アメリカ①
その日は珍しく雨が降っていた。
ベルは子供を連れて職員室を出た。いつもかけているメガネが湿気のせいで少しだけ曇っているのを気にしてポケットからハンカチを取り出す。メガネを外し、レンズを拭く。その間、後ろからついてくる子供は彼女の動作が終わるのを待っていた。彼女こそ悠である。悠はその日、転校生としてクラスメイトと対面する予定であった。
「失礼、では行きましょうか」
ベルは彼女を連れ、廊下を歩く。
その廊下は歩くたびにミシミシと音を立てていた。横を見るとすでに穴が空いた場所がいくつか見受けられる。老朽化しているのは明らかだったが、あいにく学校に修理するための予算がないため、そのままになっているのだ。足元に気をつけながら進むよう指示し、ベル達は目当ての教室の前にたどり着く。
外からでも聞こえるほどその教室は騒がしかった。中に入ると既に席は満員。後ろで体育座りしている生徒もいる。いつもは校庭で遊んでいるような問題児も、雨が降っているからか、もしくはそれ以外の理由で教室に集まっていた。
ベルたちが教壇に立ったのを見て、右端前に座っていたメガネをかけた少女が慌てて「立ち上がって」と言って立ち上がった。周りの子供達も釣られて立ち上がる。教壇の隣には大きなアメリカ国旗の旗が置かれてある。その前で子供達は大きな声でフラッグセレモニーを行った。
「私たちはアメリカ合衆国の国旗に忠誠を誓います。 そしてすべての人々に自由と正義が存する、分かつことのできない、神の下での一つの国家である共和国に忠誠を誓います」
程なくしてセレモニーが終わるとベルは手を叩いた。彼女が連絡事項を伝える合図である。まず左側に立たせていた子供の方を向き直り「今日から新しく仲間が増えます」と説明した。
「自己紹介をお願いします」
少女は折れかけの白いチョークを持って黒板に自分の名前を書き出した。生徒たちはそれを黙って見つめている。後ろからの強い視線を浴びながら彼女は自分の名前を書き切った。
「悠です。初めまして。よろしくお願いします」
大きな拍手が贈られながらもその大半は笑いが混じっていた。前に座っている少年たちは大声で笑い出す。
「私はあなた、だって」
「変な名前」
「黒髪だっせえ」
ベルは視線で彼らの言葉を制す。視線を向けられた生徒達は他にも何か言いたげな様子だったが、これ以上揉めて自身がクラスで浮くのも本意ではないと悟ったのか口を閉ざした。
「では彼女の席は・・・・・・」
見渡す限り空いている席は無い。ベルが困っていると後ろの席に座っていた少年が「先生」と声をかけた。
「ここに座ったらいいよ。ちょうど地べたに座りたくなったから」
そう言って彼は立ち上がる。ベルは「ありがとうミスターブレイク」と言ってその席へ座るよう少女に指示した。
彼は退け際に「テオ・ブレイクだ」と少女と握手をした。
午後からはピカピカと輝く太陽が雲の切れ目から姿を見せていた。転校生のことを祝福してくれてるように、さながらステージライトみたく悠自身を照らしていた。
学校に通うのに畏まった服装がいらないことを不思議に思っていた。髪も好きなだけ伸ばしていいしセットもできる。メイクしてもいい。全てが自由だ。
これだけ規則が緩くてもなぜ素行は悪くならないのか、ベルは悠にこう説明していた。
「規則を定めれば規則を破るものが出てきます。逆に規則を作らなければ何が正しいのかを自分自身で考えるようになります・・・・・・」
つまりは何もかも己自身の判断に委ねる校風なのだ。悠たちは知らず知らずのうちに正しいと思うことをやっているのかもしれない。もちろん彼女たちにそんな自覚はないのだが。
ちらと一緒に歩いている悠と同じ方向へ向かう同年代の人たちに視線を送ってみる。みんなはそれぞれ個性的で、満ち満ちているのが伝わってくる。だからこそ彼女の姿は凡庸で滑稽に写ったのだろう。周囲は彼女に対して様々な偏見ごとを言っていた。
やがて彼女は彼らを避けるように図書館へと入り浸っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます