第59話 同じ匂い
夕陽の差し込む国務会議室。
大理石で作られた縦長のテーブルに、ラデス国王とその息子、アドレー殿下が着席した。私とクリストフも、その向かいに腰を下ろす。
「長旅でお疲れのところ、早々に会談を了承していただきありがとうございます。本日は国王不在のため、私、クリストフ・ルフェーブルが、我が国王の
クリストフは慇懃に頭を下げる。しかし年齢では遙かに上の国王が相手とはいえ、交渉を前に見くびられてはならないはずで。
肝が座ってるわね、さすがだわ。
顔を上げたクリストフの表情は凛としていて、気後れなど微塵も感じられない。
どちらかと言えば、クリストフの仕事中の顔を目の当たりにした私のほうが、緊張してくる。
「ああ、便りが送られて来たから知っている。体調を崩しているそうだな」
「はい。ただいま療養のために、薬湯の湧く別荘地へ赴いております」
うわ~、クリストフったら。しれーっと嘘ついちゃってる。国王様が城にいないのは本当だけどね。
クリストフは表情一つ変えず平静だ。こういうとき、氷の王子の異名は伊達ではないと実感する。
まあ、これくらいでないと、ラデス国王と渡り合えないわよね。
クリストフのお父様は、穏やかで人格的にも素晴らしい人なのだが、若干押しに弱いころがあって。それを危惧したクリストフが、自分に任せてくれと離宮へ追いやったという経緯があったりする。それに伴い、王妃様も同行されている。
実はもう一つ、理由がありそうな気がするのよね。
国王様の使える魔法は、動物と会話できるという可愛くも稀な能力だったりする。だからクリストフは、腹黒のラデス国王が魔法のことを持ち出し、父親を蔑むような暴言を吐いたり、もしくは利用しようとするかもしれないと警戒して、自分が矢面に立ったのだと私は思っている。
「ところで、そちらのご令嬢は?」
ラデス国王が、私を鋭い目で威圧してくる。
「私の婚約者です。今後、政務にも関わることになるので、勉強のために同席させました」
「ラデス国王陛下にお目にかかれましたこと、至極光栄に存じます。私は公爵家の娘、レティシア・カーライルと申します」
「ほう……そなたがあの性悪で名高い──。ククッ、尻に敷かれないといいがな」
ラデス国王がバカにしたように鼻で笑う。
なんなの、こいつ。腹黒の業突く張りに性悪呼ばわりされたくないんですけど! それに見た目は私って、綺麗な令嬢でしょ。見た目も悪人っぽいあなたと同じにしないでよね! それに私は、もう性悪じゃないし!
それとは別に、私の性悪っぷりが隣国にも届いていることのほうが、衝撃ではあるけれど。
ラデス国王はやや細目で、目尻が吊り上がっているせいか、怒っているような印象を受ける人相だ。髪色は濃いブラウンで、前髪を後ろに撫でつけており、生え際の額は四角く凄みのある顔だ。
ちょっと想像と違ったわね。上手くやり込めることができるかしら。
金の亡者といえば、お腹の出ている小太りで、指には大きな宝石のついた指輪をこれ見よがしにはめていて……私はそんなイメージを思い浮かべていた。
「あら、私って有名なのですね。この美貌のせいかしら、おほほほ……」
私のお高くとまった返しに、ラデス国王の右眉がぴくりと跳ねる。
残念でした。私が機嫌を悪くして、声を荒げて部屋を出て行くとでも思ったの?
この後もクリストフの面子を潰そうと、私を煽ってくるかもしれないと気を引き締める。
それにしても、なんだか……以前の性悪な私と同じ匂いがするような──
自分に意見する人間は気に入らない。刃向かう者にはイライラして、
「──今回のご訪問、アドレー殿下もご一緒とは思いませんでした」
私から話しをそらせたかったのか、一つ咳払いをしてクリストフがアドレー殿下を話題に出す。
「役に立たない邪魔者だ。ついて来るなと言ったんだがな。どうしても、私の手腕が見たかったようだ」
自分の息子に、酷い物言いだ。アドレーは顔を俯け、唇を噛み締めている。
「ご謙遜を。品のある面立ちで、聡明さが窺えますわよ」
あなたと違ってね!
アドレー殿下の明るめのブラウンの髪はくせっ毛で、ふわりとしている。丸顔で優しげな面差しは、女性的でもあった。
「ふん、こいつは臆病者だ。その点、この国の第一王子は豪胆で賢明さを持ち合わせているようだ」
自分の息子がクリストフのようだったらよかった。ラデス国王はアドレー殿下を尻目にそんなことを言う。
なんて心ないことを言うのよ。本当に嫌なやつだわ。
嫌悪からか、胸がムカムカしてくる。
それに……ラデス国王が暴言を吐く度に、胸の奥がズシンと重くなっていくような気がした。
「話しが逸れてしまいそうですね。そろそろ、本題に入りませんか」
「そうだな、時間の無駄は嫌いだ」
「では、明日の予定から──」
今回、ラデス国王は三日ほどメフィラーナ国に滞在するそうだ。その後は、うちのお隣、ターナミル国に向かうという。ターナミル国は大国ではないけれど、鉱山が多くあり、希少な宝石も多数採れるため、他国からの訪問も多い。
なぜ詳しいかって? それはね、私のお母様の故郷だから!
