第025話 羊

 土曜日昼前。

 俺はいつもの研究所跡地の駐車場で特訓していた。

 堕ち星を無力化する方法がわかったので、今後の戦い方も変わってくる。

 そのため、できれば由衣ゆいも来て欲しいのだが…。


 あいつはここ数日「用事があるから…ごめん!」と言って顔を出さない。

 そして今日、ようやく来ると言ったのだが…昼前なのにまだ来ない。


 何だあいつ。

 この前まではやる気に溢れていたのに、星鎧が生成できるようになり、熱を出して…やる気がなくなったのか?


 いやそんなやつじゃなかったはずなんだが…。

 そう考えていると元気な声が駐車場に響いた。


「遅れて…ごめん…!」

「あ?なんだ、やっと来たのか」

「いや…その…本当にごめん…ちょっと…寝すぎちゃって…」


 荒い呼吸。申し訳なさそうな顔。

 いつもより整っていない髪型。


 ようやく来た由衣はいつもと違う雰囲気と姿だった。


 …何をしてるかはわからないが、しばらく様子を見るか。

 もし何か俺に不利益が生まれることをしていても、対処はもう少し後でもいいだろう。


 それよりも今は今後についてだ。

 あれ以来、堕ち星は出ていない。

 だが次にいつ出るかはわからない以上、悠長にしていて良いわけでもない。


「で、今日はどうする」

「今後について話すんじゃなかったの?」

「じゃあそれでいくぞ」


 ☆☆☆


「つまり…これからは2人とも星鎧を生成して戦う。そして基本は墜ち星とかの強敵をまー君が相手をして、私は援護。

 でも、堕ち星を人間に戻すのは私の役目…ってこと?」

「纏めるとそうだな」

「おっけ〜!私も頑張るね!」

「…無理だけはするなよ」

「わかってるって!」

「で、次。星鎧が生成できるようになったから次の段階だ。武器と固有能力についてだ」

「武器は…まー君が使ってる杖みたいなやつ?」

「俺はそうだな。お前だとまた別のものになるだろうが」

「固有能力は…まー君だとあの火とか水を出すやつ?」

「まぁ…そうだな。」


 実際は違うのだが…別に今訂正するほどのことではない。

 俺はそのことについては触れず、話を進める。


「とりあえず、武器から始めるか」

「わかった!…ってどうするの?」

「まずは星鎧を生成してくれ」


 すると由衣はもう一度「わかった!」と言うと、俺から少し距離を取る。

 そしてレプリギアを呼び出し、いつもの手順で紺色と赤色の星鎧を生成した。


「ここからどうするの?」

「自分の固有能力や戦い方、そしてどんな武器だと戦いやすいかを考えろ」

「……ねぇ、私の固有能力って何?」


 俺は言葉に困る。

 そういえば、はえ座の堕ち星を人の姿に戻したとき以外に牡羊座の固有能力と思われるものを見ていない。

 つまり、俺も具体的なの能力がわからないのが本当のところだ。

 となると……これが1番楽か。


「…軽く、手合わせするか」

「え?」


 俺は困惑している由衣を気にせず、ギアを呼び出す。

 そして、俺もいつもの手順で紺色と黒色の星鎧を生成する。


「ほら、こい」

「いやこいって言われても…」

「戦うための能力だ。なら実際に戦ったらわかるだろ。それにこの前、はえ座を元に戻したときもパンチだっただろ」

「それは…そうだけど…」

「何を渋ってるんだよ。生身のときと大差ない。ほらこい」


 そう俺が言うと、由衣はようやくやる気になったのか「じゃあいくね…?」と返してきた。


 そして、距離を詰めてきてパンチの予備動作に入った。


 避けれないことはないが、避けたら意味がないので俺は受ける体制を取る。

 そして、由衣の拳を受ける。

 特に身体に異常はない。


 ただ…前より拳が重くなっている気がする。

 打ち方も見覚えのない打ち方だった。

 特訓していないはずだが…由衣1人だけ、それに短期間でこんなに威力が変わるか?


