予兆①

 起業は難しいが、開業は簡単である。ということを言っている人間がいた。税務署に開業届を出す。そうすれば屋号を持った個人事業主の誕生である。

 カサネも大学生ながら、開業することとなった。


 屋号は「G3フォース」。


「G3フォース」とは、小鳥カサネ、葛城トーコ、そして黒野ジローの3人が結成したチームである。元々、カサネとトーコがG2フォースというチームを結成しており、その時関わった事件がきっかけで、ジローが加入することとなった。

 主な活動内容は「おせっかい」。ギフテッドに関連する事件であれば、ペットの脱走から人探し、ご近所掃除にペンキ塗りまでなんでもやる。

「あんた、『オールオッケーな世界』ってーのはどうしたのよ」

 トーコが眉間に酷く皺を寄せながら、カサネを見つめている。カサネは目を泳がせながら、

「まあ、信念と仕事は相反する時もありますよねえ」

「じゃあ結成した意味よ」

「でも、仕事は結構きてるじゃん、ほら」

 と、スマホのスケジュール帳をトーコに突き出す。1ヶ月先ぐらいまで予定は埋まっているが、どれも「掃除」や「迷い猫チラシ貼り」など、ショボい。

「ご近所さんの小さいことから始める。それが地道な活動の第一歩だよ」

「じゃあまずは、きちんとした領収証を持ってくるところから始めようか」

「あ〜無理か誤魔化せないか……」


 今日は週1のG3フォース定例会兼会計処理日である。大学のカフェテリアで、ぐちゃぐちゃになったレシートや領収書が散乱する中で、カサネ、トーコそしてジローの3人が集まっている。

 そも、個人事業主という形態をとっているため、カサネひとりで事業を行っていてもおかしくはない。ではなぜ、この2人はカサネの事業に付き合うことになったのか。経営の「ケ」の字もわからないカサネを、見かねたトーコが会計担当としてサポートするに至り、実際の業務の人員不足改善のため、ジローが職員として配置されたのだ。さらに言えば、予算を立てるにも資金がない状態で始まったので、事業の立てようもなく、実務がスタートしているとはとても言えない状況である。つまり。

 とても不健全な会社である。部活の延長と言っても過言ではない。

「俺の資金じゃ不満か」

 ジローがため息まじりに言う。ジローのため息より数段大きいため息がトーコの口から飛び出す。

「あ・の・ね。ジローが持ってくるお金、出所が全くわからないのよ。寄付金って扱いにして固定資産として扱うやり方も考えたけど……第一、よくわからないお金を使いたくないのよ!せめてどこから出たものか教えて」

「言えない」

 トーコの問いかけを塞ぐようにジローの答えが飛び出す。頭を抱えるトーコはやり場なく指でコツコツテーブルを叩いている。

「あんたがマフィアとかギャングじゃないことを祈るわ……」

「ヤクザかもしれんぞ」

 きゅう、と変な音がトーコの喉から鳴る。ごん、とテーブルに頭を落とすと、再び大きいため息が出た。いくつかの領収証は、トーコの息で飛んでいった。

「で、トーコさん……アタシが持ってきた領収証ってどうです?」

「……全部ダメですよ当たり前でしょうがカサネさん、もといこのスカポンタン」

「ええ〜!?全部ですかあ!?」

「ばか!アクションフィギュアが経費で落ちるか!」

「今後の活動の参考になると思いまして!!」

「舐めてんじゃねえぞ!!」

 やあやあとカフェテリアに大きな声が響き、3人を見つめる目が増えていく。3人を刺す視線に居心地が悪くなり始めた時、ジローのスマホに電話がかかってくる。ジローはそっと、席を外した。

 席を外したジローを見つめる、カサネとトーコ。

 ふっと、カサネの紅潮した顔が元に戻っていく。テーブルを見つめると散らばったレシートと領収証をかき集めていき、ポケットの中に押し込んだ。

「ちょ、何すんのよ」

「さっきレシートだからダメって言ってたやつあるよね。それ、領収証に書き直してもらいに行く」

 トーコは目を丸くしてカサネを見つめるが、カサネは落ち着いた表情でトーコを見つめている。

「確か、1ヶ月以内なら書き直したり、出しなおしたりしてもらえるんだったよね。今行ってくるよ。どの店も近いし」

「そんな、急ぎじゃないからいいのに」

 と、トーコが言う間もなく、カサネはカフェテリアを飛び出した。

 走った先で人とぶつかってしまうたびに、「ごめんなさーい」と大きな声で言っているカサネに、口元が緩むトーコ。

「ほんっと、馬鹿正直な子なんだから」


 席を外して電話を取ったジローは、表情が険しくなっていた。

「帰らないと言ったはずだ。なんでかけてきた」

「ゲンカイ様には、お前もお世話になっただろう。もう長くはないかもしれんからな」

 電話の向こうの男の声は、淡々としている。恩人が死ぬ間際の悲しみや感情など、見当たらないような声色である。

「最後のチャンスだ。この機を逃せば、霧島を崩すことはできなくなる。今までの資金援助もゲンイチの天下になれば無理になる。ジロー、どうするんだ」

 下唇を噛むジロー。

「金がなくなったら、その時だ。俺がいなくなっても、悲しむ人はいない」

「私がいる」

 ジロー、ふと、笑みを浮かべる。

「ありがとう……父さん。でも帰らない。黒野は代々霧島に仕える家だ。父さんの仕事を無くすわけにもいかない。じゃあ」

 電話口の男が何か言っているが、構わず電話を切る。何か物悲しい表情でポケットにスマホを突っ込むと、カフェテリアに向かって歩き出す。

「彼女たちを巻き込むわけにはいかない……だから、決着をつけなくては。霧島を倒すために」

 ジローから、先ほど浮かんだ笑みはすっかり姿を消した。そして彼の顔は、一度も笑ったことのないような表情となっていた。

 過去に霧島……、「霧島製薬」から受けた理不尽を、決して許さないために、緩みかけた感情の蓋を、彼は再び固く閉じた。

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