お祖父様とお祖母様に、無理難題をふっかけないといいのだけど。私が思うに、小麦粉を卸す代わりに、宝石を安く。そう交渉するための訪問ではないだろうか。
「時計台を視察後、時計職人の工房へ。そののち、クレイマー商会と──」
「
クリストフの言葉を遮り、余計な手間は省けと要求してくる。
スペシャル級の傲慢な態度だ。クリストフは太刀打ちできるだろうかと心配するも、にやりと笑う口元から、それは杞憂だったとわかる。
「では、こちらも省かせていただきます。結論から申しますと、時計職人を国から出す気はありません」
「ぐ──なんだと……。では、小麦粉はいらないと言うのだな」
主食になりつつあるパン。それがなくなってもいいのかと、圧をかけてくる。
「まあ、私とて温情がないわけではない。考えを改めるなら、これまでの二倍値で卸してやってもいい」
小麦粉を欲しがっているのは、この国だけではない。メフィラーナ国との取引がなくなっても、自分たちは痛くもかゆくもないとラデス国王は豪語する。
二倍ですって! ふっかけるにもほどがあるわ。
旅に出る前が、一キロ千八百ルフェだった。となると、二倍で三千六百ルフェではないか。
「父上、それはあまりにも──」
「うるさい! お前は口を挟むな。邪魔をするなら出て行け!」
肩を竦め萎縮するアドレー殿下を、私は見ていられなくなる。
「私は……私は出て行きません」
アドレー殿下は、勇気を持って意を示した。けれどラデス国王は不服のようで、チッと舌打ちする。
父親の蛮行を、なんとかしたいと思っているようだけど……
思いはあっても、止められない自分が不甲斐ない。そう思っているアドレー殿下の心情が、悔しげに歯を食いしばる様子から伝わってくる。
そろそろ、私の出番ね。
「ラデス国王陛下、あなたは私と同じ人種とお見受けしました」
私はにやりと方頬を上げ、悪代官を思わせる笑みを浮かべる。
「ほう……それはどういう意味だ?」
「私も自分の利益になることだけにしか、興味がありませんの。楯突く人間は嫌い、排除したくなるのですよ」
だから同じでしょうと、妖艶な笑みを浮かべてみせると、ラデス国王は品定めをするような視線を向けてくる。
「だったら、そなたは黙っておくことだ。我に刃向かったところで、得することなどないからな」
「あら、私の性悪ぶりはご存知なのでしょう? でしたら、私がそんな不利益でしかない要求を、黙って受け入れるのを許すとお思いですか。私は次期王妃。国の財はすべて、私のために使われるべきだと思いませんこと?
たかだか小麦粉などに、財を費やすなど我慢ならないと高慢な態度を取る。加えて、クリストフもそれを承知していて、私の望むことには異を唱えないのだと
「無知な小娘が。後悔することになるぞ」
パンにケーキ、クッキーなど、そういった小麦粉をつかった食べ物が、国から消える。あとになって欲しいといっても、もうメフィラーナ国には卸さない。だが今頭を下げるなら、許してやらないこともないと尊大な態度を見せる。
「後悔なんてしませんわ。なぜなら、我が国でも小麦を栽培しているのですから」
「ふん、見え透いた嘘でこの我を
これまで何度も栽培に失敗してきたのに、まだわからないとは愚かだと呆れられる。
「まあ、そちらこそ無知ですこと。文明は日々、進歩しているのですよ。研究者によって、雨に強い小麦を作り出したと言えば、信じていただけるかしら。一声命じれば、寝る間も惜しんで働くコマが、私には大勢おりますの」
今や第一王子の婚約者。その地位は、私にますますの権威をもたらす。
悪女感たっぷりに、民は私の下僕同然と高笑いしてみせる。
「ふん、口から出任せもたいがいにしろ。どうせ、
「はぁー、困りましたわ。値切るために、一芝居打っていると思っていらっしゃるようですが……ご案内いたしましょうか? 我が国の小麦畑へ。梅雨時期も乗り越え元気に育っていますから、その目でご覧になってはいかがです?」
とはいえ、もう陽が沈む。
「ですがそれは、明日にいたしましょう。今日のところは、長旅の疲れを癒やしてください。我が国の美味しいパンをご用意しておりますから」
どう? 私の役者ぶり。
澄まし顔でクリストフに視線を向けると、上出来だというように頷いてくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます