第57話 狂った姉妹

 月曜日の朝がやって来た。

 私は久々に学園へ行くことに、やや気が重かった。


 休んでいる間に、変な噂が流れていないといいのだけど。


 例えば、

 一、性悪がすぎて、実家から出してもらえないらしい。

 二、更生するまで監禁されているらしい。

 三、恨みを買いすぎて、命を狙われているらしい。だから雲隠れしているそうよ。

 などなど。


 最悪、国王の逆鱗に触れ、国外追放されたとかもありそうだ。

 挙げだしたらきりがないくらい、例えばが浮かんでくる私もどうかと思うけど。


「レティシア様、アクセサリーはどうされますか」


 支度を手伝ってくれているルーシーが、ジュエリーケースを開く。


「これにするわ」

「ここ数日、同じものをお選びですね。お気に入りなのですか?」

「ええそうよ。可愛いでしょう」


 私は蝶のついたペンダントを手に取る。

 クリストフが、私を守るために買ってくれたものだ。


「はい。この色など、レティシア様のためにあるような宝石ですね」

「でしょう! 苺水晶ストロベリークオーツっていうのよ」 


 蝶にあしらわれている赤い宝石。


 クリストフも私の目の色に似ているから、このペンダントを買おうとしたのかしら。それとも、私が手に持っていたから?


 どちらにしても、このペンダントを身につけていると、不思議と安心できる。というのも、旅の終わりにクリストフが「お前は危なっかしいからな」、そう言ってペンダントに、守護魔法を施してくれて。


「まあ、可愛らしい名前ですね。──はい、付け終わりましたよ」

「ありがとう、では行ってくるわ」


 私は鞄を手に、学園に向かった。


 ∞∞∞


 何かしら、四方八方から視線が飛んでくるような……


 校舎に入り廊下を歩いていると、遠巻きに私を見てこそこそ会話を交わす生徒の姿が視界に入ってくる。


 やっぱり、変な噂が広まって⁉


 そう密かに、ドギマギしていたのだけれど。


「お、おはようございます。レティシア様」

「おはよう、レティシア嬢」


 今まで私を恐れ、なるべく関わらないようにしてきた生徒たちが、急に声をかけてくる。


「おは……よう、皆さん」


 態度の急変に私が戸惑っていると、「「レティシア様! お久しぶりです」」と、双子の姉妹が駆け寄って来た。


「メーベル、ビアンカ、久しぶりね。ところで、私が休んでいる間に何かあった?」


 私に挨拶をしてきた生徒へ視線を流すと、メーベルが「こちらに」と私を階段の踊り場に促す。


「水くさいですわ、レティシア様。前もって、休学の本当の理由を教えてくださらないなんて。とても心配していましたのに」

「え、本当の理由って……」


 メーベルの話しによると、私は体調不良から療養のために避暑地に赴いている。そう教師から伝えられていたという。


 休学届けは、お兄様が任せておけと言うから、あまり気に留めていなかったけど……療養なら妥当な理由だと思った。なのに、二人は探るような目で私を見てくる。


「私たちの間柄で隠すなんて、悲しいですわ」

 シクシクと、ビアンカが泣き真似をする。


「隠すも何も……」

「クリストフ殿下との婚約を交わすためだったのでしょう?」


 戸惑っていると、探りを入れるような口調でメーベルが問うてくる。


 なるほど、そういうこと。でもまさか、もう学園中に広まっているとは思わなかったわ。


 私は学園の生徒の様子がおかしかったことに合点がいく。クリストフの婚約者と親しくなることで、後ろ盾を得ようという魂胆なのだろう。


「確かに、クリストフ殿下と婚約はしたけれど、療養していたのは本当だし、休学と婚約したことは関係ないわ。この婚約は、殿下の地位を利用するためにしただけ。妙な勘ぐりは不愉快だわ」


 あまり追求されたくない私は、悪役モードで強気の発言をする。


「まあ、さすがはレティシア様。これも聖女のディアナを蹴落とすためですね!」


 え……そこに結びつくの?


 この二人は、私に悪役令嬢をやめさせる気はないようだ。ならば話しを合わせておこう。


「そうよ。私が不在の間、あの女の様子はどうだったの? まさか、野放しにしていたんじゃないでしょうね」

「その点はご心配なく。素行は把握していますから」


 メーベルはディアナが貧民街に赴いていることを知っていた。

 民に媚びを売って、自分に嫌がらせをしてくる令嬢がいると吹聴していると報告される。


「あの女、善人面してレティシア様の名誉を地の底まで落とすつもりなのですわ」

「お姉様はレティシア様のために、情報を集めたのですよ。ディアナをこのままにはしておきませんよね」


 わくわくした目で、二人が私を見ている。なんと言えば納得するのか、安易にわかるほどだ。


 嘘までついて、私を操ろうとするなんて。


 ディアナが私の悪口を言うはずがない。本当に心の清らかな子なのだ。媚びを売らなくても、相手のほうが自然とディアナに惹きつけられる。私も何度か、貧民街でディアナと言葉を交わす機会があった。関わらないという約束だったけど、今回の開発計画に私も協力していることを知ったようで、ディアナのほうから声をかけてくれて。


 最初は変装している私を見て、驚いていたわね。


 早い段階で正体を知られたくなかった私は、目立たないよう努めていた。性悪令嬢のパン屋だからと警戒され、お客さんが恐れて来てくれなかったら悲しい。


「いい案は浮かびませんか?」

 沈黙する私に、ビアンカが窺うように問うてくる。


「そうね……ちまちました嫌がらせでは、もう効果はないでしょうから──最大級の蔑みを」


 そのために、少し考える時間が必要だと伝えると、二人は満面の笑みを浮かべてこう言った。「「とても楽しみですわ」」と。


 楽しみ──この姉妹はやはり狂っている。


 得体の知れない恐怖を感じ、背筋がゾクッとする。


「さあ、もう教室に入るわよ」


 私は逃げるように、その場から離れた。

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