相変わらず目で追えない速さだ。

 しかし真聡も負けじと速度を上げ、今は何とか渡り合っている。


 そうだ。


 俺はあの姿を見て、あいつらと同じように誰かを怪物から守りたいって思ったんだ。


 俺の口から、本音がこぼれる。


「やっぱり俺は…あの力が欲しい」

「その気持ち、凄くわかるよ」


 その声に俺は全身に鳥肌が立つような感覚がした。

 声の主はいつの間にか俺の隣に立っている。

 話しかけられるまで気配すら感じなかった。


 俺は恐る恐る隣を見る。

 邪悪なオーラの全身鱗の怪物。

 こいつもきっと堕ち星だろう。

 しかし、勝二兄よりも圧倒的に強いというのを感じた。


「な、なんだよお前」

「そう身構えるなよ。僕は君に力を与えに来たんだ」

「力を…?」

「そう、力。君がやりたいことを何でもできる力。欲しいだろ?」

「それは…」


 欲しいか欲しくないかで聞かれたら欲しい。

 だけど、こいつが放つ邪悪なオーラを無視できなかった。

 迷う俺を鱗の怪物はさらに誘う。


「山羊座と一緒に居ても、力は手に入らないよ?だって、あいつはそういうやつじゃない」


 それは…そうだろうな。

 真聡はきっと、俺に力は与えてくれない。

 だけど、おかしくなった勝二兄と同じオーラを放つこいつから受け取る力はまともなものなのか?

 俺は悩みながらも、考えを口にする。


「俺は…お前からは受け取らない。俺は誰かを守る力が欲しいんだ。

 でもお前の力は勝二兄をあんなふうにした力だろ。だったら、俺はそんな力はいらねぇ。人をおかしくさせて、誰かを襲う力なんて欲しくねぇ!

 お前から受け取るくらいなら、力なんて一生いらねぇ。俺は死ぬまで力が手に入らないとしても、真聡や由衣について行く!」

「はぁ…残念だよ。だったら、無理やり与えるだけだな!」


 怪物の左手が伸びてくる。

 この手に触れられたらマズい。

 本能がそう言ってる。

 俺は右手でその手を払う。


「いらねぇって……言ってんだろ!!!」


 そして、ダメ元で左手で怪物を殴る。

 左手から身体にかけて衝撃が走る。

 怪物は後退りする。


 その瞬間から、左手がすげぇ熱くなる。

 その熱さは全身を駆け巡る。

 今までにないほど力が湧いてくる。


「これなら……いける!!!」


 俺は距離を詰めて、もう一発食らわせる。

 鎧を着た2人よりも威力は低いだろうけど、前よりは確実に手応えはある。

 さらにもう一発入れようとする。


 しかし、流石に止められてしまった。


「生身のくせに調子に乗るな!」


 俺は突き飛ばされ、地面を転がる。


 …やっぱり生身では怪物とは戦えないのかよ。


 鱗の怪物が近づいてきて、その手が俺に伸びる。


 なんだよ、ここまでかよ。


 そう思った時、もう一度風が吹いた。

 俺は反射的に目を閉じる


 目を開けると、紺色と黒色の鎧が俺と怪物の間に割って入っている。

 俺に伸ばされた手は真聡がその手首を掴み、止めている。


「山羊座…またやられに来たのかい?」

「この前のお礼をしに来たんだよ。今日こそお前を倒す。」

「ふぅん。でもどうするつもりだい?このまま3人で一緒に燃え尽きるか?」

「あまり俺を…舐めないでもらおうか!!」 


 真聡はそう叫ぶと、言葉を紡ぎ始めた。


「氷よ。世界に永遠を与える氷よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りしへびの座に永遠の眠りをもたらし給え。」


 次の瞬間、鱗の怪物と真聡は掴まれている手首からゆっくりと凍り始めた。

 俺は真聡から溢れる冷気に危険を感じて距離を空ける。


 その間にも真聡と鱗の怪物は凍っていく。

 腕以外も凍り始めたとき、その氷は砕けた。


「まさか凍らせてくるとはね。今日ここで決着をつけても良いんだけど……僕としてもやりたいことがあるからね。今日は帰らせてもらうよ。

 こじし〜?僕帰るから〜」


 そう言い残すと鱗の怪物はどこかに消えてしまった。

 俺はとりあえず、真聡に駆け寄る。


 するとそこに、由衣が転がってきた。

 転がってきた方を見ると勝二兄がいて、俺を見ている。


「シロウ…お前も力を得たんだナ」

「…あぁ」

「お前はいつもそうダ。俺がどんなに努力してもそれを簡単に越していク」

「そんなことねぇよ」

「まぁいイ。力を得たからには今度こそ決着をつけよウ。俺とお前、どっちが強いカ」


 勝二兄もどこかに飛び跳ねるように消えた。



 夕闇が迫る戦いの場には3人の高校生だけが残された。

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