【短編】金持ちにNTRれた彼氏の幼馴染が「よりを戻そう」と言ってきて当然彼は断ったけど、その後の彼女が心臓バケモンだった話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】金持ちにNTRれた彼氏の幼馴染が「よりを戻そう」と言ってきて当然彼は断ったけど、その後の彼女が心臓バケモンだった話







「断る」

「うぅっ……!!」





 私の彼氏―――馬場ばば牧之まきのは、そう言って目の前の幼馴染―――鳴海なるみ咲良さくらさんの頼みを一蹴した。

 彼からすれば幼稚園来の幼馴染がわざわざ自分のところに来てくれたという状況なのだが、だからといってさっき彼女が言った頼みを承諾するかというとNOらしい。




「………………………………」

 私―――生水きすい茉奈まなは、牧之の隣に座り、彼と鳴海さんのやりとりを、黙って見守っていた。

 鳴海さんが彼の元カノだと知った時に席を外そうかとも思ったが、つい立ち去るタイミングを見逃してしまった。




「よりを戻そうと言われても、俺はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、咲良」

「ねぇマー君……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」

「………………………………」





 彼女は昔のあだ名で、彼のことを呼んでいるらしい。

 はたから見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、その事実に彼は反吐が出ているようだ。





 彼女のことは、私も彼から聞いている。

 幼稚園の頃の彼らは、実の兄と妹のように仲が良かったそうだ。

 中学に入って、互いに異性として意識し始めた結果、付き合うことにもなったらしい。




 


 だが、そんな関係も、あの日すべて打ち砕かれたのだという。

 高一の夏の日、金持ちの先輩とラブホテルから出て来る彼女を見た、その日に。

 そう、あの日彼は彼女を寝取られ、彼女は彼を裏切ったのだ。






「大体君には、あの金持ちの先輩がいるじゃないか。あの人と一緒になればいい」

「マー君も知ってるでしょ……あの人は最低のクズだったのよ! だから詐欺に加担して捕まっちゃったのよ!!」

「五年付き合っておいて、彼を庇う気もないのか。俺のこともそんな風に裏切ったわけだな」

「そ、それは……」

「………………………………」






 鳴海さんの言葉に、牧之は白々しさを感じているようだ。

 なびいた先輩のことを今になってクズ呼ばわりしてはいるが、誠意を一つも感じられないらしい。

 まあ、それはそうだろう。

 彼女の服装は、元彼とやり直すにしてはあまりにラフ過ぎていた。




「……もう俺には、大切な人が別にいるんだ。今更付きまとわないでくれ」

「………………………………」




 きっぱりと、鳴海さんに三行半をつきつける牧之。

 もちろん今カノである私はその言葉に嬉しさを感じてはいたが、口には出さなかった。




「……わかったよ、マー君」

「………………………………」




 今まで視線一つ合わせなかった牧之が、初めて彼女の方を見た。

 意外にすんなり引き下がったことに驚いたらしい。





「最後に、マー君の前でやりたいことがあるんだ……いいかな?」

「……好きにすれば」

「……ありがとう」

「………………………………」






 何かを振り払うように、そして、古い自分から脱皮して、新しい自分に生まれ変わるかのように、鳴海さんは立ち上がり、その言葉を告げた。













「…………エントリーナンバーJ-16番・鳴海咲良。課題曲【乙女はKeep Yourselfでしょ?】、歌います」

「よくアイドルのオーディション来れたなッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」







 私―――アイドル事務所・翼星つばさぼしプロダクション社長にして、新人発掘オーディション審査選考委員の一人・生水きすい茉奈まなは、彼女に言おう言おうとした言葉を、爆発させるように吐き散らした。









「仮に君がアイドルになれたとしても、君とは男女としては終わりだからな」

「お前も微妙に論点ズレてんだよッ!!!!」




 なお私の彼氏・馬場ばば牧之まきのは、我がプロダクションの社員にして、私と共に選考委員を担うアイドルのプロデューサーだった。





◆   ◆   ◆




「幼馴染と昔付き合ってたまではまだいいよ……その後そいつを裏切って金持ちになびいて? その金持ちが犯罪犯して捕まったらまた裏切って? あげくの果てに今掌を返してプロデューサーやってる幼馴染にプロデュースされなおして? デビューしたらゴシップまみれじゃねーかよこの娘!!!!! アイドルデビューさせたら風評被害で事務所ごと破綻だわ!!!!」

「まあ落ち着いてくれ茉奈、オーディション中だよ」

「お前も元カノって知ってるならなんでさっきつまみださなかったんだよ!!」

「すべてはキミとキミの会社を思ってのことだよ。キミのことを三千回分愛してるから」

「勝ったな、私は三万回分愛してる……って今はそういうことじゃねーよ」



 ついつい、彼氏であるはずの牧之にきつく当たってしまった。

 親には子供の頃から女らしくない言葉遣いはやめろと言われてきたが、つい感情が昂るとヤンキーのような口調になってしまう。



「破綻はしないとしても……彼女がどうとか以上に、プロデューサーの男がいて、社長が今カノで、アイドルが寝取られた元カノってお前……こんな三角関係のプロダクション、マスコミとSNSのおもちゃにされる類のイロモノ事務所確定だろ」

「仕方ないだろう、デモテープを聴く限り素質はあったんだから」

「いや、っていうか……」



 デスクに置かれたエントリーナンバーJ-16番・鳴海咲良の履歴書を見る。

 粗いペン書きで書かれた『歌唱力あり。通過』の筆跡を確認した。



 我が事務所のアイドルオーディションは面接選考の前に、書類選考がある。

 書類選考の審査に関わっていたのは。



「…………どんな気持ちで書類選考通したんだ、お前……?」

「だからデモテープの歌唱力は高かったから……」

「なんでプロデューサー目線で冷静に見られるの、彼女あの女を?」



 自分を裏切った幼馴染を、どんな顔してプロデュースしていくんだ。

 普通どんなに才能あっても顔写真見た時点で落とすだろ。




 ……まさか、こいつ……

「マー君、それってまさか、私とよりを戻す気があったから……」

 自分が思ってたことを、鳴海さんが嬉しそうに口にした。

 えっ彼女こいつ今カノの私より先にそれ言ってんの?

 ずうずうしくない?



 だが私が懸念を口にするより早く、目の前の彼氏兼プロデューサーはこう言った。



「変な期待したって無駄だ。もう君との写真は全部破いたし、スマホの写真も全部削除した。キミとの思い出で形として残っているものは、君自身だけだ」

「そんなに私のこと、嫌いになっちゃったの……?」

「あんな風に俺を裏切れば当然だろ。あ、デビューしてからはお前の事を『咲良』じゃなくて『鳴海さん』って呼ぶからな」

「そ、それじゃ、私を幼馴染としても見てくれないの? ひどいよ、マー君!!」

「ちなみにデビューしたとしても、プライベートでは一切君と関わらないから。昔君と過ごしてた時間の十倍は、今横にいる上司兼大学アイドル研の同期兼恋人と過ごすから、俺」





 ……未練があるわけじゃないんだよなー……

 ……未練があるわけじゃないんだよなあぁーー……




 嬉しかったので、内心で二回思いを反芻した。

 多分嬉しさと、目の前の鳴海さんへの優越感があった。

 にやけた顔をしてたから、恐らく彼女には気味悪がられたと思う。



「なぁ、茉奈」

「…………ごめん、牧之」

「この娘な」

「…………ごめん、疑って。愛してる」

「オーディション中だぞしっかりしろ」



 あっ、そうだった。



「彼女を落とすにしても、事務所としての体面的に、オーディションの体裁は保った方が良いと思う」

「…………冷静だな」



 ……しかし、彼の言うことも尤もだ。

 彼女を門前払いしたら、大した理由もなしに追っ払われた、と被害者面してマスコミに泣きつかれてもおかしくない気がした。性格的に。




 私は仕方なく席に座り直し、テンプレート通りの質疑応答をした上で、帰ってもらうことにした。



「……じゃあ、まず改めて名前を教えてくれますか」

「え、マー君から聞いてませんでした?」





 ……こいつ……。





 なんでちょっと身内気取りなんだよ……。

 半分くらいコネで入ろうとしてたんじゃ……。

 にしたって心臓ぶ厚すぎるけど。




「……知ってるけど、あなたの口から改めて聞きたいから」

「あっ、はい! 私、あなたのために歌ってあなたのために踊ってあなたのために笑う、あなただけの理想のエンジェル・鳴海咲良です!!」

(どの口が……?)



 さっきの行為のせいで、用意していたのであろうキャッチコピーも何もかもが頭に入ってこない……




「一応聞きますけど、今の彼氏とは別れられましたか」

「えっ、別れないといけないんですか」




 ……そっから……?

 しかもまだ別れてなくない……?

 さっきの会話から言って逮捕後別れた風だったのに……?


 

「あの……原則アイドルは恋愛禁止です」

「えっ! そうなんですか!?」

 鳴海さん―――ではなく、ドア近くに座って順番待ちしていた応募者、エントリーナンバーJ-17番、清沼すがぬま理乃ことのさんが驚いていた。

(素人ばっかりかよここ……)




 今日だけで250人くらい見てる時点で怪しいとは思っていたが、いくらなんでも書類選考のハードルが低すぎたんじゃないのか。

 後で彼氏を説教しないと。

 愛してるからこそ言うけど、ってちゃんと前置きしてから。




「えっ、ていうか」




 よくよく考えたら浮かんだ疑問を、私は口にした。




「さっき、なんでこの場でうちのプロデューサーとよりを戻そうとしたんですか貴方……?」




 この場がオーディションであることを意識して、牧之ではなくうちのプロデューサーと呼び直した。

 NTRからの掌返しって、アイドルがどうこう以前にオーディションの場でやることじゃないだろ。

 しかも前後の会話から言って二股だし。




「いざ会ってみたら、マー君への未練が湧いちゃって……」

「さっきも言っただろ。俺にはもう茉奈っていう最愛の人がいるんだ。お前とは終わったんだよ」

「だからそれ以前の問題だろ!!!!!」



 

 元彼が選考委員で動揺しながらアピールするなら分かるけど、アピールとかする前によりを戻そうとする強心臓ぶり、いっそ清々しい。

 翼星プロダクション《うち》の公式HPにも彼が選考委員の一人だって載ってるから、彼がいると知らなかったとかは無理があるし。

 心臓がバケモン過ぎる。そのハートの強さをアイドル業界以外のところで使ってほしい。というかアイドル業界から離れてほしい。




「……じゃあちょっと、課題曲だけ聴かせてもらえますか」

「あっ、はい! 【乙女はKeep Yourselfでしょ?】、歌います!」



 ま、課題曲だけ歌わせてあとは適当にあしらって終わらせるか。






◆   5分後   ◆






「……ありがとうございました!!」

「…………………………………………」




 思わず、息を吞んだ。




「メジャーデビューレベル…………」


 


 250人の中でも五本の指に入るレベルの歌唱力だった。




「だから言っただろ、茉奈」

「うん、今すぐ出せる……歌声だけなら今すぐステージに出せる……歌声だけなら……」




 これで寝取られた過去ありかー…………

 これで幼馴染を裏切って金持ち先輩になびいた過去ありかー……

 惜しすぎるー……

 味最高級だけど毒入りのフグみたいな人材だ……




「えっと、まずはありがとうございます、鳴海さん。非常に高い歌唱力で驚きましたが、ボーカルレッスンはどこで受けられたのでしょう?」

 形式だけの面接だったはずなのに、ついアイドル事務所運営者としての興味が勝ってしまい、そんな質問をしてしまった。




「あ、はい! 【PRIDE】って場所で……」

「えっ? 数々の名アーティストを輩出した、日本音楽界の登竜門とも言われるあのレッスンスタジオに!?」

「はい!」




 そう言えば、元カノが通ってたって牧之も言ってたな。




「でもあそこ学費も相当高いって話でしたけど……どうされたんですか」

「あ、彼氏が払ってくれたんです」

「………………………………………………………………………………」





 彼氏あっての才能かよ……

 恋愛禁止のアイドルの才能が、彼氏きっかけで開花したのかよ……





「ちなみに最後に彼氏に会ったのいつですか」

「あっ一週間前の面会です! オーディションに行くって言ったら刑務所ここから応援してるって」

「やっぱ全然別れてねーじゃん!!!!! うちの彼氏寝取られたどころか現在進行形で寝取られてるんかい!!!」

「あっ勘違いしないでねマー君? 面会には元カレとして行っただけだから」

「…………じゃあなんで彼氏と同じ場所に同じタトゥーを彫ってるんだ」

「もうめちゃくちゃだなこいつ!!!」

「でもさ、茉奈」



 改まったかのように私の名前を呼ぶ牧之に、私は向き直った。



「見ての通り私生活はめちゃくちゃだけど、そこがキャッチーだしカルト的な人気なら出ると思うんだ。地下アイドルとしてなら売れなくもなさそうだと思うんだけど、どうかな……?」



 分析してる。

 めっちゃ冷静に分析してる。

 元カノを。アイドルとして。

 一緒にいすぎて気づかなかったけど、彼は彼で色々ぶ厚かった。




 ……でもなるほどな。

 彼が選考を通した理由は、何となく理解できた。

 アイドルに向かなさが逆にアイドルに向いている、そういう解釈か。




「もちろん、最終的には君の判断に任せるけれど……」

 そう言われて、私は少しの間黙考した。

 昔から、彼にはかなわない。

 二人で事務所を立ち上げてから今までの間、彼はどんなに歌やダンスが下手なアイドル志望の女の子にも、可能性を見出してきた。

 私の彼氏は、どんな女性にもアイドルとしての可能性を見出す男だった。

 彼がそう言うなら、それを信じるのもアリかもな。

 デビュー後どういう顔で彼女と話せばいいのかはさておき。





 しばしの黙考の後、私は答えを出した。






「いや……やめよう、牧之」





「……もしかして、嫉妬してるのか? さっきも言ったけど、彼女とは会わないぞ」

「うん、一旦男女の関係から離れてくれ」



 プロデューサー気質を極めすぎて、元カノにすらアイドルの可能性を見出す彼氏。

 私はその心意気をそのまま受け止めた上で、NOの答えを下した。



「確かに、地下アイドルとしては有望な人材かも知れない。たださ牧之、大学時代お前とアイドル研究会ドル研にいたとき、一緒に応援してたのってそういうアイドルだったかな……?」

「…………よくわかった」



 私に微笑みを返し、彼女の履歴書に赤ペンではっきりと×印をつける牧之。

 私たち二人が仲良くなった理由が王道清純派アイドルであったことを、彼は憶えていてくれたようだ。



「ちょっと待って下さい!! じゃ私は不合格なんですか!?」

「鳴海さん」



 改めて、私は鳴海さんに向き直った。



「どうしてもアイドルになりたいというのであれば、今この場で、刑務所にいる今彼とも別れて、プロデューサーの彼のことも諦めて……まあ少なくとも十年は、誰とも恋愛をしないと誓えますか」

「…………………………………………………………………………」



 沈黙が、その場を支配する。

 私と牧之は、じっと鳴海さんの答えを待った。




「ごめんやっぱり無理!!! もう一度一緒になろうマー君!」

「去ねッッッッッッッッ!!!!!」

 入口ドアを指差して、命令するように言わざるを得なかった。

 後になって考えると、アイドル事務所社長としてではなく、馬場牧之の今カノとしての感情がこもっていたような気がする。





「落ち着け、茉奈」

「…………………………………………えーと、鳴海さん」

 深呼吸して、気を取り直す。






「口では国民の恋人になってあげたいと言いながら、異性と噂があって、かつ元彼に未練のある女性。そんなアイドルがいたら、貴方だったら推したいですか?」

「…………そ、それは…………」

「国民の恋人になるからこそ、公私混同になる恋愛は許されない。特殊だし、理不尽に思われることもありますが、それがアイドルという職業の宿命なんです」



 口ごもる鳴海さん。

 意外と理屈で黙ってくれるタイプだった。



「……歌唱力の高さは認めます。一度色々考え直して、歌手やバンドボーカルなど別の道を見つけられたらどうでしょう」

「…………わ、わかりました…………」




 無言でオーディション会場を去っていく彼女を、私たちは見送った。

 なりたいことと素質が合致してるのに、こういうステータスで夢叶えられないことってあるんだ、と内心思いながら。




 なおその後、次に出番を控えていた清沼さんへのオーディションの終わり際、こんなやりとりがあった。

「最後に、質問はありますか?」

「はい。プロデューサーさんと社長さんはさっきみたいな感じでアイドルの娘に恋愛禁止してるのに、なんで自分たちはイチャイチャ恋愛してるんですか。公私混同で恋愛したらビジネスに支障をきたしちゃうのは事務所の社員も一緒じゃないんですか」

「「……………………………………………………………………………………………」」






     「好きだから……」







◆   五年後   ◆







 『ITtube総再生回数五億を突破し、押しも押されぬ国民的アイドルユニットになった【アンティークテンペスト】。特にリーダー兼総選挙第一位の清沼すがぬま理乃ことのは、インスタポンドのフォロワー数200万人を突破し、若者から熱狂的な支持を集めるインフルエンサーの一人になっている。

 今回は彼女たちの才能を開花させた名プロデューサー・翼星つばさぼしプロダクションの馬場ばば牧之まきのさんに、お話を聞きました。』



―――プロデュース業には、馬場さんの半生が関わっているとお聞きしましたが?

「実は僕、高校生の頃に彼女がいたんですけど、金持ちの先輩に寝取られましてね……。その結果色々こじらせちゃって、偶像……つまりアイドルに興味を持つことになったんです。今の嫁とは、同じような偶像を追いかけた結果知り合いました」




―――お話によると、清沼さんは最初は恋愛禁止ルールを知らなかったとか……

「理乃に恋愛禁止を説得するのにはまー骨が折れましたよ。でもその甲斐あってか、立派なアイドルになってくれて感謝です」




―――よくアイドルとプロデューサーの恋愛が取りざたされる昨今ではありますが、翼星プロダクションでは驚くほどその手のスキャンダルを聞きません。リスクヘッジやマネジメントを徹底されているのでしょうか?

「ハハッ! 僕に関していえば、そもそも必要が無いんですよ。理乃がデビューした時点で僕にはもう、最高のパートナーがいましたからね」




「…………はぁ」




 自宅で芸能雑誌【ラピッド・ジャパン】の今月号の特集記事、『清沼理乃率いる国民的アイドルユニット【アンティークテンペスト】を生み出した名プロデューサー・馬場牧之さんへの専属インタビュー』を読んで、私―――わけあって休職中のアイドル事務所社長・生水きすい茉奈まなは呆れ返った。




「最後に恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ……中学生かっての」

「本音が出た結果そうなったんだ。しかたな……」

「びえええええええええん!!!」

「おーよしよし……お腹空いたのかー珠洲すず? 今ミルク飲ませてあげるからなー」




 今彼があやしている珠洲すずは、二ヶ月前に授かった私達二人の新しい家族だ。

 もうそろそろ、三ヶ月半に渡る私の育休も終わる。




 三ヶ月半の間社長業を休止して、アイドル事業や私自身の人生を客観的に振り返る機会が持てた。

 牧之と結婚したことや珠洲を産んだこと、我々が見出した清沼理乃率いるアンティークテンペストの大活躍など色々なことがあった。

 だが、やはり。

 五年前、かつて牧之を裏切った彼の元カノがアイドルのオーディションに来たことが、色々な意味で一番印象に残っている。




 今、彼女はどうなっているのだろう……とふと思った妊娠中。

 ネットづてに、彼女の現状を知ることが出来た。




「それにしても、あの女……」

 タブレットで、動画配信サイト・Socialflixの画面を開く。








「「売れたな~~……」」








 タブレットを覗いてきた牧之とで、思わず言葉がハモった。

 限定オリジナル配信のドキュメンタリー番組【SAKURA NARUMI~彼女はいかにして、悪名を勝ち得たか~】は、今月の同配信サイト再生数第1位を冠していた。





 あのオーディションの一ヶ月後、結局競合他社で歌唱力が評価され、アイドルデビューした彼女(結局諦めなかったんかい……)

 その歌唱力故に大型新人として期待されたものの、当然のごとく現在進行形で複数の男と関係を持っていたことを週刊誌にリークされ、ものの数ヶ月ほどで事務所は退所、アイドルも引退。

 そのスキャンダルゆえに、歌唱力よりも悪名のほうで知られてしまい、アイドル生命も絶たれたかと思われた。




 だが意外にも、彼女の出世街道はそれからだった。

 日本で活動できなくなった彼女は拠点を東南アジアへと移し、フィリピンでパブを始めた。

 このフィリピンへの進出が、彼女にとっての決定的なターニングポイントだった。

 アジア圏では(法的にグレーな)動画サイトを通じて、日本のセクシー女優が映画俳優やアスリート以上に人気となる事例がある。




 憎まれっ子世に憚るという言葉があるが、そういったサイトを通じて彼女のハメ撮り動画や性行為ライブ配信などを含む過去の様々なあれこれが流出した結果、いつの間にやら結果的に同国内で彼女の悪名を名声へと変化させていったのだ。




 やがて彼女は、フィリピンのアダルト企業と契約。

 その後動画サイト内で独自のチャンネルを開設して様々なポルノ動画をバズらせ、大人気(アマチュア)セクシー女優としての地位を確立したのである。

 今ではあまりの人気ゆえにアダルト業界から芸能界へと活動をシフトさせ、歌手デビューシングルが同国ヒットチャート1位、主演に抜擢された映画も大ヒットと、日本国内にいたときよりもよっぽどアイドルらしい活動を彼女は行っている。

 なお、彼女の経営しているパブは東南アジア圏でチェーン店が100店舗を越え、今年東京へも進出するそうだ。






「うん、売れたけど……」

「うん、相変わらず……」





 グッドタイミングというわけではないが、タブレットの通知を通じて、彼女に関するニュースが舞い込んできた。





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「「だらしがないな~~~……」」






 だらしなさは、あの頃から全く変わっていなかった。

(やっぱあの時落としといて正解だったな、事後処理的に……)







「アハハハハ」

「見るな珠洲」



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