 そもそも、あんな打ち方は教えた覚えはないぞ。

 色々考えて黙っている俺を心配してか、由衣が声をかけてきた。


「…どう?…大丈夫?」

「…特になんともないな」

「そんなぁ…」


 そもそも、一撃でわかったら苦労しない。

 …色々試してみるか。


「このまま身体動かすぞ。他は後だ」

「…わかった」


 ☆☆☆


 14時過ぎ。

 駐車場の端にある日陰で俺達は休んでいた。

 どうやら由衣は寝坊して更に朝ご飯まで抜いていたらしい。

 何やってるんだこいつ。


「はぁ〜…元気と栄養チャージ完了!」

「なんで朝抜いてきたんだ。」

「だって…起きたら約束の時間過ぎてたから…」

「だからといって抜くなよ」

「ほっといたらゼリー飲料とかエネルギーバーでご飯済ませる人に言われたくありません〜!今だってゼリー飲料じゃん」


 反論できないので俺は口を閉じる。

 由衣はため息を付いたあと言葉を続ける。


「で、身体はどう?もう大丈夫?」

「あ?あぁ。休んでいる間に睡眠態勢の術で打ち消しておいたから問題ない。そもそも、そこまでだったしな」

「なんかそれはそれでショックだなぁ…。これじゃあ、戦いに使えないじゃん!」


 休憩をするまで、いろいろ試したが固有能力だと断言できるものはわからなかった。

 強いて言うなら「攻撃を受け続けると少し眠くなった気がする」という変化はあった。

 しかし、実用的かと聞かれると…なんとも言えないものだ。


「だが、眠りに関係する力と仮定するしかないだろう」

「それで…いいの?」

「違うならそのときだ」

「それも…そうだね!」

「もう少し休憩したら今度こそ武器の生成するぞ」

「今からでも良いよ?」

「じゃあ、もう一度星鎧を生成してくれ」

「了解!」


 由衣は立ち上がり、距離を取る。

 そしてさっきと同じく、レプリギアを呼び出していつもの手順で星鎧を生成する。


「今度こそここからどうするの?」

「さっき言っただろ。自分の固有能力や戦い方、そしてどんな武器だと戦いやすいかを考えてみろ」

「そうだったね!…えっと、なんか言葉とか必要?」

「…いや、必要ない。」

「わかった」


 そして、由衣は口を閉じて考え始める。

 俺のときはどうだったか。

 あのときは戦うことしか考えていなかったためよく覚えていない。


 そのため、俺の杖は半分無意識に生成したものだろう。

 少し過去を振り返っていると由衣が「よし!やります!」と気合を入れている。


 由衣は両手を前に出し、集中する。

 すると由衣の手元に星力が集まって、光りに包まれる。

 やがてその光は伸び、何かの形を成していく。

 この形は…


「できた!」

「…聞いていいか」

「何?」

「なんでお前も杖なんだよ」


 そう、杖が生成された。

 スラッとした、どちらかと言うと近代風の杖が彼女の手に握られている。

 俺のはゴツゴツとした、どちらかと言うと古風な杖。

 それこそ本物の魔法使いが使ってそうな杖だ。

 俺のとは形状は違うとはいえ、何故杖にしたんだ?


「だ、だって…結局私の力って具体的な使い道わかんないし…。だからイメージするならまー君の武器ぐらいしかなかったから…」


 「いや剣とかもっとあるだろ」と突っ込みたくなったが言葉を飲み込む。

 確かに眠りに関係する能力と言われれば、魔術や魔法の方がイメージされるか…。


「まぁ…仕方ないか」

「何その反応!?」

「次いくぞ。杖を使ったらまた違うかもしれんからな」

「流された……どうするの?」

「イメージだ。今度は俺が術を使ってるのを参考にしても良いかもな」 

「またイメージ!?」

「そういうもんなんだよ」

「はぁい…」


 星鎧を纏っていて見えないが、由衣は頬を膨らませている気がした。

 しかし、魔術や魔法などの基礎は自分がどういう風にしたいかをイメージすることだ。


 俺に文句を言われても困る。

 由衣に視線を戻すと杖を振っている。

 杖先から何か出ているが…


「ねぇ…どうなの、これ」

「…俺が実験台になるしかないよな」


 まぁ、エネルギーに当たるだけなら生身のままでいいだろう。

 由衣がもう一度杖を振る。

 俺は杖先から出る何かに触れてみる。


「…どう?」

「…特別変化なし」

「そんなぁ〜!?」


 こういうときはどうすれば良いんだったか。

 俺は属性魔術は使えるが、こういう相手に不利な効果を与える魔術は使えないので最適解がわからない。

 …中等部の頃に聞いた話をそのまま伝えるか。


「…何か形を取らせてみたらどうだ」

「形?」

「どういう形か決めれば、もう少し効果が出るんじゃないか?」

「なる…ほど?」


 由衣はまた考える。

 俺は目に見えるものを操るからイメージしやすいが、眠らせる力は見えないものだ。

 だからきっとイメージしづらいだろう。


 そして数分後、由衣は「よし!やります!」と声を上げる。

 今度は杖を掲げる。

 すると現れたのが…


「…羊?」

「うん、羊。だって私、牡羊座でしょ?」


 まぁ、そうだが。

 俺は現れた羊に視線を戻す。

 形としては中型犬ほどの大きさ。体は半透明の言わばエネルギー体。

 そのため、少し形がふわふわと歪んでいる。


「じゃあ行くよ?」

「あ?」

「行っけ〜!!」


 由衣の掛け声を合図に羊が走り出し、俺に突っ込んでくる。

 「これは生身で受けて良いのか」という考えが頭をよぎるが、ギアを呼び出す余裕はない。

 俺が両腕を体の前で受ける構えを取ると同時に羊がぶつかる。


「…どう?」

「少し…痛かったな。それに、さっきよりは…眠気を感じるな」

「やったぁ〜?」

「まぁ…だいぶ希望は見えてきたから…いいんじゃないか…」

「そう…だよね!ポジティブにいかないと!」

「…そうだな。そして特訓あるのみだ」

「う、うん!頑張る!」


☆☆☆


 翌日昼過ぎ。俺はまた研究所跡地の駐車場で特訓をしていた。

 今日は1人で。


 もちろん由衣にも声はかけたのだが、今日は用事があると断られた。

 昨日「頑張る!」と言っていたくせに、さっそく用事とは…。

 力を使うときの呪文も考える必要があると言ったんだがな…。


 休息中にぼんやり考えていると、置いてあるスマホに着信が来ていることに気がついた。


 名前を見てみると、ちょうど考えていた由衣だった。

 断ったくせになぜ電話をかけてきた…。


 そう思いながらも電話に出る。


「なんだ」

「おぉ!陰星か!」


 俺は驚きと大きな声でスマホを耳から遠ざける。

 「は?」と思わず声が出る。

 俺は着信相手の名前を見直す。確かに相手は由衣だ。

 ではなぜ男の声なんだ。しかし、この声には聞き覚えがあった。


「まさか…平原ひらはら 志郎しろうか?」

「そうだ!悪いが今から来てくれないか!」

「なぜだ。そもそもなぜお前が由衣のスマホを持ってるんだ」

「あぁ〜…説明は後でする!とにかく来てくれ!堕ち星?が現れたんだ!」


 堕ち星と聞いて俺は思考を切り替える。

 色々疑問はあるが、堕ち星が出た以上それは後回しだ。


「場所は」

「俺の家の道場が襲われたんだ!調べたら出てくる!でもそこから逃げてるから少し離れてるかもしれない!」

「由衣は」

「もう戦ってる!」

「わかった、なるべく早く行く。平原 志郎、お前はできるなら安全なところに隠れていろ」


 俺はそう言い切ると返事を聞く前に場所を調べる。

 そして自分に身体能力強化の魔術をかけて、駐車場を後にした。

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