G3フォース 霧に建つ家

暁芋虫

イントロダクション 発端

 アクセス・ドライバー。とは。

 円筒状のデバイスであり、ガイア・パーツと呼ばれる鉱石が内蔵されている。このガイア・パーツを分解照射することにより、肉体を「反転」させ、本来の姿へと戻す代物である。ただしそれは、超能力を用いる人々、ギフテッドにしか、それも強い能力を有する人物にしか使用できない、特別な機械である。適合できなければその体は崩壊する、それほどまでに危険なものである。

 黒ずくめの男・黒野ジローはそれを取り出そうと、自らの腰のあたりに手を伸ばそうとした。しかしそこには何もない。しまっておくためのホルスターすらない。指先から首筋を伝い、後頭部まで冷たい感覚が走る。振り向けば、水面。眼前には、全身を針に覆われた女。

 ジローは今、空中にいる。彼はソナーや羽による空中飛行といった、コウモリに近い能力を有している。しかしヒトの姿である以上、人間の範疇を著しく超えた能力を使うことはできない。アクセス・ドライバーを使うことではじめて、ギフテッドの本来あるべき姿に戻り、人間の何倍も強い皮膚や腕力を発揮できる。それは、今のジローにできない。唯一、彼にできることといえば。


 ポケットのスマホを取り出すことだった。


 暗闇の中でバイブレーションの音が響く。スマホの画面が煌々と輝いているが、スマホの持ち主は眠りこけ、いびきをかいている。

 突然、部屋の電気がつき、スマホの持ち主は眩しさに目を覚ました。

「仮眠つってガッツリ寝るバカがどこにいる!?」

 黄色いジャケットを羽織ったショートヘアの女・葛木トーコが、ベッドで寝ていた赤いジャケットにポニーテイルの女・小鳥カサネに飛びかかり、掛け布団を引き剥がした。カサネは眠そうに、トーコが引き剥がした掛け布団を体に巻き付けて奪い返そうとしている。

「寝てる場合じゃないのよ、スマホ見な!」

口の側についた涎の跡を拭き、スマホを見つめると、カサネの眼が静かに、そして大きく開いていった。

「ジローの大馬鹿!!」

そう言うと、カサネは部屋に投げ込んであったリュックサックを引き上げ、駆け出した。


 ボロい軽自動車のバンに飛び乗り、勢いよく発車するカサネ。慣性に負け、トーコは若干苦しそうである。

「近くの川だけど安全運転で行きなよ!?」

「いってる場合じゃないよ!!法定ギリギリで行くよ!!」

いくらボロくても自動車は自動車である。あまりスピードは出ないがエンジンは唸り、それなりの勢いで小回りよく進んでいく。

 トーコはスマホを見ながら、カサネの道案内をしていく。

「さっきのジローくんの位置情報だと、そこを右に曲がれば近くに出れる!」

「なぜ右!?対向車怖いから左から行けない!?」

「法定ギリギリっつったやつが何言ってんの!!……今来てない!!今!!」

 カサネの声にならない悲鳴とスリップ音が重なりながら、軽バンが道路を疾走していく。次第にビルが消えていき、住宅街やフェンスが現れ、川面に映る満月が見えてきた。

 その満月を横切る影二つ。トーコがあっと声をあげると、自動車はゆっくりとスピードを落とし、砂利道に止まった。

 川面に映る満月に二つの影が幾度も飛び交う。軽バンから飛び降り、川縁に近づくカサネとトーコは空を見上げた。墨で塗りつぶしたような空に、真円の真白な月がひどく明るい。ふたつの影は、一方に羽が伸びており、一方は球体に見える。

「あの羽!あっちがジローだ!!」

「もう片方は暴走者ってことね」

「あたしなんとか能力でネット張る!トーコはどっちに落ちるか見とくのと、ネットに電流お願い!軽いやつ!」

「了解」

と、耳打ちをするや否や、カサネの手から赤く白く光る光線が飛び出す。それは向こう岸で貼り付き、1本のロープとなる。その上に飛び乗り、対岸へ走ろうとするカサネ。

しかし、上空ではジローと針の女が目にも止まらぬ速さで拳を交えた次の瞬間、幾本もの針がジローの目の前の女から逆立つ。

 血だるま。串刺し。針の筵。さまざまな言葉がジローの脳裏をよぎる。鋭利な針が月明かりに照らされ、銀色に煌めく。

「アンナ…やめろ」

と、針に包まれた女に声をかけるや否や、多量の針がジローの体を貫く。痛みに体を捩らせ、真っ逆さまに墜落するジロー。カサネはジローに向かって光線を飛ばすが、届かない。

「カサネ!!もっと右!!」とトーコが声をかけても遅い。


ジローは破裂音と高い水飛沫を上げ、水中へ沈んでいった。

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